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第8章:休息ー005ー

 泣き出した当人以外は、呆気であった。

 焔眞(えんま)夬斗(かいと)は顔を見合わせたし、どうした? と慎平(しんぺい)は尋ね、「ママ」と黛莉(まゆり)は膝に縋りつく。

 椅子に座る夏海(なつみ)は両手で顔を覆うまま言う。


「怖かった、子供たちがみんな能力者になって、このままどっか行くんじゃないかって。私たちを置いて、先に死んじゃうんじゃないかって。だから子供が欲しかったの。もっと生まなきゃって思ったの」


 両手を外した夏海は涙を飛ばして叫ぶ。


「ヒドいのよ、私はヒドい親なのよ。能力持ちに生んだ挙句に、そのせいで死ぬかもしれないから新しい子供を欲しがるなんてサイテーじゃない」


 すると当然だとする声が上がった。


「母上、それはない。母上はちっとも悪くないし、おかしくない。もし悪いとするならば、それは能力者を扱いきれない世界に怒るべきだ。そうした世の理を変えられない我らの不徳とするところなのだ」


◇    ◇    ◇    ◇ 

 

 思い出すたびに笑ってしまうだろう。

 夜空の下で夬斗は横に立つ男へこれほど心を砕けるか、改めて解ったような気がする。当時はまだ『円眞(えんま)』だった焔眞と最初に出会った時点で、すでに家族だったのだ。


「お袋が未だ子供を作る理由を話した時、焔眞がはっきり違うと言ってくれて良かったよ。あれで親父もかなり救われたはずだ」


 それに俺も、とした部分は加えようか、ちょっと躊躇う夬斗だ。あまり感謝しすぎると却って軽くならないか。これまで親友とする者を持った試しがないだけに、要らぬ心配かと考えてしまう。


「当然のことを言っただけだ。夬斗や黛莉を生んでくれただけでも、我れは父上母上にどれほど感謝しているか」

「だから一生奴隷ってわけなのか」

「ああ、当然だ」


 焔眞の真面目くさった返事に、夬斗は笑いを堪えきれない。


「こっちこそ焔眞がいてくれたからこそだな。長男長女が能力持ちとする事実はいずれバレそうだから、逢魔街に棲家を作ろうと俺は出たんだ。ところが、どうだ。やたら静かじゃないか、我が家周辺は」

「さすがだな、夬斗は。これが親友というものか」 

「で、なにをしたんだ」

「脅かした。和須如(あすも)に仇為すなら、容赦はしない。我れは人間の命などに興味がないから、躊躇はないと伝えた」


 何処の誰に向かって言ったか気になるが、夬斗はこれ以上の詮索は止しておくことにした。現在の焔眞ならば、心楽しい記憶ではないくらい解る。

 自分が伝えておかなければないけない点を口にした。


「すまないな、本当ならそれは俺がしなければならなかったことだ」

「我れは親友だから、そこは謝罪でなく感謝ではないか、と思うが、どうだ」


 もっともな内容に加え紅い眼で訴えられれば、説得力は強烈だ。

 そうだな、と夬斗は首肯してから述べた。


「ありがとう、焔眞。これからも頼むよ」


 がらっと音を立ててガラス戸が開いた。


 振り向いた夬斗と焔眞に、待っていた黛莉がいる。自信作が淹れられた、とお達しだ。もういい、とは言わせない迫力がある。何がなんでも飲まなければならないようだ。 

 戻るか、と焔眞の言葉に、「おぅ」と夬斗は短く答えて歩き出したところでぶり返してきた。親父とお袋のヤロー、と怒りが抑えきれない。

 どうしたの、お兄ちゃん? と黛莉が尋ねればである。


「なんで俺だけに内緒なんだよ。焔眞と黛莉が実家にいたこと、会社のやつらは知っていたみたいじゃねーか」


 ついつい流されて文句を付け損ねたが、夬斗としてはやはり腹の虫が治らない。光の柱の中へ消えていった翌日には、和須如の実家にいた焔眞と黛莉である。その事実を藤平だけではない、夏波(なつは)は仕方がないとしても、他の社員全員が知っていた。

 知らぬは社長一人といった話しである。

 ふざけている、と一言くらい首謀者である両親へぶつけてやりたい。

 だが黛莉は当然といった口調で言ってくる。


「しょうがないじゃない。アニキって、仕事や女を口説く時以外は、すぐ感情が顔に出るじゃない。少し焔眞を休ませるため秘密にしたくても、あっさりバレる態度を取るから」

「おい、黛莉。言葉遣いが逢魔街(おうまがい)最凶の時に戻っているぞ」


 反論できない夬斗は、負け惜しみが精一杯だ。

 ははは、と愉快そうな焔眞は夬斗と黛莉の兄妹を見渡した。


「これが休みというものならば、素晴らしいものだな。おかげで我れは決意を固められたというものだ」


 いいのか? と訊く夬斗の顔にやや影が射した。

 避けられないと解っていても、できるならとする想いはある。

 だが運命は当人が一番に理解していた。


「明日、逢魔街へ戻ろう。いつまでも放っておいては、こちらへ乗り込まれかねないからな、彼奴(あやつ)は」

「わかるのか」


 夬斗が緊張の面持ちを湛えている。

 黛莉も和須如家の長女ではなく、逢魔街に生きる顔へなっていた。

 焔眞は静かに、けれども鋭い声調で答えた。

 間もなく彼奴は我れに挑んでくる、と。

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