第3章:地下と星の下ー002ー
銃撃音に爆発音が加わった。
敵の増援か、と石碑の裏で身構えた円眞と雪南だ。
だが直ぐに気づいた。こちらへ撃ち込まれていた弾丸が止んでいる。
二人揃って恐る恐る石碑の影から顔を出した。
紺の服務らしき格好した男たちが倒れていた。
まだ反撃を試みている者もいたが、相手は銃弾でない、ロケット弾だ。銃レベルでまともにやり合えるはずもない。地面に設置した機関銃を放り出していく。
「なんで最悪の女がー」
叫びながら逃亡を計る一人の背へロケット弾が飛んでいった。
「どういう意味よ、サイアクのオンナって。サイキョウじゃないの、しっつれいなヤツねー」
爆炎が舞い立つなかで、ロケットランチャーを両肩に抱えたゴスロリの少女が現れた。今日は衣装の色が先日の黒から一転して、ピンクを基調としている。
「えっ、黛莉さん、どうして、ここに?」
「教えてもらったの、うちの夏ねぇーに」
夏ねぇーって会社の事務員さんね、と雪南のため律儀に解説を加えた黛莉だ。
「黛莉、オマエは酷いヤツだな」
助けられた挙句に気まで使ってもらった雪南の不遜な返しである。
おもしろくない黛莉は当然ながら噛みつく。
「助けてもらっておきながら、なによ、それ」
「だって、そうだろう。そんな凄い力を、円眞の部屋で使おうとしたのだからな」
「だから、あん時は機関銃にしたじゃない。いくらあたしだってアパートでロケットランチャーなんて、ぶっ放さないわよ」
黛莉はここまで話していたら、ふと思いついたようだ。
「ちょっとぉー、あんた店の中で能力使って暴れたんじゃなかったっけ」
一瞬、固まった雪南だったが、直ぐさま横を向いて声をかける。いこう、円眞。
図星じゃない、と怒る黛莉へ、円眞は思いっきり頭を下げた。
「黛莉さん、ごめん。ボクが不甲斐ないから、ヤな役目、引き受けさせちゃって」
「しょうがないじゃない、あんなことがあったんだから」
黛莉は労るよう、さらに続けた。
「それにそのほうが、クロガネらしいわよ」
漂うシリアスな空気を破るように雪南が騒ぎ立てた。
「なんだ、なんだ、何があったんだ。ワタシにも教えろ」
「あんたなんかには教えなーい」
手にしたランチャーを消した黛莉が、下まぶたを軽く下げ舌を出した。
あっかんべーがよほど屈辱的だったのか、雪南は悔し紛れとばかりに吠えた。
「悪いヤツだ、黛莉は。せっかくピンクが似合っていると言ってやろうと思ったのに、円眞に媚びたくてその色にしたんだろって言ってやる」
「な、な、な、な、なによ、いいじゃない」
円眞のお株を奪う黛莉のどもり方が的中と答えている。ただし黙ったままでいるような性格はしていない。
「あんただって、なにそのカッコー。かわいい服、着ちゃってさ。結局あたしと同じじゃん」
けなしているのか褒め合っているのか解らない女子同士の応酬に、円眞としてはどう割り込んでいっていいか困ってしまう。でもこのままにして置いては、いつまでやり合っているか知れたものではない。
「あ、あのさ。黒もピンクもかわいいと思うよ」
ともかくポジティブな意見がいいだろう、と考えた円眞だ。
すると眉間を寄せた雪南と黛莉の両名が、呼吸ばっちりの同時返答だ。
「円眞、それはないだろ」「クロガネ、それはないわー」
え、え、え? となる円眞である。
「なんだ、円眞。そのどんな色でもいいや、みたいな話しは」
「そうよー、適当なおべんちゃらなんか、クロガネから聞きたくないわ」
なんだか酷く手厳しいな、と思う円眞だが口には出さない。ともかく頭だけは下げておいた。プライドを捨てる哀愁はあるが、選択は賢明であった。
まあいいか、と女子両名は落ち着いてくれた。
「じゃあ、行くわよ」
号令をかけながら黛莉が能力を発現させた。右手にブレンガン系の軽機関銃が姿を現す。円眞と同じく具現化させる能力だ。あらゆる重火器を現出させる稀な異能だ。相対する者にとって最悪、と言える攻撃力を有していた。
「えっ、黛莉さんも行くつもりなの?」
今度こそ本当に驚いている円眞に、黛莉はつかつかと寄ってくる。機関銃を左手に持ち替え、右手の立てた人差し指を円眞の心臓辺りへ押し付けてきた。
「あたしが、本気だってこと。誰にもやらせやしないんだから、あたし以外になんて絶対させないんだから」
「そうだ、そうだ、円眞。黛莉の気持ちを利用して、いざという時の盾になってもらおう」
雪南の顔前に銃口が突きつけられた。もちろん銃身を向けたのは、癇に障った黛莉である。
「あんたさ、いっつもイイ時に、口、挟んでくるわよね」
「それは考えすぎだな。ただ言いたいのは、円眞の殺すのはワタシだ」
まったく怯まない雪南である。
黛莉もまた負けじと睨みつける。
一気に張り詰めた緊張に、慌てて円眞が間に入った。
「み、みんなで、仲良く行こうよ。お互い、ちゃんと助け合ってさ」
不機嫌そうに女子両名が顔を向けてきた。喋るタイミングもまたほぼ同時とくる。
「なんだ、円眞。その優柔不断さは」「なに、その誰でもいい感じ、ヤな気分」
雪南と黛莉の口撃を受けて、円眞は夬斗から聞いた言葉を憶いだす。男はひたすら我慢するしかない存在なんだよ。その言葉の重みをつくづく感じる日となってしまった。
夬斗くんと一緒だから、と自分を慰める円眞だった。