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第5章:冥界の王ー004ー

 派手に血飛沫が舞う。

 痛みにうめく夬斗(かいと)は肩を抑えて振り返る。誰がやったか想像は付いていたが、確認せずにはいられなかった。

 解答は夬斗ではなく、敵対する相手から発せられた。


「おおっ、よくやった。さすが我が息子だ」


 先ほどの発言などなかったかのように憬汰(けいた)が褒めそやしている。

 おまえぇー、と声を振り絞る夬斗の横を何事もないかのように通りすぎてゆく。

 まるで死んだかのように気を失っていた円眞(えんま)なる者が向かう。

 逢魔七人衆(おうましちにんしゅう)の首魁へ、父親とする者の下へ。

 迎える憬汰は満面の笑みで両手を広げていた。


「円眞、円眞なんだな。私の息子の黎銕円眞で間違いないんだな」

「どうして、父さん。そんなこと訊くの?」


 にこりとして返す口調と表情は、クロガネ堂の若店主を思わせた。

 えんちゃん? と彩香(あやか)の口からも洩れる。

 円眞……、と雪南(せつな)の呼ぶ声は自分の元から敵側へ行ってしまったせいで小さい。

 憬汰だけが大っぴらに上機嫌を振り撒いてくる。


「そら、そうさ。なにせ円眞は父さんのことを忘れていたみたいじゃないか。ずっとかわいがってきた愛息に命を狙われた時は本当に悲しかったぞ」

「それ、ホント!」

「そうさ。誰に洗脳されたか知らないが、逢魔街(おうまがい)で久々となる再会の場で円眞は能力をフルに発現したんだよ。おかげで命からがらな目に遭ったんだ。でもそれでも円眞は私のかわいい息子だ。これからは父さんの仕事を手伝ってくれるかい?」

「なにをすればいいの?」


 円眞が無邪気に問い返した。

 そうだね、と息子の言を受けた憬汰はゆっくり見渡す。

 肩を負傷した夬斗に、その近くに来た黛莉(まゆり)藤平(ふじひら)。そして、へたり込んだまま動けない雪南へ酷薄な笑みを振り向けた。


「円眞、あの者たちを始末してくれるかな。父さんを殺そうとしている悪い奴らなんだよ」


 緋い空が翳りだした。

 夜というより天候よってもたらされた現象だった。厚く重そうな雲が逢魔街を覆い始めている。彼方で稲光りが走れば、ビルの屋上へさらに不穏な空気を漂わす。

 崩れだした空模様を背に円眞が笑うように答えた。


「だけど父さんが殺されようとしているのはしょうがないんじゃないかな」

「なにを言うんだい、円眞。父さんは恨みを買う行動をしてきたかもしれないが、立場を変えて見れば彼らだって同じだ。殺した数の違いは結果を出せたか出せなかったかにすぎないんだよ」


 諭すような憬汰に、円眞は笑いを収めないままだ。


「じゃあ父さんの成果に、このボクを殺すことも含まれていたんだ」

「それは誤解だ。ただ私は円眞に会いたかっただけだ」

「逢魔街の逢魔ヶ刻に?」


 憬汰の態度から、そこはかとなく漂わせていた余裕が消えた。

 一方の円眞は微笑を絶やさない。父さん、と呼ぶ声の調子も変わらない。変わらないまま肝心な点を訊く。

「世界で唯一、どんなの法も適用されないとなった場所へ呼び出したこと自体、もう狙いがあったよね。しかも油断させるために何も知らない一般の人たちを集めたんだよね。あの広間を訪れた普通の家族って、やっぱり脅かして参加させたのかな」

「……円眞、なにが言いたいんだ」


 憬汰が問いがかき消えるほど、雷鳴が轟いた。

 後背の閃きが円眞なる者をシルエットにさせた。辺り一帯はすでに暗く、もはや表情は窺えない。


「父さん、いや黎銕憬汰。思い出したんだよ、自分が貴方たちが行う研究の一サンプルでしかない存在だと。だけど手に負えなくなりそうになって、処分にかかった。優しい父親の顔をして不意を突く、いつもの汚いやり口だ」


 彩香! と憬汰は切羽詰まったように呼ぶ。何を求めてか、説明するまでもない声だ。

 彩香は動けなかった。

 腰の柄を握った体勢に入ったところで、剣に囲まれてしまう。少しでも動けば斬り裂かれる、すれすれの位置まで寄った刃が首元を中心して全身を取り囲んでいた。


 黎銕憬汰、と息子と呼んだ者が呼び捨てでくる。

 焦りが隠せなくなった憬汰は逃げ道を求めて周囲へ目を配った。

 愚かな男だ、と円眞なる者が誰ともなしに呟いてから、はっきり聞かせるように声を張り上げた。


「おまえたちが手に負えないとした円眞は、転生を求めてこの肉体に入り込んだ紅い眼のせいであったことに気づかぬまま殺害計画を立てたのが失敗だったな。ヤツの干渉により普段の円眞もかなりな実力者になっていたと知っていたなら、今日の結果も違っただろう」

黎銕(くろがね)一族を騙し通してきたと言うのか、キサマは」


 衝撃で感情を剥き出しの憬汰は、まさに下衆といった顔だ。


「騙す? それは黎銕に連なる者たちの所業だろう。特に憬汰、騙しこそキサマの十八番とするところではないか。そこの者たちの手懐け方など鮮やかなものだ」


 幾本の剣に囲まれ身動きならない彩香と両腕両足の負傷で倒れているしかない貴志が顔を強張らせている。そんなことはない、と後者の青年が否定を挙げたが、誰に届くわけもない。

 哀れだな、と円眞なる者に断を下されるだけだった。

 憬汰にすれば訪れた相手の隙だった。強く踏みつけた靴の先から、もの凄い勢いで煙りが噴く。一瞬で辺りの視界を遮っていく。


 ざくっと貫く音がした。

 これから広がりを見せそうだった煙幕がかき消されていく。

 円眞なる者が握る短剣の一閃で薙ぎ払われていた。

 そして残りの突き出された腕には刃を伸ばした剣がある。

 刃の先には憬汰が串刺しとなっていた。


「や、やめろ……やめなさい、円眞。父さんに……子供が親にこんなことをしていいわけがない……」


 説得とも恨み言とも取れる響きだ。

 けれども円眞なる者の向かう声の先は別だった。

 雪南!、とひときわ力強く呼ぶ。

 声もなく応じた碧い瞳へ向かって告げた。


「今こそ父と妹、そして祖父母の仇を討つがいい。こいつだ、雪南の家族を惨殺したのは」


 なにを、と答えた憬汰の頭が飛んだ。頭だけが宙を舞い、屋上の柵を越えていく。

 どさり、首から上を失った身体は刃が抜かれれば前のめりで崩れていく。落ちた背後から、戦斧(おの)を手にした白き代理人体を頭上に従えた雪南が現れた。


「これでいいか、雪南」


 こんなに優しく声をかけられるのか、と思わせる円眞なる者だ。こくこくと首を縦に振るだけの雪南へ、背後の黒雲さえ払い退けそうな笑みで言う。


「ならば、ここで雪南の復讐は終わりだ。実際に手を下した者、背後で関わっていた者など、追求すれば恨みへ繋がる者はまだ出てくるだろう。だが雪南がこれから生きていくうえで長く関わっていいように思えない。だからこれで無理にでも気持ちの区切りをつけて欲しい」


 じっと耳を傾けていた雪南の碧い瞳に、じんわり涙が浮かぶ。


「円眞なんだな。ワタシの好きだった円眞なんだよな」


 ゆっくり、首が横に振られた。

 円眞と呼ばれた者はやや翳りが帯びた口調で答える。


「雪南が好きとしていた円眞は、紅い眼の下にあった仮初めの姿でしかない。本来の自分は世の平和と逆へ行く者だ」

「なにを言っているんだ。ワタシには、わけわからないぞ」


 必死な雪南だけではない。肩の傷を押さえた夬斗と、その傍にある黛莉と藤平も穴を開けそうな視線を送っている。憬汰を失った彩香と貴志は事態に呑み込まれて経緯を見守るだけだ。

 この場にいる全ての者の注目へ応える宣言がなされた。


「どうやら自分は地の底からこの世を征服するために生まれ出た存在らしい。これから恐怖によって能力如何問わず人間どもを地獄へ引き摺りこむ。これからは円やかなエンマではない、冥界の王としての『閻魔(エンマ)』だ」


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