【お客様を交え打ち合わせま章】ーその8ー
ふっふっふ、と能力発現中の雪南が立てる。今まで聞いたことのない不気味な笑いだった。
「雪南の姐御ぉ〜、勘弁してください」獲物の真澄は泣きつく。
「ちょっと、なにを考えてんの」黛莉だって慌てる。
「お客様の前ではダメです」円眞は問題を履き違えている。
いろいろ厄介な雪南だが素直に言うことを聞く相手はいる。頭上の能力体に戦斧を振り上げさせたままで止めた。
「しかし、エンマ。ここはさっさとやって、幼き子供の怯えを取り除いてやるべきだろう。コハルはワタシをかわいいと言う、とても良い子だからな」
なにやら大義を振りかざしているものの、結局のところ私情以外のなにものでもない。もぉとなった黛莉へ、さらに円眞ときたらだ。
「お客様の心に負担をかける光景など見せてはなりません。ここは役立ち屋です。やるなら誰もいない所で逢魔ヶ刻にしてください」
黛莉からすれば模範解答には遠すぎる。まったく頭が痛い。
一方で雪南は予想外の反応を見せた。ええっ! となぜか驚いてくる。
「エンマ、逢魔ヶ刻でなければダメなのか」
殺人でさえ不問とされる時間帯がここにはある。逢魔街に訪れる者の皆が承知していることだ。雪南だって知っていたからこそ、昨日の襲撃である。開始時間という肝心な点を雑にしてしまったため招いたクロガネ堂の悲劇である。
「そうです」円眞は力強く返した。
そっかぁ、と雪南が肩を落とした。頭上の戦斧を両手に持つ白き長い髪の女性がかき消えていく。
「ワタシの想像を越えているな、ここは。まさか髪を切るのも逢魔ヶ刻じゃないとダメなのか」
この場にいる誰もの頭に、はてなマークが浮かんだ。
ここは店長に質してもらう流れとなった。
「えっ、髪を切るって……雪南、どういうことですか?」
真上を仰ぐ格好で問う円眞に、雪南こそ不思議だとしていた。
「ここでは逢魔ヶ刻でしか髪を切れないのだろう」
ねぇ、と黛莉が割り込んできた。
「いつから髪を切る話しになってたのよ」
「マユリ、何を言っているんだ。初めからに決まっている」
「だって藤平くんにお命頂戴みたいなこと、言ってたよね」
「バカな。どうしてワタシが人生の後輩を殺さなけれいけない。理由がないぞ」
何を勘違いしていると雪南の口調は批難めいていた。けれども真澄が「良かったぁ〜」と心底からの安堵を示せば、ようやく誤解を認識したようだ。
「なんだ、人生の後輩もワタシにやられると思っていたのか。そんなわけ、ないだろう」
「すいやせん」なぜか真澄が謝っている。この短時間ですっかり主従関係が築かれたみたいである。
友達関係までいかなくても立場は対等とする黛莉であれば遠慮なく疑問をぶつける。
「それで、どうして髪切る話しに命なんて言葉が出てくるの」
「この国ではよく言われているのだろう。髪は女の命! 知っているぞ」
どうだと雪南が胸を張ってくる。一節の強調が博学を誇りたい気持ちを透けさせていた。
はぁーと黛莉はわざとらしいため息を吐いてからだ。
「藤平真澄くんは女じゃないよ」
間違いがないようフルネームとするご丁寧さだ。
その甲斐あって雪南も今度は理解した。きちんと黙る。が、わずか数秒の間でしかなかった。
「では人生の後輩よ、今からワタシの能力で髪をぶった斬ってやる。覚悟しろ」
物騒にも程がある表現を混ぜた宣言をすれば、再び頭上へ顕現した。白き長い髪の女性は手にした戦斧を振り上げた。
当然ながら真澄はモヒカンの髪を押さえた。怯えながらも今回は抗議を挙げた。
「なななんで雪南の姐御はあっしの髪を切りたがるんっすか」
「人生の後輩はわからないか」
人生の後輩でなくても想像すらつかない。
ふっと雪南は悟りを開いたかのような顔で言い放つ。
「モヒカンだからだ。そんな派手に立てた髪は百害あって一利もない」
無茶苦茶よねと黛莉が思うなか、円眞の声が挙がった。
「雪南はスゴいです、ぜんぜん勉強家に見えないのに、日本の諺をいろいろ知っています。僕は見直します」
「エンマに見直されて、ワタシは嬉しいぞ。つい力が入りすぎて人生の後輩の髪だけでなく頭まで持っていってしまいそうだ」
どんどん内容が酷いほうへ傾いていた。真澄にすれば死活問題へ発展していく。それはもう必死になって叫んだ。
「あっしのこれ、モヒカンじゃないっす」
「往生際が悪いぞ。おとなしく命の覚悟を決めるがいい」
他に解釈しようがない通告を雪南は行なった。確実に仕留める気へなっている。
だから真澄は心を決めて打ち明けた。
「あっしだって、こんな髪型にしたくてしたんじゃないっすよ」
「人生の後輩よ、そこまで嘘を吐くなんて見苦しいぞ」
「本当っす。どうしてこんな髪型かと言うと……あっしはハゲなんす」
雪南は衝撃を受けたらしい。「なんだと」と挙げ、頭上の能力体など戦斧を振り上げたまま硬直していた。
ぽかんと円眞は口を開けている。雪南と同様に真澄の告白に信じられないとしている。
対面では宮本夫妻に幼き娘まで困惑を浮かべていた。お客人からすれば、これは一体なんなんだとする展開だろう。
仕事についての打ち合わせへ、ちっとも入らない。
これでいいのかなと黛莉は請負側の責任を感じていた。つまり気を揉む、たった一人であった。




