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第2章:最凶らしい?ー010ー

 こうしてようやく四人揃って出かけた先は、連なる木造長屋の飲食店がひしめく片隅にあった。『食事処かごめ』と書かれた暖簾を潜る先が目的地だ。

 いらっしゃい、と引き戸を開ければ威勢いい声が飛んでくる。テーブル席はほぼ客で埋まっており、店内は活況を呈していた。

 かいと〜、と作務衣に和風スカートの制服が似合う美人店員が名を呼びながら嬉しそうに飛んでくる。周囲の目も憚らず呼んだ相手へもたれかかっていく。抱きつかれた当人も甘い言葉を囁き返しているようだ。


「おい、黛莉(まゆり)夬斗(かいと)のカノジョは行動が派手だな」

「ああ、あれは、アニキの病気が移ってんの。誰にもあんなんよ」


 雪南(せつな)へ、鼻を鳴らすように黛莉が答えている。

 先に入っててくれ、と抱きつかれたまま言う夬斗だ。

 年配の女性従業員がやって来て、奥座敷へ先導した。履物を脱いで上がる一番奥の掘り炬燵席へ案内された。


「いつも兄がすみません」


 一度引き下がりかけた女性従業員へ、ゴスロリ姿の黛莉が頭を下げている。

 黛莉ちゃんは良い子ね、とにっこり笑いながら引き揚げていった。


「どうして謝っていたんだ、黛莉」


 席に着くなり雪南が訊いてくる。

 あんたに遠慮の文字はないの、と言いつつ黛莉が雪南の正面へ腰掛けた。


「どうせ、遊びだもの。どうせまたあのオンナも捨てられるわよ」

「だ、だけど夬斗くんは、いい男だよ」


 円眞(えんま)の言葉に、黛莉は呆れた様子だ。


「なんでこの流れで、そんなことが言えるわけ」

「で、でも、やっぱり夬斗くんは良いやつだと思うから」

「ワタシは兄のために頭を下げた黛莉に感動したぞ」


 円眞ばかりか、続いた雪南の褒め言葉が利いたのだろう。

 ふん、と横を向く黛莉の頬に照れとしか思えない紅みが差していた。

 すまないすまない、とようやくやってきた夬斗は座るなり黛莉へ声がけした。


「どうした、妹よ。兄が素敵だと賛辞を浴びていたか」

「悪口に決まってんでしょ。遊んでいるオンナの店なんか選ばないでよ」


 ちょうど鍋が運ばれてきたので、黛莉の不機嫌もそこまでとなった。

 コンロを点火すれば、おおっと雪南が唸っている。テーブルには牛肉に野菜と大量に置かれていく。

 円眞の名を連呼する雪南は、これからいったい何が始まるんだと興奮頻りだ。

 すき焼きが始まることを教える円眞は、受け茶碗と白くて丸いものを雪南の前に置いた。


「これは、円眞。卵ではないか」

「雪南、とても卵が気に入ったみたいだから。夬斗くんに頼んで使って食べる料理にしてもらったんだ」

「嬉しいぞ、夬斗」


 雪南の目は輝いていた。


「そこまで喜んでもらえれば、こっちも本望ってもんだな」


 笑顔で返す夬斗の隣りで黛莉が、そっぽを向いていた。

 なによ、と誰にも聞こえない大きさで呟いている。なぜ兄がここを選んだか、理由が判明したからである。すき焼きなどを出す店で間違いないとしたら、ここ『食事処かごめ』だ。歓待を優先して、自分の事情を後回しにした選択だった。

 ふと黛莉は視線に気づく。黒縁メガネ越しの円眞の眼差しが優しげだ。何でも分かった顔しちゃってさ、と内心で毒づきつつ、表においては雪南へ向かっていく。


「あんた、まだ早いわよ」


 煮えきれていない肉を箸ですくっている雪南だ。しかもまだ乾杯もしていない。だがこの親切心も、頓着されなかった。

「大丈夫だ」の一言で雪南は済ませている。

 あんたね〜、と黛莉が始めた横で、円眞はこの中で唯一の成人である夬斗のグラスへビールを注いだ。


「ところで親友。どうだ、この前の話し、考えてくれたか」


 何とか雪南を説き伏せて乾杯し呷った円眞へ、夬斗がさっそくとばかり切り出してくる。


「ウチへ来てくれれば、出来る限りの待遇はする。反対していた妹は実は、だったしな」


 夬斗が笑いながら横を向いて当人を見る。

 なによ、と黛莉が唇を尖らせた。


「なんだ、なんだ、円眞。誘われているのか」


 茶碗を左手に、右手の箸は鍋に突っ込みつつ雪南が訊いてくる。

 あんた行儀悪いわよー、と黛莉がたしなめるなかで、当人はこめかみを掻いていた。


「うん。本当に嬉しいんだけど、でもクロガネ堂があるから」

「だけど俺や黛莉と親友が組んだら最強だぞ。雪南もどうだ、けっこうなスキルを持っているんだろ」

「どんな仕事をしているんだ、夬斗は」


 口にものを入れながら喋る雪南に呆れ返る黛莉の横で、そうかそうかといった感じの夬斗だ。脱がない上着の胸ポケットから名刺ケースを取り出した。

 差し出された一枚の名刺を、雪南は箸を持つ手で受け取る。おおっ、と鍋が点火された際と同様の感嘆を挙げてきた。


「来たばっかりの雪南が、俺の会社を知っているのか。けっこう有名になってきたんだな」


 しげしげと名刺を見つめる雪南に、夬斗の自尊心は満たされたようだ。だから真実にはズッコケさせられてしまう。


「いや、名刺なんてもらうなんて初めてでな。こういうものなんだ」


『アスモクリーン株式会社 代表取締役 和須如夬斗』左隅には英字を元にしたロゴがあつらえられていた。

 雪南は名刺をぼろぼろのコートのポケットへ入れる。本当はピンクの作業着を着て来たかったらしいが、血がけっこうなシミとなっていた。残念そうだったが、周囲の言い分を聞き入れた結果の服装だ。

 雪南は名刺を仕舞えば、もはや名刺のことなど忘れたかのように鍋に箸を突っ込みがっつきだす。

「あんたね〜」黛莉の呆れぶりは加速していくばかりだった。

 雪南の洋服も考えなきゃいけないなぁ〜、と烏龍茶のコップを呷りつつ円眞は思う。

 すっかり話しの腰を折られた夬斗だったが、気を取り直して続きだ。


「なぁ、親友。ただ儲けが厳しいだろうからだけじゃないんだ。あの店にいることが、なんて言うか、うまくは言えないんだが、呪縛みたいになっている気がするんだ」


 返答までは、少しの間があった。

 考え込んだ円眞が正面に座る夬斗の目をしっかり見据えれば、おもむろに口を開いた。


「夬斗くんの言う通りかもしれない。けれども父さんがどうしてクロガネ堂をボクに残してくれたか。その気持ちが実感できるまでは続けてみたいと思っている」

「そうか、そうだな、まだ一年だしな」

「で、でもここに来て、夬斗くんや黛莉さんに出会えて本当に良かった」


 ふっと笑みを浮かべた夬斗は、ちらり横を見る。


「だってよ、妹。良かったな」

「うっさい!」黛莉は今度こそ顔を見られないようにそっぽを向く。

 ただ心の機微に疎いような雪南が、顔色を窺える位置へいたのが不幸だった。


「どうした、黛莉。真っ赤っかだぞ」

「あんたねー」


 黛莉はさらに顔を紅くして、正面の無遠慮な告発者へ喰ってかかっていく。

 その様子を夬斗は柔らかい眼差しで眺めつつ、正面の円眞へ言葉を向けた。


「ところで、親友。この前、相談した件はどうする?」

「も、もちろんお受けします。お願いします、社長」


 珍しく冗談風で答える円眞だが、本音は真剣である。

 黛莉の口撃もどこ吹く風の雪南だが、この会話は聞き咎めた。


「なんだ、夬斗は円眞へ仕事を出したりするんだな。まさかレコードが欲しいとか、面倒なことを言うんじゃないだろな」

「俺に音楽趣味はないぞ」


 事情を知らない夬斗にとっては頓珍漢な話しである。


「なんでレコードが面倒なわけー」


 兄に代わって黛莉が訊き返す。

 円眞が応じた。華坂爺からの依頼品である一連の流れを説明する。未だ雪南へ当たりがきつい顛末まで話した。

 呑みながら聞いていた夬斗は、聞き終わると同時に言った。


「俺からの依頼は、雪南の力が充分に役立つ仕事だ」


 それから伝えられてくる依頼内容には、食事一辺倒だった雪南が殊勝に耳を傾けていた。聞き終えれば、張り切った表情を作る。


「そうか、それならワタシだけでもやれそうだ。良かった、円眞に少し返せる」

「ま、まだこの街に来たばかりの雪南を独りでやれないよ。それに思っているより簡単じゃないよ」


 大丈夫だと言い張った雪南だが、結局は円眞に説き伏せられていた。


「ところで、夬斗」


 雪南は新たな卵を落とした茶碗と箸を手にしつつ、仕事の依頼人へ向かった。

 おっ、なんだ? といった夬斗へ、雪南は尋ねた。


「アスモクリーンって、何をやっている会社なんだ」


 にやりと笑った夬斗が、さらりと返す。


「世界征服さ」


 さすがの雪南も鍋に向かった箸が止まった。



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