第3章:地下と星の下ー004ー
黛莉の荒れ方は尋常ではなかった。
行く手を阻むかのように出現する黒き怪物たちへ、凄まじい勢いで銃弾を浴びせていく。
いったい誰が何の目的で掘られたか不明な坑道だ。
逢魔街の下にいることは間違いない。だからロケットランチャーは使用できない。代わりとばかり両手に発現させたのはコルト・ブローニング系の重機関銃だ。実物なら持ち撃つなど不可能な大型火器を手に黛莉は、耳をつんざく音響を奏で続ける。
今は後ろを付いていくだけの円眞と雪南だった。
最初は理由を訊こうとした雪南だ。探索相手の名前を聞いた途端に形相が変わった黛莉へ迫ろうとしたら、円眞が押さえた。
「ここでは相手が事情を話すまで聞かないでおくのが礼儀なんだ。雪南もそうだろ?」
雪南は素直に了承した。自身について名前しか告げていないにも関わらず、面倒をみてくれている円眞だ。口応えなどするはずもない。
「ねー、まだ先なのー」
黒き怪物の出現が一段落したところで、黛莉が焦れた。
円眞は胸ポケットから地図を取り出した。電波が届かないどころか、通信網が謎のシャットダウンを起こす逢魔ヶ刻だ。使える手段はアナログしかない。
円眞が広げた地図を両脇から女子が覗き込む格好となった。
円眞のペンライトが照らす部分は限られている。よく見ようと黛莉が、ぐっと顔を近づけた。
「うん、方向は合っているわねー。あと少しってとこかしら」
黛莉の呟きは同意を求めるものだ。けれども返答がなければ、怪訝な目つきを向けた。
唇が触れそうなくらいの位置だった。驚きを隠せない円眞の顔は赤い。
きゃー! と黛莉が上げた悲鳴は先ほどまで響かせていた銃撃音に匹敵しそうだ。
「騒がしいオンナだな、黛莉は」
慌てて数歩引き退る黛莉に、雪南は呆れ果てている。
「しょ、しょ、しょうがないじゃない。あたし、まだキスしたこと、ないんだから」
黛莉は、しまった! とした顔をした。つい口走ってしまった。鼻で笑うような雪南の表情を認めれば尚さらだ。悔し紛れでも吐かずにはいられなかった。
「どうせ、あんたは経験豊富なんでしょー。あー、それはそれでやだ、やだー」
「もうこの歳だ。慌てなどしない」
「あんた、いくつよ」
「十七だ」
興味深く円眞が聞いているなどと露知らず、黛莉が上から目線で答えた。
「なんだー、あんた、あたしより下なんじゃん」
「ほぉ、黛莉は十八なのか」
「もうとっくに十七よ」
「ワタシの誕生日を聞く前に、なぜ年上と判断できる。やっぱり黛莉はアホーだな」
なんですってー、と図星を突かれた黛莉は逆ギレだ。相手が相手だけに素直に認められなければ機関銃を発現させた。
むろん雪南がおとなしくしているはずもない。髪の長い白き女性である代理人体を発現させてくる。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ、こんなところで」
相対する女子の間に立つ円眞だ。先へ急ごうよ、と素手のまま割り込んだ。
あっさり矛先を治める雪南と黛莉だ。割り込んでくることを計算に入れたような引き際である。
円眞はしみじみといった口調で訊く。
「い、今、ボクを殺す絶好のチャンスだったと思うんだけどな」
「なにを言う、無防備の円眞なんて襲わないぞ」
「そうよ、そうよ。それにクロガネは、あたしだけで殺るんだから」
それから先の道中において、黒き怪物の出現数は増加の一途だった。しかしながら三人の連携が相手に抗う余地さえ与えない。黛莉の無作為な銃撃よりも、ずっと効果的だった。
三人が協力した攻撃は無敵感すら漂わせていた。
けれど目的地を目前にすれば、やはりだった。
ぽっかり暗闇に浮かぶ木製ドア。何の変哲もない、どの家の玄関に設置されてもおかしくない代物だ。能力など使用しなくても蹴破れそうだ。
一見安っぽいドアの向こうに、連れて来て欲しいと依頼された矢島浩次がいる。
黛莉は怒りがぶり返したようだ。円眞の止める間もないほど素早くゴスロリ衣装の肩に発現されたロケットランチャーが火を噴いた。
ロケット弾が飛んでゆく。
もし命中したら、爆発の余波が円眞たちを正面から覆い尽くしただろう。
現実は黛莉が撃ったロケット弾が、こちらへ向かって飛んできていた。
「あ、危ない!」
円眞は叫びながら両腕を広げて両脇の女子たちと共に地面へ伏せた。
すんでの所でかわせば、ロケット弾が炎の尾を引き暗闇の奥へ飛んでいく。激しい破裂音からわずかに遅れて爆風が巻くように吹きつけてきた。
「なんなのよー、いったいー」
爆風が収まれば、黛莉が上体を起こす。地上の被害に対する懸念などこれぽっちもせず、衣装に付いた埃を払っていた。
そこへ黒のワンピース姿の雪南が文句を付けた。
「まったくいきなり攻撃するなんて、黛莉はやっぱりアホーだな」
「なんですってー」
「言われて当然だ」
熱り立つ黛莉にも、引く様子は一切ない雪南である。
ただ円眞は今回に限って二人に構わない。じっと前方を見据え手を顎へ当てていた。
「ちょ、ちょっと試してみたいことがあるんだ。また伏せててくれるかな」
円眞のいつも通りが、始まりかけた女子間の応酬は引っ込ませる。
円眞は短剣を握る右腕だけを前へ突き出した。
雪南と黛莉は素直に腹這いの姿勢を取った。
「なにをする気だ、円眞」
「まぁ、見てて」
下から上がってくる雪南の質問に、独り立つ円眞は柄を握る右手に力を込めた。
暗闇に浮かぶドアへ向けて突き出した短剣の刃が伸びていく。
刃先が届こうかという瞬間だった。
扉が開き、刃を吸い込んでいく。同時に放った刃先がドアの内側から出てきた。
出てきた刃先が、円眞の喉先まで伸びてくるまで瞬時の出来事だった。おかげで雪南も黛莉も声を挙げる暇もない。
カキンッ、刃と刃がかち合う。
還ってきた刃先は左手の短剣に阻まれた。伸びてきた刃先が後退を開始する。開くドアの奥へ戻ったかと思えば、短剣へ還るまでの時間は計るまでもない短さであった。
「これは一度戻って対策を立て直さないとダメみたいだね」
何事もなかったかのような円眞だ。
黛莉は少し不服そうだ。けれども冷静に下された判断には逆らわなかった。