第8章:休息ー002ー
驚いていたのは他人さまだけではない。
身内の夬斗も藤平に倣うように、あんぐりだ。
由梨亜の能力によって玩具の銃が本物さながらになるまでは認知していた。
まさかの大砲もどきの口径から光粒子を発射するカノン砲へ変化させた。
唯茉里のほうといえば、刃の部分がワイヤーらしきもので繋がれながら等間隔で分裂し伸びては、鞭のようにしなった。所謂、蛇腹剣というやつである。
現実的には製作不能とされる武器だった。
由梨亜と唯茉里の姉妹の能力は具現しただけでなく、威力もまた桁外れだった。少なくとも夬斗と藤平のコンビより早く片付けられそうだ。
黒き怪物たちは、光線に呑み込まれるか、鞭のようにしなる刃に斬られ消滅していくか。選択は二つしかなかった。
暴れ回る社長の妹たちを眺める藤平はしみじみと口にする。
「ロマンっすね〜」
「ああ、これこそロマン武器といったやつだな」
夬斗も心なしか口調がうわずっている。見ていて楽しい攻撃には男子へ還ってしまう。
妹たちの能力を強化させた、まだ男子といった新たな登場者も加わる。
「そうでなきゃ、僕だってわざわざこんなところまで出てこないよ。兄ちゃん」
どうやら夬斗の弟らしい男子は、洒脱な兄とは反対でぼさっとした印象だ。着古したようなシャツとズボンが、いかにも服装にこだわらない感じがする。髪も櫛を入れているとは思えない。
「だけど磨世韋も能力持ちだったとはなぁ〜」
夬斗の口調は、まさしく複雑だ。兄弟のなかで唯一の能力を持たない者と思っていただけに、正直に言えばショックである。和須如にとって能力と呼ばれる異能所持者を輩出すていくは宿命なのだろうか。
そんな夬斗の深刻な心中を知ってか知らずか、磨世韋は不満露わに洩らす。
「こんなの、ぜんぜん良くないんだけど。誰かの能力を強化・変形なんてさ。僕って誰かのオマケみたいじゃん」
「いやいや、凄いっすよー。初めてですよ、ええと、磨世韋さんって言いましたっけ? もっと偉そうにしていいっす」
藤平の持ち上げ方に同意しないものの、夬斗なりに思うところを口にする。
「確かに磨世韋自身だけではどうにもならないかもしれないが、逆を返せば人を集める能力だと思うぞ」
そっかな、と反応する磨世韋は少し嬉しそうである。
可能性の話しだけどな、と答える夬斗も微笑む。
本音としては、あまり能力使用を必要とする人生は送って欲しくない。だが持って生まれてしまったからには、綺麗事ですまない事態が訪れてきたとしてもおかしくない。自分の能力に気づいたのは、まだ最近らしい。今はまだ苦難の可能性を示しても理解が追いつかず、単なる脅しにしかならないだろう。
「それにしても、まさか双子じゃなくて三つ子とは驚いたっす」
「マテオは双子だったな。多胎児とする例はけっこうあるのかもな」
「そうっすね。実際どうなのか、知りたいっすね。今度、マテオあたりに訊いてみますか」
けっこう真面目な会話を交わすアスモクリーンの社長と社員へ、磨世韋が報せてきた。
「兄ちゃん。由梨亜と唯茉里、終わったみたいだよ」
目を向ければ、ものの見事に殲滅を果たしていた。
手にした武器を従来の玩具のような銃とナイフへ戻した和須如姉妹が一仕事終えた顔でやってくる。
お疲れさん、と夬斗が労えばである。
「ホント、疲れたー。カイにぃ、途中から見てるだけなんだもん」
「お小遣いもらわなきゃ、割に合わないよ、これ」
ある意味、無邪気な由梨亜と唯茉里だ。
はいはいといった調子で、夬斗は応じる。
「いきなり勝手に割り込んできて、図々しいにも程があるぞ。でもまぁ、良くやってくれたから、それ相応の報酬は払うよ」
やったー、とハイタッチをしている由梨亜と唯茉里へ、「ただし」と夬斗は付け加える。
「磨世韋を含めた三人で平等に分けるんだぞ。わかっているよな」
えー! と妹たちは不平に通じる声を揃えて挙げてくる。
念を押しておいて良かった、とする夬斗である。これくらいはお見通しだ。
「磨世韋ったら、変なところ触ったでしょー」
「兄妹だからって、手を当てる場所がきもい」
磨世韋が能力を発揮するには、相手が能力を発現する際でなければならない。由梨亜と唯茉里が玩具に近い武器を本物に等しい威力へ強化させていく段階で上乗せする。それには身体へ直接に触れていなければならない。
今回は後ろ首に手を当てるとした、ごく普通の体勢であった。
姉たちが不満を転嫁するための難癖は予測していた弟だから容赦ない。
「由梨亜や唯茉里なんかに、喜んで触れる男なんて、誰もいねーよ。僕だって父ちゃんに言われなきゃ、やりたくなかったよ」
なんですってー、と姉たちが熱り立てば、「なんだよ、このブス」と弟の完全なる挑発だ。睨み合えば、今にも兄妹喧嘩へ発展しそうである。
「親父に言われてきたのか、珍しいな」
なだめるように入ってきた夬斗に、顔は姉たちへ向けたまま磨世韋は答える。
「うん、もうそろそろいいだろうって、言ってた」
「もうそろそろ?」
引っかかる弟の言い回しに、耳にした社員のおかしな挙動を目ざとく認めた夬斗だ。
「おい、藤平。なんか、おまえ知っているのか。今、ビクッとしただろ、ビクッと」
「あー、さすが社長っすねー。お目が高いっす」
「そこは油断も隙もないだよ」
やっぱり何かある、とした夬斗の見立てに間違いはなかったようだ。
好奇心旺盛なお年頃である由梨亜と唯茉里は弟との対立など放っぱらかして、「なになに」と兄へ向かってくる。
気勢が削がれた弟もまた不思議そうに訊いてくる。
「兄ちゃんも忙しかったよね、二人に気を遣ってさ」
「二人?」
ますます訳わからない夬斗の横で、いっそう藤平が身を縮み込ませている。
「逢魔街に戻れば、いろいろ巻き込まれるのは間違いないから、しばらく家でのんびりさせておこうと、兄ちゃんが言ったんじゃないの」
「俺が、誰に?」
「えん兄ちゃんとお姉ちゃんに」
あれれ? となったのは言葉を交わしていた磨世韋だけではない。由梨亜と唯茉里もである。和須如の妹たちと弟は一様に驚いていた。
藤平だけが驚愕しない代わりに冷や汗を浮かべていた。ヤバい、といった嘘の吐けない顔を見せている。
夬斗しては人のいい社員を大事にしていくつもりだ。
だが、ここは慈悲など一切なしでいきたいと思う。