第7章:神々の戦いー004ー
無視はしなかった。
黛莉を胸に抱える焔眞はゆっくり振り返った。
立ち上がった姿を認めれば、驚きよりも嬉しそうでさえある。
「ほほぅ、まだ立てるか。我れを止めてくれるというのか」
「キサマのためではない。余のためだ、それは余が世界を征するため必要な生命力だ」
激しく訴える閻魔だが、地面へ突き立てた黒き剣に寄りかからなければ立っていられなさそうだ。
やや残念そうな焔眞だが、感心して言う。
「よく立ち上がったと褒めてやろう。だがもう諦めて退け」
「いいや、まだだ。余が甘さを捨てればいいだけのことだ。キサマだけではない、黛莉を消すことになっても、そのチカラは渡さない」
閻魔が言い終わった瞬間に、背後一帯は夜より暗い闇の壁で象られる。隙間なく無数の人影が蠢いている。
黒き怪物が群れを為していた。
これには焔眞も渋い顔をした。
「最後の手を打ってきたか」
「こやつらが倒せなくても時間を稼いでくれればいい。血を流し続け弱る一方のキサマに較べ、余は多少なりとも回復を図れる。オマエたちを引き裂いてでも、光の柱のチカラを余のものとしてくれる」
閻魔の決意は実行された。
後ろに控えていた数知れない黒き怪物が襲いかかっていく。どっと女性を抱き上げている紅き眼の青年へ押し寄せていく。
焔眞は対応すべく黛莉の膝裏に当てた腕を離しかけた。
今まさに前へ迫ってきた黒き怪物の群れ。
幾つにも寸断され消滅していくのも一斉だった。
「いなくなったと心配して探しに出たら、まさか親友がいるとはな」
悪天候による暗い夕闇であっても煌めく糸を放ちながら走ってくる。緩めのスパイラルパーマが決まる、典型的なイケメンは焔眞たちの前へ踊り出た。
「おお、夬斗。困った時に来てくれるなんて、凄いものだ。我れは今、親友というものの有り難さを教えられたぞ」
「なんか、名前を呼ばれるの新鮮だなー。こっちこそ『社長』としか言われなくなったから、久しぶりにも関わらず、ずっと一緒にいたような気になるよ」
ははは、と前に立つ夬斗の背へ笑いかける焔眞だ。
お兄ちゃん、と呼ぶ黛莉もいる。
今日はよそゆきじゃないな、と夬斗は笑う横顔を見せながらである。
「ここは俺に任せて。いけよ、ふたりとも」
「いいのか、夬斗」
「黛莉から『家族を置いてでもエンマに付いていく』って言われているからな。もう了解……じゃないな、アニキとして覚悟はできている」
口を開きかけて止めた焔眞だ。思い直して再び開いた口から出た言葉は、「すまんな」だった。
謝ることなんてないだろう、と夬斗が返すまでいかなかったのは、「ありがと、お兄ちゃん」と黛莉から感謝が上がったからだ。
もう一つは、目前に動きがあったことである。
殲滅した黒き怪物が、また現出した。
閻魔の背後にびっしりといった様相である。
「行かせない、行かせないぞ。それは余のチカラだ。邪魔だてする者は全て抹殺してでも、手に入れてみせる」
そう言われては夬斗も本腰を入れるしかない。ゆっくり別れを惜しむというわけもいかない。最後になるかもしれないと思えば、尚さら急いで訊かずにはいられない。
「なぁ、帰ってくるんだよな、おまえたち」
返事がなくても仕方がないとしていた夬斗だった。
「ああ、もちろんだ。我れは黛莉を連れて夬斗の許へ戻る。どんなに時間がかかってもな」
得られた力強い内容に、ふっと夬斗に笑みが洩れる。
待ってるぞ、と一言だけ、けれども思いの丈を込めて返した。
させるか! とする雄叫びは閻魔だ。
頭上まで覆う黒き怪物を輩出させては、突撃させる。
黒の奔流となって標的を目指して押し寄せていく。
眩い光条が走った。
輝く無数の能力糸が張り巡らされる。
異形の化物の悉くを切断し消滅させていく。
黒き怪物は休むことなく出現しては突撃してくる。
ここが勝負どころであれば、閻魔も有りっ丈とばかり襲撃させた。
だが夬斗の能力糸が全てを阻む。
黒き怪物の一匹すら自分より後ろへいかせない。
不意に、黒き怪物の出現が止んだ。
なぜ、と夬斗は問うまでもない。
「なんということだ」
絶望を上げながら閻魔の膝は今にも崩れ落ちそうだ。
ちらり夬斗は後方を見遣れば得心の顔つきとなった。
まるで光の柱が伸びていたなど嘘みたいな静かな光景へ還っている。
謎の巨石はまるで動いたことなどないかのように、以前のままそびえていた。
待ってるぞ、と夬斗は気持ちを吐露せずにはいられない。
ただ感慨に耽ってはいられなかった。
ただならぬ気配を放って閻魔が険悪な視線を向けてきたからだ。




