第9章:対抗する者ー007ー
彩香から能力者で構成された組織としては世界最大とされる『異能力世界協会』の協力が得られた旨を告げられた。
マジか、と貴志が戸惑いつつも歓迎の色を浮かべる横でであった。
これ以上にないほど難色を浮かべるデリラだ。妹の死に深く関わっている相手組織だけに、心中において複雑極めるは当然である。
どうする? と彩香が訊いてくる。
「まだ粗いけど、デリラの才能は私らも認めている。えんちゃん……じゃなかった、閻魔様の力になれると見込んでいるけど、強要はしない。共に行動するかどうかの意思は尊重するわ」
「参加させてもらう。逢魔七人衆の一人として、共にあるわ」
事情を知る彩香だから即答には意外そうな態度を隠さない。
「なんかずいぶんあっさり了解したけど、ホントいいの?」
「むしろ傍にあったほうが解ることは多いかもしれないから。ただし……」
「なに?」
「エルズの死は異能力世界協会に責任を負わせるべきと判断できたら、行動は別に取らせてもらう」
彩香は返答しかけて止めた。場を仕切っても決定は委ねるべき人物がいる。
「いかが致しますか、閻魔様」
「そうだね、いいんじゃないかな、彩香さん」
返答してから円眞すぎた自分に気がついた閻魔が、コホンっと咳払いをする。
「余こそ、デリラなる者に訊きたい。我らが進む道は茨なるぞ。勝算も低く、余のやりたい事に付き合わされる目に遭うが、本当に良いのか。大変だぞ」
「それは別に構いませんけど……」
デリラのほうも答えてから調子が狂っている自分に気がついた。ああ、もう! と熱り叫んでからだ。彩香の隣りにきては片膝を付いた。
「このデリラ・ベネットも閻魔様と共に行きます。そうですよ、どこ行く宛もない身の上ですから、付き合ってやります」
「ありがたいな、それは。復讐心ばかりでは精神的だけでなく身体にも悪いと思うしな」
にこにこしているリーダーに、デリラは少しむくれたように顔を伏せた。ただ誰にも見られない向きとなれば、笑みが溢れていた。
貴志もまた彩香から、どうするの? といった顔を向けられて慌てて駆け寄ってくる。片膝を付いて恭順の意を示した。
ありがとう、と言う閻魔というより円眞である。
「ワタシは反対だ!」
独りで立てるくらい回復した雪南が異を唱えてくる。雪南……、とその名を呼んだ相手の腕を掴んだ。
「せっかく助かったのに、どうして危ない方へ行こうとするんだ。円眞が相手にしようとしているのは、神々なんだろ、凄いチカラなんだろ。そんなことよりワタシと逃げよう。また一緒に世界を回ろう、こんな街からオサラバしてしまおう」
場の空気は瞬時にして緊迫した。
ここまで決まりかけた結論を引っ繰り返せるとしたら、雪南しかいない。その雪南がした提案はまさに円眞だけでなく閻魔にしても望むものだろう。
黙り込む閻魔に、彩香を初めとする六人に諦めのムードが漂い始めた頃だ。
「ごめん、雪南」
挙がった声に、雪南は目を見開く。掴んだ腕へさらに力を入れて閻魔を揺さぶった。
「どうして、どうしてだ、円眞。ワタシを好きじゃなくなったのか」
「そんなことあるわけないだろ。僕は雪南が好きさ、僕が僕でいられるのは雪南がいてこそなんだ」
「だったら、どうしてだ。円眞!」
言い淀む閻魔の円眞だが、観念したように口を開く。
「僕が世界中から狙われている状況には変わりない。そしてそこに逢魔街の神々も加わるんだ」
一瞬、声に詰まる雪南だ。円眞が世界の標的とされた発端は自分にある。それでも黙ってはいられない。
「そうならば、こんな街にいたらまずいではないか」
「彼らは世界に通じているよ。百年前のラグナロクがそれぞれを各地を巡らせる機会を与えてしまった。影響力を及ぼす手を広げさせてしまった。どこへ行こうと追跡はしてくるよ。もう逃げ切れるものじゃないんだ、この世界では。ならば能力の伸長が計れるこの街で迎え撃つほうがいい」
雪南は両手で顔を覆った。声が漏れてこないものの、悲しみが抑えきれないみたいだ。
ごめん、と謝らずにはいられない円眞であり閻魔だった。
えんちゃん、と彩香が呼ぶ。敢えて閻魔ではなく円眞へ問いかける。
「いいのね、それで、本当に」
「彩香さんたちこそ、いいのかなって思うけど」
「逢魔街の神々とかいうあいつら、ヤバいもの。本人たちの意向次第で、街単位なら軽く壊滅させられる。それがどれだけ脅威を与えているか、本人たちに自覚ないのか考えないようにしているのか。ともかく放っておいたら、能力者は危険と一括りにされた敵意を世界中に募らせていくだけよ」
「僕がストッパーになればいいだね」
ふむふむとうなずいている姿は、どう見ても円眞だった。
軽く首を横に振った彩香がしっかり目を向ける。
「私や夛麿、庵鯢鶤霓は逢魔街の神々の、そう冴闇夕夜の恐ろしさを目の当たりにしている。あれは有りとあらゆる命を、なんとも思っていない。ならばえんちゃん……閻魔様の征服に乗ってやろうじゃないってな感じかしら」
最後は舌を出すような口調は、円眞が知る彩香だった。そして期待に応えるべく閻魔へなるべく雰囲気を改めて言い放つ。
「皆の者、まだ不安は多いだろう。突き進む道は決して平坦ではない。ここで降りるというならば、止めはしない。だが付いてくるというならば、余は尽力を示そう」
「ならば、ワタシも入る!」
閻魔の目前で、ひときわ大きく挙がった。
ばっと覆っていた両手を外して顔を上げた雪南だ。
まだ涙も滲んでいれば、閻魔は慌てる。円眞に還って自分の希望を伝えずにいられない。
「なに言っているんだよ。雪南はこれからの人生を考えて安全な場所で……」
「ワタシだって少しは役立つはずだ。円眞がこれからやろうとしていることに」
で、でも……、と戸惑う閻魔からは承伏しかねているさまが有り有りだった。
えんちゃん、と彩香が呼んだ。
「もし雪南を好きだという気持ちがあるなら諦めなさい」
えっ? と驚いたのは閻魔だけではない。雪南も、だった。
二人の顔に緊張が漲っている。
彩香は静かに力強く続ける。
「雪南を別の場所で暮らせとするならば、閻魔様は彼女に対する好意を捨てるべきです。けれども好意そのものを消せないどころか忘れられないとするならば、何処で過ごそうといずれ雪南の身へ危険が及ぶことになるでしょう。敵が閻魔様の想う相手を狙わないはずがありません」
返事より先にため息が挙がった。
言われたことに了解はできている。それでも閻魔は心情的に了承といけない。
雪南? ふと気づいたように閻魔は呼んだ。
目の前から彼女は消えていた。
彩香の傍で立っている。
何かを決意をしたような碧い瞳を向けてきた。
雪南……、と閻魔が再びその名を呼んだ時だ。
雪南はしゃがんだ。折った片膝を地に着け首を垂れる。恭順の意を示す体勢を取って口を開く。
「どうかワタシも盾にさせてくれ、閻魔さまを守る役目に就かせて欲しい」
そんな……とする言葉が閻魔から出掛かった。
けれども小柄な雪南が跪く姿に悟るほかない。
もはや自分の立場というものを、自分の気持ちというものを。
雪南を忘れられるなど出来ないことを思い知った、これまでの日々だった。
決心をすべきは閻魔自身なのだ。
雪南を加入させた『逢魔七人衆』は付き従う姿勢を崩す様子はない。
ぐるり、改めて閻魔は見渡し、告げた。
「余はこの世を征服する。能力有る無しを基準としない社会にするため、世界を掌握する。邪魔する者は例え神とされる者でも退く気はない。困難極めるだろうが、皆の者、最後まで付いてきてもらいたい」
今初めて揃った七人であるはずなのに、返事の一言は内容もタイミングも一様で響かせていた。