第9章:対抗する者ー003ー
激しい剣戟が展開されていた。
閻魔は一斉に向かってくる刀身を払い除ける。
次々と斬りつけられれば、身をかわしつつ短剣を振るう。
寸前で避ける身体のこなし方は見事だ。
敵の斬撃はかなり重いはずだが押されることはない。
円眞時における身体能力の高さを引き継いでいた。
だが閻魔となっても異能とされる能力にアップデートはなかった。
日常において短剣を具現化するが精々だ。
多数に渡る刃の攻撃に、右手の短剣だけで対処となる。
左腕にはぐったりした雪南を抱えている。
凌ぎ切れなくなる瞬間が訪れた。
敵の鋒が雪南に向かえば、咄嗟にかばう閻魔だ。動きに無駄が生まれてしまう。
まず肩から血潮が噴いた。
一つの傷を負わせたことが突破口となる。
僅かでも動きに鈍れば、次々に刀は届く。
全身が傷だらけとなる閻魔だ。
けれども雪南には傷の一つも付けさせない。
口から唸りがほとばしるほど渾身の一閃を振り抜けば、押し寄せていた敵の波は一度引いた。
はぁはぁはぁ息も荒い閻魔の膝が、がくり落ちていく。
再び片膝を付けば、限界は近いことが窺える。
それでも雪南は離さない。
「素晴らしいよ、エンマ。無駄と解っていても諦めない愚かさは黎銕一族に迎え入れるべきではないと確信させるよ。始末すべき者の処理はきっちり行い、作り変えるべき者は徹底的に行わなければならないね」
憬汰とする黒で固めた人物が下す断であった。
くっと悔しげに顔を歪めた閻魔の耳へ微かな呼び声がした。
エンマ……、と腕の中からしてくる。
「雪南、大丈夫なんだな」
閻魔のまるで一条の光明が差したかのような声音だ。うっすら覗く碧い瞳に、笑みが浮かびかけたところへだった。
「円眞……ワタシを置いて逃げろ」
「そ、そんなこと出来るわけ、ないだろ」
「……今のワタシはジャマだ。生きていて欲しいんだ、円眞には」
「ボクのほうこそ、雪南には幸せになって欲しいんだ。そうするためにずっと生きてきたんだから」
やれやれといった調子で憬汰とする人物が割り込んでくる。
「どっちがどっちだか判らないね、エンマは。自分の呼び方さえ変わってしまうんだから」
「どっちだってエンマだ。ワタシの好きなエンマだったんだ。それをワタシは解ってあげられなかった。ずっと一緒にいた時に気づけなくて、ホントごめんな」
腕のなかで見上げてくる雪南へ、円眞とも言える閻魔が軽く首を横に振る。
「これほどに喜ばしいことなのか、雪南に解ってもらえることが。ここまで生きてきたかいがあったというものだ。余はなにがなんでも雪南だけは助け……」
「違う、違うぞ、エンマ」
声自体は弱々しいにも関わらず、断固として遮った雪南が片手を伸ばす。抱きかかえる閻魔の頬へ手を当てた。
「どうしてエンマは、なんでも一人なんだ。どうしていつもワタシを置いていこうとするんだ」
「しかし雪南は生きて幸せに……」
「ワタシには、帰れるところがエンマしかないんだぞ。いやジジやババがいても、どこまでも一緒にいたい人がエンマだって、わかってくれないのか」
今は円眞なのか閻魔なのか、どちらとも知れないエンマが碧い瞳を見据えた。
「雪南、もうここを切り抜けられそうもない。だからこれからの行く先は地獄だよ。いいんだね?」
雪南の顔が、ぱっと輝くようだ。
「それは二人でいこう、と言ってくれているんだよな」
「ごめん、本当は生きてとしたかったけど」
「嬉しい、嬉しいぞ、エンマ。ワタシはそれで……幸せだ」
閻魔の膝を立たせるには充分な答えだった。
雪南を片腕に、残った手に握る短剣を突き出す。
「キサマらのいいようにはさせない。雪南と引き離されなどさせない。その時がきたら、共に逝く。だがな、そう簡単にはいかぬぞ」
くっくっくっと憬汰とする人物が何度目かの嫌な笑いを放った。
「いい、その結論はとてもいいよ、エンマ。すっかり我が子に失望した父としては泣き付かれたほうが面倒だからね。これで心置きなく抹殺できる。その覚悟が我が妻にする言い訳を作ってくれたよ」
「キサマは、まだ父親づらをするのか。夫でもない傀儡が何を吹き込まれている。自分のが黎銕憬汰などと思っているところが哀れだな」
閻魔の指摘が様子を一変させた。
なんだと! と今までの声や喋りからは想像できない怒号が憬汰とする人物から挙がる。シールドで隠れて見えないが、さぞかし顔を歪めているだろう。
「死ね、死ね、今すぐ二人揃って殺してやる」
理性など吹っ飛んだ宣告を発して、合図が送られた。
憬汰とする人物が右手で向かえとする所作に、黒き者たちが大太刀を振りかざす。
閻魔と雪南へ、一斉に襲いかかっていく。
派手に舞う血飛沫は崩れかけた壁を赤く染めていった。