第7章:神々の戦いー002ー
姿は寸分違わない。
ただ覗き込んでくる眼は、確かに紅い、紅かった。
唯一の差異だが、それこそが全てだ。
しかも話し出せばである。
「むしろ黛莉は文句を言うべきだぞ。助けにくるのが遅い! とすべきだ。まったくこんなぼろぼろになるまで何も出来なかったとは、我れは不甲斐ない限りではないか」
……うそ、と黛莉が返す。
信じられないとする反応なのだが、紅い眼のエンマは別の解釈をしたようだ。
「いや、黛莉。ホントに我れは不甲斐ないと思っているのだぞ。この時を待っていたつもりだったが、彼奴のチカラを見誤って危ういところまでいってしまったからな」
黛莉には、何を言っているか解らない。思わず呟いた「ありがと」の捉え方も間違っている。
だけど、だからこそ、帰ってきたと確信した。
うふふふ、と笑ってしまう。笑わなければ、大声で泣き出してしまいそうだ。
「どうした、黛莉。頭を強く打ったか、いや打ったのだな。なんと言うことだ、我れは相変わらず無力ではないか」
んもぅ、と黛莉は抗議を上げそうになったが続かなかった。
身体に激痛が走り、しゃべろうとしても息が苦しい。腕のなかで自ら動き出すなんて到底無理な感じだ。
黛莉! と呼ぶ紅い眼のエンマの背後から、憤りの声が上がった。
「紅い眼、よくも余を謀ったな」
瞳の色を除き姿そっくりそのままな閻魔が近づいてくる。いかにも足許が覚束ないと調子で、のろのろとやってくる。心なしか湯気を立ち昇らせているように、黛莉には見えた。
ふっと笑うは紅い眼のエンマだ。
「騙したなどと失礼なことを言うな。ただ利用しただけだ」
牽強付会な理屈も本気で言っているのが、黛莉の知るエンマだ。安堵が胸に広がっていく。
もっとも返された方が面白いはずもない。
「ふざけるな、紅い眼。キサマ、この瞬間を狙っていたな、余がラグナロクを発動するのを待ち構えていたのだろう」
「正解だ。さすがに我れでも今回の傷は深くてな。逼塞して回復を待つとしたら、また百年かかってしまうかもしれん。それでは黛莉に会えなくて困る。なにせまだキス一回しかしていないんだからな」
ババババカ、と痛む身体を押して黛莉は顔を真っ赤にして今度こそ声を張り上げた。
上げて気がついた。
自分を抱きかかえ立ち上がる紅い眼のエンマもまた全身から血を滴らせていることを。
エンマくん、大丈夫なの? と黛莉が訊けば、にっこりと返されてきた。もちろんだ、とするセリフも伴われてくる。
ただ閻魔だけは熱り立っていた。
「なにを考えている。余と分かれては、キサマだって能力が落ちていくのだぞ。どこぞで破錠をきたすか解らない肉体となるぞ」
「だから、このラグナロクもどきを待っていたのだ。正直、この光柱だって見たくないくらいだったのだが、なになに、こうして役立つと思えば気持ちも治ろうというものだ」
閻魔が黒い瞳を赤く燃え立たせたように叫ぶ。
「それは余のものだ。キサマなどに利用させん」
「ならば実力を以て示すがいい。どうせ我ら、異能とするチカラを振るう以外に取り柄のない輩だからな」
そう答えて紅い眼のエンマは黛莉を片腕に立ち上がった。残る腕に紅く燃える火を刃とする剣を発現させる。向かってくる相手へ向けて構えた。
「キサマ、オンナ片手に余と争うつもりか。雪南に対しては、戦うに当たりそんなふざけた真似はできないと言っていたのではなかったか」
黒光りする闇の剣を片手に迫る閻魔が憤慨していた。
ほほぅ、と紅き眼のエンマが感心したように唸る。
「なんだ、円眞。憶えているではないか。いや待てよ、我れもエンマだったな」
おちょくられたと取った閻魔が、はっきり怒りを露わにする。ふざけるな! と黒き剣を振り下ろした。
迎え打つは、紅き剣だ。
刃と刃が交差すれば、波打つように気流が広がっていく。
離れた場所にある公園内施設や柵が次々に倒れていく。
一度の剣戟で周囲一帯に倒壊を招いていた。
もし何度かの激突を繰り返せば、広大な敷地を誇ろうとも公園内で止まらない。
かつて紅い眼のエンマと夕夜によって示された破壊と同等、もしくはそれ以上の破壊がもたらされるだろう。
エンマとする同じ響きを持つ紅と黒。両者の瞳の色に呼応した剣をかち合せたまま、離れない。互いが押し込むまま、視線もまたぶつかり合う。
互角と見える勝負だが、閻魔のほうに焦りが滲み出した。
「なぜだ、なぜ余の剣が受け止められる。なぜ、勝てぬ。こちらは両腕で渾身のチカラを込めているのだぞ」
ふっと笑う紅い眼のほうは黛莉を片手に余裕すら閃かせている。
「そう言えば、余とか言うオマエ。丸いエンマでなく、地獄の閻魔で名乗るようになったようだな」
ふざけ……、と返しかけた閻魔を遮って、紅い眼のエンマは続ける。
「我れも、我れだけの名を持ちたいものだ。どうせ、これからは地獄の閻魔とは袂を分つのだからな」
「おまえは、余の中に戻るのだ。勝手は許さぬ」
「そうはならない。なぜなら、余とする閻魔は、我れに勝てないからだ」
火を模す紅き剣が振り下ろされた。
闇を模す黒き剣が弾かれた。
後退を余儀なくされた閻魔の足が泥濘に踏み止まる。信じられないとした顔だが、黒き瞳に宿る闘志は消えていない。再度挑むべく、駆け出しかけた。
なに、と洩らす閻魔は片膝をつく。脚に力が入らない。すぐの移動を不可能としていた。
まさしく勝負に負けていた。
勝ったほうは紅き剣を提げながら宣言してくる。
「これから我れは受け渡された火の能力に敬意を表して、炎の『焔眞』と名乗らせてもらおう」
霧雨に打たれる焔眞は表現の通り火の如しなのか。濡れた身体から水蒸気が立たせ、背後の光柱を白き靄で包んでいた。




