第7章:神々の戦いー006ー
輝く無数の糸が広がっていく。
放つ夬斗本人でさえ、どれほどの威力で、どういった動きをするか不明ときている。
現物の糸を通してより斬れ味は数段も増し、目前いっぱいを広がっていく。そこまでしか把握できていない。
だからだろうか。
黒き剣が薙ぎ払い、渾身と言える一振りの風圧に身体が吹っ飛んで謎の巨石に叩きつけられても、痛みとは別に平静でいられた。
すげーな、と夬斗はぎりぎりで保つ意識下で感心していた。
それでも巨石を粉砕するとする閻魔の声が聞こえてくれば、ここで崩れ落ちるわけにはいかない。
「破壊したら、どうなるんだ。俺にはなんかヤバそうな想像しか立たないんだけどな」
背後の巨石を支えに後ろ手で這いずるように立ち上がった夬斗だ。
閻魔が手にする剣を前へ突き出した。
「余にも解らん。ただ何もしないよりは、可能性がある」
「それじゃ、ここを退く気にはなれないな」
寄っかかかることで何とか立っていられる夬斗が、にやりと笑う。
歩み寄って来る閻魔が冷然と言い放つ。
「虚勢はよせ、夬斗」
「わかるか、やっぱり。だけど、はいそうですか、とならない俺の性格は承知してくれているんだよな、円眞なら」
もう目の前まで来た閻魔は頭を横へ一振りしてからだ。
「余は円いエンマではない。地獄から来たとされる閻魔だ。目的のためには手段を選ばない」
黒き剣が降り下ろされた。
音を立てず霧雨を斬り裂いていく。
「社長、大丈夫?」
閻魔でも夬斗でもない者の声がした。
黒き光沢する刃は空を切っていた。直接の被害を受けた地面が抉られている。
「やはりキサマか」
さほど驚いていない閻魔だ。
寸前で誰の目に留まらず救い出せる能力を持つ者など、早々いない。
白銀の髪を揺らすマテオが夬斗を抱え、横へ避けていた。
「黒眼のエンマは凶暴だな。ところで……」
マテオは感想から、もっとも気掛かりとする点を言及する。
「ラグナロクは、どうなったの?」
「なんかもう終わったみたいだぞ」
夬斗の答えに、安堵そのものとする息が大きく吐かれた。マテオは彼を知る者ならば珍しいとする和らぐ表情を見せた。
「まだだ、まだ結論を出すには早い」
闘志を燃やす閻魔が走りだす。黒きを振り上げながら、謎の巨石へ向かっていく。
不意に閻魔の足が止まった。
黒き剣を上空へ向ける体勢は防御の型だ。
判断に間違いはなく、攻撃を受けた。
飛んでくる光りの矢を盾とした黒き剣で跳ね返す。
「邪魔をするなっ」
閻魔の怒声は、むしろ飛来数の増加を招いたようだ。
止むことを知らない光りの矢に、閻魔は受け止められなくなる。後退を余儀なくされた。
夬斗たちとの間隔が空いたところで、謎の巨石を飛び越えてくる人影があった。
ホワイトスーツに赤ネクタイを締めた男性だ。常に変わらない格好もそうだが、示した能力が人物の特定を容易にした。
「どけ、逢魔街の光の神」
「えんさんなら怒りに任せたゴリ押しのようなセリフは吐きませんがね」
赤ネクタイの結び目に手を当てた『逢魔街の光神』とされる新冶が口許を緩める。優しさより冷たさを漂わせる微笑だった。
傍で見守るマテオが、肩を貸す夬斗へ向けて言う。
「後は任せよう、あれはあれで凄い人だから」
「でも、あいつ。円眞とはけっこう仲良くやっていたんだろ」
「あれ、じゃないな。逢魔街の光の神さまは、手段を問わないけっこうエグいヤツだから、大丈夫じゃない」
マテオはディスりながらも信用は置いているようである。
閻魔は傲然とした趣で黒き剣を掲げ直した。
「余は以前とは違う。あの冴闇夕夜でさえ余に敵わなかった意味を知るならば、阻む真似など止すことだ」
「脅す理由にするには弱いような気がしますね」
「新冶、おまえだけではない。『逢魔街の神々』とする者たちの間で、冴闇夕夜を凌ぐ能力者がいるのか」
「私は凌いでいるかもしれませんよ」
抜け抜けと言ってのける、とするには計り知れない部分が多い新冶だ。本気がどれほどのものか見せてこなかった『逢魔街の光神』であれば、能力の強度をはっきり知る者はいなかった。
現に閻魔は大言壮語として笑い飛ばせない。たった今、剣化しない通常の能力攻撃に後退させられている。でもだからといって撤退は有り得ない。
「光の神がどれほどの実力であろうと、余はやらねばならぬ。例え可能性が僅かだとしてもだ」
「すみません、えんさん。ハッタリをかましてしまいました」
正直な告白とするには、新冶の顔つきが悪どい。
誰もが疑いを持つに表情なれば、閻魔は腹立たしさを隠さない。
「余を昔のように呼ぶな。嘘を嘘と申告して惑わそうとする手には乗らんぞ」
「いえいえ、そこは真実です。私のチカラは夕夜さんと同等か、若干劣るかもしれない」
「ならば、退け。分の悪い戦いに挑むような男だったか、光の神は」
「さすがは、えんさん。よく私を解っていてくださる。寛江と名乗っていた頃から付き合いがあっただけはあります」
口調は気安いが本気を窺わせる感心ぶりを示した新冶の背後から人影が現れた。
三つあるその姿を閻魔が確認すれば、思わずといった調子の言葉が吐いて出る。
「バカな、此奴らがなぜここにいる」
新冶が赤ネクタイの結び目へ直すように手をかけた。
「私は勝算が低いまま挑む真似はしませんよ、閻魔さん」
逢魔ヶ刻とされる時間の終わりは近い。