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第6章:雨中戦ー003ー

 黒の剣戟が炸裂していた。


 閻魔(エンマ)夕夜(ゆうや)の刃が交錯するたびに、空気が歪む。樹々や柵などは倒れる箇所も出ている。

 打ち合いの波動だけで、圧を周囲にもたらす。

 尋常ではない剣と剣による戦いであった。

 ただ当事者同士の間では意外な様相であるらしい。


「どうした、夕夜。お前のチカラはそんな程度のものなのか。紅い眼とやり合っていた際とは、威力がまるで違うではないか」


 閻魔の挑発とすべき物言いである。

 夕夜は反論するどころか額に汗を浮かべそうな表情だ。およそらしくない。手にする剣を力任せに押し込もうとするだけだ。

 さらい閻魔は呆れるまま、間近で顔を付き合わせる相手へ言う。


「風などと本来でないチカラを使ってきたせいなのか。それとも重篤のオンナから離れて心配のあまりなのか。その程度の黒さで闇と言えるのか」


 ぐぐっと詰まる夕夜だ。

 黒色には違いないかち合う刃だが、まさに『闇色』とすべき閻魔の剣に比べて心もとない夕夜の黒である。今にも変わりそうなほど色の濃淡が揺らめいている。


「どうした、これならば紛いものの『風』を使ったほうが、ずっとチカラがあるではないか。さっさと使用する能力を切り替えたほうが得策だぞ」


 言うや否や、閻魔は剣を握る手に力を込める。

 あっさり攻守は逆転した。

 押し込む閻魔に、必死なあまり音が立ちそうな歯軋りをしている夕夜だ。


「どうした、夕夜。風に切り替えないのか。いや、切り替えられないのだろう。そうなのだろう」

「ああ、そうだ。闇でチカラを振るわない、と誓ったんだ。自分は風使いとしていくはずだったのに。なのに、どうしてこのチカラなんだ」


 焦燥を目許に刻む夕夜へ、閻魔が憐れむ目を送った。

「自分でも解っているのだろ。お前の志は揺らいでいる。お前のオンナ、陽乃(ひの)の存命が危ぶまれる今、本性を解き放ちたいはずだ。人間、いやこの世の全ての生命に価値なしとチカラを発揮したいはずだ」

「ずいぶん解ったふうな口を叩くじゃないか」


 押されながらも、まだ反駁はできる夕夜である。

 ふっと笑みすら浮かべた閻魔だ。


「余も今なら紅い眼の心情が読める。彼奴も人類というものに絶望していた。自ら汚した手を悔いていた。価値などないとした時期があった。だから夕夜の動揺も手に取るように解るのだ」

「……陽乃さんは、死んではいない」

「だがそれは呼吸をし、心臓が動いているだけの話しだ。言葉を交わすことなく過ごす日々が、お前に逢魔街の神々よりも街の基盤となっている黒き属性へ傾かせている。その証拠に、風が出せない始末ではないか。素直に、余と共にあれ」


 風が吹いた。

 押されていた夕夜の剣が跳ね返し、周囲にあるものを吹き飛ばす。

 閻魔もまた地面に足を引き摺りつつ後ろへ退がる。

 はぁはぁ息を切らしつつ夕夜が剣を構え直していた。

 後退はさせられたものの閻魔は余裕を崩さない。


「風のチカラを引き出せたか。だが黒き属性から逃れ得ぬままでは、余にダメージを与えるなど叶わないぞ。さぁ、諦めて余に降れ、黒き子よ」

「お断りだ。自分は祁邑(きむら)家へ婿養子に入った身。妻へ相談なしに処遇を決められないな」


 話しているうちに、気持ちがはっきりしたのか。苦しい息の中にあっても夕夜に笑みが溢れる。

 嘆くように閻魔が頭を振った。


「余と共にあろうとする者は、やはり雪南しかいないか。それでも過ぎた幸運なのだろう。だが眷属すら付いてこないとは、いささか寂しい話しだ」

「眷属呼ばわりはやめてくれないか。同族とするのだって断る。キサマなんかと肩を並べるなんて、まっぴら御免だ」


 仕方がない、と閻魔もまた黒き剣を掲げた。


「配下に就かぬというならば、チカラを制御できないうちに処分させてもらおう。ラグナロク前の余でも、今なら可能だからな」

「そんな簡単にいくかな」


 そう言って夕夜は大地を蹴った。宙を上がれば、具現化した剣を振りかざす。勢いをつけて、相手の顔へ目掛けて刃を振り降ろす。

 哀れだな、と唇を動かした閻魔は黒き剣を斬り上げた。

 上から速度に乗った夕夜の刃が砕けていく。下方から襲ってくる黒き刃に捉えられた。

 ぐはっ、と吐く夕夜は後方へ飛んでいく。遥か上空の彼方へ黒衣の姿が消えていく。

 それでも閻魔に満足した様子は見えない。


「咄嗟にかばいきったか。どうやら倒すまではいかなかったらしい。だが、まぁいい。後ろへ伸びただけで結果は同じだ」


 一向に止む気配がない霧雨のなか、閻魔は再び歩みだす。

 鎮座する濡れた謎の巨石へ向かって。

 樹々やベンチなど散乱する公園は戦闘による喧騒を潜り抜ければ物音一つない。

 身に沁みる静謐さに包まれていた。


 だからこそ突如とした銃撃音はより甲高く響き渡った。


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