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第5章:冥界の王ー005ー

 暗雲が覆う空の下、朗らかな声が上がった。


「いやっすね、えんさん。なんか厨二病というか、噂で聞く光のおっさんの下手なダジャレみたいじゃないですか。みなも呆れてますよ、ほら」


 藤平(ふじひら)が陽気に賛同を求めて見渡す。

 誰も表情を緩めている者はいなかった。むしろ雰囲気は険しくなった感じだ。

 笑みを引っ込めざるを得ない藤平であった。


 エンマ! と雪南(せつな)は涙を飛ばして呼ぶ。


「どんなエンマだって、エンマは円眞(えんま)だろ。ワタシと一緒にいたいと言ってくれた、円眞だ。一緒に死んでもいい、とまで言ってくれたんだ」

「ああ、そうだ。その気持ちに変わりはない。だが気づいてしまった、自分は個人としての立場は許されない、許されるべきではない、世界を統べる位置に立つ者として振る舞わなければならぬのだ」


 円眞から閻魔(エンマ)へなった者は右手を掲げた。布告とすべき台詞を高らかに響かせる。

 

「皆の者、余がこの世の王だ。余の下へくだるがいい」 


 バカヤロー! と叫びがした。

 肩の負傷に構わず立ち上がった夬斗(かいと)からだ。


「おい、やろうとしている意味、わかってんのかっ」

「解っているつもりだ」

「いいや、解ってないだろ。これはお伽話じゃないんだぞ。世界中から標的にされているエンマが討って出るということは、それだけ敵を呼び込むことになるんだ。冗談じゃすまない危険な賭けなんだぞ、それ」

「ああ、それは承知している。余が王となる、などと宣言すれば、こぞって命を狙ってくるだろう」


 だからだ! と閻魔は一際大きい一言を挟んで続ける。


「ここから余は一人でゆく。ラグナロクを発動する」


 次の瞬間、刃がかち合った。

 鋭い斬撃音は閻魔の首元近くを源としていた。

 くっと悔しげな白銀の髪を揺らすマテオだ。

 阻まれた短刀だが引き下がりはしない。なお押し込もうと力を込めている。

 短剣で受け止めた閻魔はさほど力を入れたようには見えない。けれども短剣を持つ腕を振れば、いともたすく攻撃手を弾き返す。

 力負けしたマテオは宙返りを打っては、夬斗の近くへ降り立った。


「ごめん、社長。つい出てきちゃって」

「いや、俺こそ、作戦通りとするには程遠い状況しか作れなかったからな」


 夬斗の返しに、ようやくマテオは愁眉を開いた。だが剣呑な雰囲気は揺らがない。閻魔へ向けば、「キサマ」と彼にしては珍しい口調を投げつける。

「おまえだったのか、百年前にラグナロクを起こしたのは」

「違う。だがラグナロクを発動させる力が、余にはある」


 瞑き空に稲光りが走り、轟音が後を追ってくる。

 嵐は近い。

 風が強く吹き出すなか、マテオは無理に押し殺した声で問う。


「閻魔っていう、おまえ。これから何人、殺すつもりだ」

「殺す気はない」

「ふざけるなよ。なら前のラグナロクは、なんだんだってんだ。何百万という人間が無差別に命を失ったんだぞ」

「だからこそ、黒き怪物がいる」


 なにを、と言いかけたマテオを閻魔が制して言う。


「かつての『黒き円環』は黒き怪物によって形骸化してある。以前のような厄災が起こらぬよう、すでに策は打たれている」


 なにを、とマテオはいつになく感情的に迫る。


「そうならないなんて、おまえが言っているだけじゃないか。僕は信用できない」

「信用に応えるだけの証明をする手立てはない。なぜならラグナロクはそう何度も起こせるものではないからだ」


 じゃ、訊くが、と肩を血で濡らした夬斗が割り込んだ。


「エンマはなぜ今、そのラグナロクを起こそうとしているんだ」

「余はまだ完全ではない。能力者にいつ果てるとも知れない寿命を与えた『光の柱』の力が必要なのだ。この世を征服する生命力と能力を得るために」

「だから雪南を捨てるってわけか」


 夬斗が頭をかいたが、すぐに「イテテ」と腕を降ろす。思わず取った仕草だが、肩の怪我を考慮に入れていなかった。

 思わずといった行動を取ったのは雪南もだった。さっと近づいては、閻魔の袖を掴む。


「円眞、それは本当なのか。ワタシは連れていかないつもりなのか」

「これから余が歩む道は、ただの地獄だ。いつ果てるか知れぬ寿命の下で生きていく辛さは、そこのマテオがよく承知しているだろう。それに夬斗が指摘する通り、能力の有無問わず敵が押し寄せてくるようになる。そんな余のそばに雪南を置いておけない」


 そんな……、と涙で訴える雪南の碧い瞳だ。

 世界征服を目指す冥界の王だと言う閻魔が目を逸らす。明らかに辛そうな横顔を見せながらである。


「命を脅かされることなど無縁な生活を送って欲しい。雪南は幸福になるべきなのだ」

「また、またなのか、円眞。どこか遠くへ行けって言うのか。もうジジもババもいない、どこにも行くところがないワタシに」

「それでも余は危険な目に遭わせたくない。穏やかに生きていて欲しい。エンマのどちらでもあっても、雪南を愛していることには違いないのだからな」


 イヤだ! と雪南が叫んだ。


「円眞は、いっつもそうだ。どうして、どうしてワタシを好きとするなら連れていかない。どうしていつも一人だけで行こうとする。ひどい、酷いぞ」

「うん、同意。口ではいいこと言うくせに、肝心な時は置いていくんだから、エンマと呼ばれるヤツは、どいつもこいつもね」


 そう言いながら、すっと雪南の背後に立つ黛莉(まゆり)だ。両手にガトリング銃を構えている。


「いーい。ぶっ殺してでも、行かせないわよ。エンマを」


 決意が述べられた直後だ。

 黛莉の重火器は激しい音を立てた。


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