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最終章:えんまー下ー

 謎とされた老人が笑いを収めれば闖入者へ向く。


「ここを突き止めたといい、なかなかやるではないか。褒めてやるぞ」

「年少者に偉そうに言われても、ちっとも嬉しくもありませぬな」


 答える華坂爺(はなさかじぃ)と見た目ではそう変わらないように映る。だが百年前の『神々の黄昏(ラグナロク)』とされる現象のせいでいつ果てるか知れない寿命を与えられている。そうそう年上に出会すなどあり得ない身をなっていた。

 況してや、セデス・メイスンなる人物は能力を所有していない。長寿の付与は能力者にしかなかった。

 その者が華坂爺の言葉を受けて言う。


「その寿命、うらやましいのぉ〜」


 心底からだと誰にも解る響きで発した。

 華坂爺のほうはそれこそ肺が空になるような深い嘆息を吐いた。


「金や権力を極めたら、求めるものは残る一つしかないということですか。人の悲しみや想いを理解しようとしなかった者のありきたりな末路じゃな」

「なんとも言うが、良かろ。儂は欲しいものは手に入れる。現にずっと手に入れてきた」


 揺るぎないセデス・メイスンだ。

 華坂爺が憐れむような目を向けた。 


「世界の権勢者まで昇り詰めたとしても、いや昇り詰めたゆえかの、餓鬼のまま歳を喰ってしまったようじゃな、おぬし。そのせいか、敵を作らずにはいられぬようじゃ」


 もう観念してもらいましょ、と内山爺(うちやまじぃ)が華坂爺の後ろでファイティングポーズを取っていた。


 大きな笑い声が立った。

 メイスンだけではなく、静香も可笑しくてしょうがないみたいだ。

 なんです? と当然ながら訊く内山爺に答えたのは静香だった。


「だって、すっかり勝てるような口ぶりなんですもの」

「あっ、やっぱ、なんか企んでます?」


 予期していたような内山爺に、静香だけでなくメイスンも笑いを引っ込めた。


「あら、なにか掴んでいるのかしら」

「掴んでいるもなにも、静香さんならなんかやるっしょ、という感じですわ」

「私が真面目に捉えすぎただけだったみたいね。けれども確かに言う通り、喜んで貰えるお土産は持参してきているわ」


 華坂爺と内山爺を囲んでいた黒き格好の護衛の者たちからうめきが挙がった。誰もが苦悶してはのたうち回りだす。

 何事と二人が向けた目の前で、服が破って筋肉を膨れ上がらせ、濃い毛が生えては全身を覆う。かろうじて顔だけは人間のそれとする、巨猿がごとき怪物へ変貌を遂げた。


「内山様の鉄の拳にも充分に耐えましてよ。もちろん華坂様の桜花乱舞にも対応ずみです」

「おぬしらは、どれほどの人体実験を行なってきたんじゃ」


 もはや嫌悪を隠さない華坂爺である。


「誰と代えが効く一般の命なんぞ、儂のような世界を変革できる実力者の礎となることに意味があろうというものぞ」 


 答えるメイスンの横で、静香が口の端を吊り上げている。

 巨猿となった護衛たちの口から唸り声が洩れている。もはや人間性を有しているとは思えない。

 内山爺の能力を宿す拳に退いていた襲撃の輪は、今また中心へ向けて狭めつつあった。


 あはははっ、といきなり響き渡る大笑いだ。


「なにが、可笑しいんですの。気が触れまして」


 静香の強気の口調が却って怯んでいることを知らせてくる。

 窮地にあるはずの内山爺は、ふふんといった余裕をかましてくる。

 同じく危険な状況にあるはずの華坂爺が笑いを滲ませたままだ。


「おぬしら、まだ失敗に気づかぬか。いや失敗というより、メイスン氏の運が悪かったというべきかの」

「なにを言うておる」

「貴方は代えが利くとして犠牲に選んだ能力者が、まさか世界の征服を望むほど強大な能力者の心を捉え、破滅を運んでくるなど思いも寄らなかったみたいですな」


 静香はともかく、微動だにしなかったメイスンの表情が微かに険しさを刻む。


 コンッと華坂爺は杖の先端で床を叩いた。


「今は、逢魔ヶ刻(おうまがとき)。その異相を確かめるには情報網遮断ゆえに、自ら赴くしかないとなる。そんなおぬしらがやって来る機会を窺っていた、としたら、どうする?」


 ここで初めてメイスンと静香が顔色を変えるのと同時だった。


 屋上を覆う硝子型の強化ドームが派手な音を立てた。

 透明な破片が舞い落ちるなかを、シュッと銀で煌めく刃が走ってくる。

 一本だけではなく何本も、穿かれた硝子天井から伸びてくる。

 数は巨猿にも似た怪物へ変貌した者と同数だ。

 寸分違わず正確な本数を以て、刃は貫いていく。

 瞬時にして護衛と要してきた怪物は全滅した。


 あまりに早急な展開にメイスンと静香は呆然の体だ。

 そんな二人を挟むように降り立つ青年の影が二つあった。

 姿形はそっくりだが、まず格好が違う。

 一人は白いシャツにスラックスといったスタイルで、もう一人はツナギの作業服とした服装だ。そして後者は紅い眼をしている。


 閻魔(エンマ)焔眞(えんま)の登場であった。


 あなたたち……、と我れに還った静香へ、応えるは焔眞だった。


「久しいな、と言っても、お前らは我れを認識していなかったな」

「調べくらいはついてましてよ。円眞(えんま)のなかに潜む者がいるくらいは」


 威厳を取り戻そうとしているかのような静香だ。

 ふっと焔眞は口許に笑みを浮かべる。目つき同様、とても冷たい。


「そうだろう。我れの存在に気づいていなければ、由梨亜(ゆりあ)唯茉里(いまり)姉妹を脅すような真似は出来ないからな」

「なら、わかるでしょう。黎銕(くろがね)に楯突く危険性を……」

「オマエたちは決してしてはならないものに手を出した」


 遮る焔眞の声は大きくはなかったが、圧倒する強さがあった。

 あの静香が息を呑んでいる。


和須如(あすも)家に危害を及ぼすような真似をした者は、消えてもらう。例外はない」


 焔眞が手にした短剣を突き出した。


 呼吸を合わせるかのように閻魔も右手の短剣を上げる。ただしこちらは円眞の口調で相対す者へ確認する。


「貴方はセデス・メイスンですね。能力者に殺された、とされたはずの人物ですよね」

「そうだ、と言ったら」


 白髪と鉤鼻が特徴的な老人が、ぎろりと睨む。

 迫力ある目つきに大抵の人間は震え上がりそうだが、円眞でも閻魔であっても静かに受け止められた。

 なぜなら……。


雪南(せつな)を苦しめる者は許さない。世界中を敵にしても守ると決めたんだ」


 メイスンは鼻で笑ってくる。くだらんといった顔をしてくる。


「まだまだ青いの。男女の仲が何よりも大事とするなど。もっともその若さは羨ましいがな」

「求めてばかりの貴方には解らないよ。自分より大切な人がいる気持ちが、どれほど幸せかなんてさ」


 泰然としていたはずのメイスンが一変した。ガキが、知ったふうな口を叩くな! と顔を赤くして怒声を張り上げた。


「おい、そろそろいいか。エンマ堂の若店主よ」


 焔眞が向かいの自身と瓜二つの青年へ声をかけた。


「ああ、もちろんだ。取り敢えず、この場は協力といこう。だがな、次こそ余が勝つ」


 閻魔は紅い眼が唯一違うとする背格好の相手へ返す。


「何度でも挑んでくるがいい。ともかく今は片付けが肝心だ。我れは父上の手伝いに戻らなければならないからな」

「それはこっちもだ。今日中に渡す約束となっている商品のチェックがまだ途中だ」


 挑発とも取れる微笑を浮かべる『えんま』たち。

 突き出した短剣の刃を伸ばすのも、また同時だった。

 


 この日を境に逢魔街は、また新たな動静を迎えようとしていた。


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