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第6章:雨中戦ー004ー

 ガトリング砲の連射が容赦なく襲う。

 閻魔(エンマ)は両手に発現した剣で応じる。

 長きに渡って発射された弾丸を、ことごとく凌いだ。


「やめておけ、黛莉(まゆり)。余には通じぬ。それにしてもよくここだと解ったな」


 振り返った閻魔に、濡れぼそったゴスロリ姿の女性が笑う。


「あたしと雪南(せつな)、それに円眞(えんま)の三人で行った場所なんて限られているじゃない。それより背中から撃ってやったのに気づくなんて、さすがのエンマじゃない。けれど弾を受けても平気という身体じゃないみたいね」

「なにが言いたい」

「当たれば、あたしにも充分に勝機はあるってことよ」


 言い終わらないうちだ。黛莉が両腕にしている機関砲は六つの砲身を回転させて射撃を繰り出す。けたたましい響きは、簡単に止まない。


 息切れしたほうは、黛莉だった。

 能力を目一杯に発揮しての長き乱射も、一向に当たらない。閻魔は余裕綽々で全ての弾丸を両手の剣で弾いていく。

 だが退く気など毛頭ない黛莉は撃ち続けるつもりだった。

 ふらっと眩暈に見舞わられなければ、まだまだ能力を発現していた。思わず撃つ手が止まれば、がくり片膝を着いた。はぁはぁ、息も荒い。


「もう引くがいい。雪南の友人だから致命傷を与えなかったが、きちんと止血をしなければ命は持たぬぞ。なにもしなければ血は流れ続けさせられるのが、余の刃だからな。わかったなら病院へ帰れ」


 助言としながらも傲岸不遜な趣を湛えた閻魔である。

 黛莉は地面に突き立てたガトリング砲を杖に立ち上がる。


「まさか。これくらいで逃げてちゃ、逢魔街(おうまがい)最凶と言われたあたしの名折れになるじゃないっ」


 両手にガトリング砲を構え直す黛莉だ。

 射撃音は轟かなかった。

 代わりに、ガシャンと両脇へ落下していく音が立つ。

 地面に転がる砲身へかかる飛沫によって赤へ彩られていく。

 今度こそ黛莉は両膝を落として前のめりに倒れた。

 傍へやって来た閻魔が冷たく見下ろした。


「命まで取らなかったことを、有り難く思うがいい。ここまで痛い目に遭ったのは、黛莉自身が招いたことだ。後は誰かが迎えに来てくれることを祈って、そこで大人しく寝ているがいい」


 うつ伏せの黛莉に反応はない。

 閻魔は顔を上げた。視線の先にあるのは、謎の巨石である。再び歩みだす。

 雨は細かいながらもさらに激しくなれば、どしゃ降りとしてもいい濡れ具合だ。

 樹々も地面も、進む閻魔もびっしょりである。

 目的とした巨石も頂上から水滴の流れを作っている。

 天候の不順と時間の経過によって、灯火を必要とする暗さとなった。


 逢魔ヶ刻(おうまがとき)とされる時間帯の終わりも近い。


 ついに閻魔は謎の巨石を前にした。

 どこぞの岩山から乱暴に抉り取ってきたような無骨な形容をしているが、所々に刻まれた紋様がある。

 いくらでも刃を分けられる能力がある閻魔は短剣を持つ手を伸ばした。

 だが目的の行動へ移らなかった。

 閻魔は気配を感じて振り返る。

 機関銃を杖に足を引きずるようにして向かってくる黛莉がいた。

 格好がゴスロリだけに泥と雨でぐしゃぐしゃになった姿は凄惨だ。

 迫力さえ漂わせていれば、閻魔は怯むことはなくても顔をしかめた。


「いい加減しろ、黛莉。これ以上邪魔をするというならば、その命、補償はできん。余は雪南以外の女に頓着はしないぞ」


 それでも黛莉の足を止めない。

 具現化した機関銃を支えにしなければ立てなくても、前進してくる。

 仕方なし、と刃を向けた閻魔の耳に届く。


「……あんたのせい……あんたのせいじゃない」


 やや目を伏せた閻魔が不憫そうに答えた。


「紅い眼のヤツは、もういない。だが仕方がないことだ。余が存在するための礎として……」

「あたしがこんな格好しているのも、最凶なんて言われるようになったのも、エンマのせいなんだから!」


 思いもかけない黛莉の叫びが、閻魔には無視できない。


「なにを言っている」

「本当は、あたし。こんな衣装みたいな服なんて、恥ずかしいんだから。それに性格だって、こんな強気じゃないもん、人見知りだもん」

「なんだ、なにがどうしたって言うのだ」


 困惑しきりの閻魔へ、黛莉は目を離さない。


「こんなふうにした責任を取ってよ。一生奴隷なんでしょ、あたしのために生きてくれるんでしょ。だから、がんばった。見て欲しくてこんな格好したんだから。だって、だって、あたし……」


 閻魔の表情に震えが帯びた。

 やめろ! と狼狽えるまま叫ぶ。


「やめるんだ、黛莉。余は……余は、本当に黛莉を消さなくてはならなくなる。余の存在を否定するそのセリフだけは言うな」


 世界を煙らせるような霧雨が降りしきるなか、もはや立っているだけで精一杯の黛莉だ。姫カットで綺麗に揃う前髪も濡れ乱れている。ゴスロリとする服は自らの血であちこち赤く染め上げられている。

 すっかりぼろぼろだ。

 それでも小ぶりな顎を突き出す黛莉は敢然と言い放つ。


「あたしは、エンマが好き。好きなんだから」



◇    ◇    ◇    ◇    ◇



 数瞬後、閻魔は巨石へ向かって短剣を突き出していた。

 刃が伸びれば、幾つにも枝分かれしていく。

 幾十と知れない切っ先が文字とも模様ともつかない箇所へ刺さっていく。


 ぶるっと巨石は震える。音もなく、その身を倒していく。

 退いた場所から、煌めきが漏れ出てきた。

 輝きが溢れ、上方へ向かう。

 光りの柱となって、空へ伸びていく。


 満足気にうなずいた閻魔だ。

 向かわんと歩みだしかけた、その時だ。


 なにっ? と驚きの声が上がった。

 閻魔は足下へ目をやれば、足首をつかむ手がある。

 血の跡を残しながら這いずってきた黛莉が伸ばした腕だった。


「……行かせない、エンマにはもう二度とラグナロクに遭遇させない」 


 今度こそ閻魔は刃の先を黛莉の額へ向けた。


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