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第3章:地下と星の下ー007ー

 人気のないビルに囲まれた路地裏で、円眞(えんま)はやっと雪南(せつな)の腕を捉まえた。


 円眞としては、なかなか追いつけずである。意外な速さだった。

 雪南からすれば追いつかれたことが驚きだ。


 ともあれ放っては置けないとする目的を果たした円眞だ。だが、いざ追いついてからが解らない。でもどうせ考えても考えつかなかっただろう。


 腕を捕らえられている相手はうつむいてしまっている。


 せ、雪南さ、と取り敢えず声をかけた円眞の手が振り解かれた。


 いきなり雪南が脱ぎ始めた。


 な、な、なにを……、と真っ赤になる円眞の顔へ黒のワンピースが投げつけられてきた。


「ど、どうしたの、雪南」


 覆い被さったワンピースを剥がしつつ円眞は、白のスリップ姿となった雪南へ訊く。


「その服、返す。ワタシには相応しくない」

「そ、そんなことないよ。とてもよく似合っていると思うけどな」

「そうじゃなくて、ワタシなどがもらってはいけないという意味だ。わかってくれ」


 苛立っているが、泣き声であれば円眞は戸惑うばかりだ。女子と付き合った経験など皆無であれば、どうしていいか解らない。下着姿で道路に佇む雪南のしゃべりに任せるしかなかった。


夬斗(かいと)の言う通りだ。何人も考えなしで殺してきた。そんなヤツなんかがもらっちゃいけないんだ、ワタシは殺されるべきなんだ」

「そ、そんなわけ……」

「どうして! どうして助けた。夬斗の糸で殺されていれば良かったんだ、ワタシなんて」

「そんなこと、あるわけないだろっ」


 さすがに円眞は強く出た。けれども返答はそれ以上に爆発していた。


「そうなんだ、そうでなければならないんだ。なぜならワタシは……」


 涙を飛ばす碧い瞳で、円眞を見据えて叫んだ。


「マースィを、母親を殺したんだぞ。この能力でな!」


 雪南の頭上に戦斧を右手にした髪の長い白い女性が浮き立っていた。


「ワタシが乱暴された時……」


 辛い事実を口にした雪南は、一呼吸を置いてからだった。


「マースィが売ったんだと思って、殺した、殺してしまった」

「そうか、雪南の能力はその時に発動したんだ。じゃあ、なにか事情はあるんだね」


 雪南の衝撃的な告白にも、円眞は変わらない。むしろ優しさが感じられれば碧い瞳から大量に溢れ出してくる。

 涙を頬を伝うに任せた雪南が叫ぶ。


「けれどマースィも騙されていたんだ。それなのにワタシは信じきれなかった、あんな簡単に殺ってしまった。バカな娘のせいで死んでしまったんだ」


 円眞の顔つきがいっそうの暖かさを湛えてくるようだ。

 雪南のほうこそ心が揺さぶられてしまう。叫び続けるしかなかった。


「最後にアチェッツに逢いたいなんて思うんじゃなかった。どうせいないことを知るだけだったんだからな。ワタシなんか、さっさと……」

「雪南は殺しにじゃない、殺されるためにボクのところへ来たんだね」


 碧い瞳からあれほど溢れていた涙が止まる。声の主に変化を見たからだ。


 優しく微笑む円眞の表情が痛い。


 雪南は円眞に呆れて欲しかった、失望して欲しかった。なのになぜか自分のことのように悲しそうだ。自分のほうこそ酷いことを仕出かしてしまったような気分になる。傷つけてしまった気になる。

 雪南が居た堪れなさで口を開こうとした時に、円眞は頭上を仰ぐ。

 得体の知れない後悔で胸が潰れそうな雪南の耳へ、天へ向けた円眞の言葉が降ってくる。


「ボクも父親を殺している。それが一年前だ」


 はっと碧い瞳が開いた。

 表情を確認したい円眞は空を見上げている。

 雪南は円眞が向ける視線の先を追いかけた。


 そびえ立つビルの間から覗く弓のように細く反った月。夜空のほっそりした微かな輝きが、不浄の街を照らす。互いに親殺しを打ち明けた二人へ青白い光りが降りそそぐ。

 罪は許されなくても治めてくれそうな静かな晩だ。

 先ほどの激情が嘘のような雪南は、ぽつりと漏らすみたいに訊いた。


「円眞がどもったり、笑わなくなったのはその時からか」


 円眞が顔を下ろした。雪南へ向き直る。

 気配を察した雪南もまた、夜空から正面の円眞へ視線を移動させた。


 碧い瞳に映る表情は微笑しているかのようだ。でも雪南の目には真逆にしか映らない。じわり、涙が再び浮かんでくる。


 そっと円眞が近づいてきた。手にした黒のワンピースを雪南へ押し当てる。


「いつまでも、そんな格好じゃ風邪ひくよ。雪南になんかあっては困るんだ。打ち明けてくれたおかげで、ボクは今、救われている」


 雪南は受け取った黒のワンピースを抱きしめる。そのまま円眞の胸へ飛び込んでいった。

 一瞬、顔が赤くなりかけた円眞だ。けれど湧き上がってくる声に表情を緩めた。


「泣いてもいいか」


 円眞は雪南の頭へ手を載せて囁く。


「奇遇だね、ボクも同じ気分なんだ」


 路地裏は少女の慟哭で埋め尽くされていった。



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