第9章:対抗する者ー004ー
血煙が立つ地獄絵図だった。
容赦なく損壊されていく肉体が四方へ撒き散らす。
とても二人分ではすまない量が飛び散っている。
大量の人数を必要としなければ描けない赤く彩られた死の光景だった。
「な、なぜ、なぜだ、お前たち」
シールドを挙げた憬汰汰とする人物だ。被った血によって視界が遮られたせいだろう。
それだけ相手側が圧倒していた。
しかも殺戮の手は止む気配がない。
首を斬り飛ばす日本刀。顔面を粉砕する拳。頭を叩き割る六角棒と八角棒。
廃屋内にある黒き者たちが纏うアンチスキルの装備など関係なしだ。一人も残さずとした意志のこもる攻撃が行われていた。
ついに生存者が憬汰とする人物だけとなったところで、一人が質問に答えた。
「なにって、救助に決まっているじゃない。私たちが前途を期待するエンマという若者をね」
髪の長いビジネススーツで決めた女性が手にした日本刀に付いた血を振り払う。
「あ、彩香さん」
雪南を腕にする閻魔というより円眞の声が、名前を呼ばれた女性に笑顔を浮かばせる。
「あら、えんちゃんなのね。地獄の閻魔のために来たつもりだったけれど、やっぱりクロガネ堂の姿を見せてくれると嬉しくなっちゃう」
ううん、と慌てて喉の調子を整えて「そ、そうだ、余は……」と閻魔は威厳を出そうとしたが、笑いを誘うだけだ。
彩香だけではない。ワイシャツ姿の靖大も、大柄な体格とする庵鯢に鶤霓も相好を崩している。
もし血の海と化していなければ、和やかな空間となっていただろう。
「なにを考えているんだ。お前たちは逢魔七人衆ではなかったのか」
憬汰とする人物の叫びに、彩香が嘲笑で応えた。
「今の行動を見ていて、どうして私たちがあんたたちの味方だと考えられるのよ。でもまぁーね」
一旦の間を取る彩香は、ちらり閻魔を見遣ってからだ。
「逢魔七人衆は続けるつもり。けれどそれはトップの交代がきちんと叶えられたら、という条件ね」
意味を飲み込むまで多少の時間を要した憬汰とする人物だ。彩香が話した意味を了解できれば、形相が変わった。
「なにを考えているんだ。逢魔七人衆は私がいてこそだ、黎銕憬汰が指揮してこそ存在する集団だ」
「それじゃ、訊くけど、逢魔七人衆と銘打って活動する目的は、なに? 言ってごらんなさい」
「逢魔街の支配だ、つまらないことを聞くな」
すっかり言葉が乱暴になった憬汰とする人物だ。だが断言した直後に、動揺も露わに問い質すことになる。
「なにが可笑しい。オマエら、変だぞ」
「変なのは、そっちじゃない。気づいてないの、あんたの喋り方といい、すっかり化けの皮が剥がれているじゃない」
「なにがだ、黎銕憬汰に向かって、オマエら何を言っている!」
そう叫ぶ憬汰とする人物の目は血走っている。
尋常を失いつつある相手に、彩香は大きく肩を竦めて見せた。
靖大も庵鯢に鶤霓といった面々も、何とも言えないといった風情だ。
閻魔もまた敵同様に事態が全く掴めていない。訊きたいとする声に、つい円眞が出た。
「彩香さん、どういうこと?」
彩香は円眞でこられると喜んでしまうようで返す声は機嫌がいい。
「逢魔七人衆が集う表向きの目的は逢魔街の支配ってなっているんだけど、私たちへ語っていた真実は別にあるの。まぁー、それも嘘だったんだけどね」
「そんなわけ、あるものか」
もはや悲鳴に近い憬汰とする人物に、初めて彩香が憐れむ目を送った。
「いいように頭の中や身体を弄られてしまったのよ、あんたは。所詮は何人目かの『黎銕憬汰』にすぎない。認めたくないでしょうけどね」
しばしの静寂から、小さく湧き上がってくる。
嘘だ、嘘だ、嘘だ……。
ぶつぶつ繰り返す、憬汰とされた人物だった。
「諦めなさい、あんたは黎銕家女当主の夫ではないし、況してや円眞の父でもない。本当の自分を知らないまま傀儡として終わるしかないのよ」
淡々と彩香が無情の宣告をした。
ウソだ! まさに絶叫をほとばらせた憬汰とされた人物が手にした大太刀を振りかざした。
降りてきたのは、刀身ではなかった。
頭だった。
彩香が太刀を振って刃に付いた血を飛ばす。
終わったとばかり、腰元の鞘へ日本刀を収めた。
「さあ、片付けといくわよ」
そう言って振り向いた彩香の視線上には、雪南を抱える閻魔がいた。