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第5章:冥界の王ー003ー

 オマエか! と憎悪をたぎらせた叫びが合図だった。

 白き女性が宙を走り、白き戦斧(おの)を振り下ろす。黎銕円眞(くろがね えんま)と名乗った人物の頭蓋を粉砕するほどの威力を秘めた一振りだ。


 雪南(せつな)が放つ代理人体の重い一撃だったが、上がったのは血飛沫ではなく硬い金属音であった。頭へ届く前に弾き返せば、そのまま返す刀で白き代理人体を切上で斬り裂く。

 ダメージがそっくりそのまま還ってくる雪南は、ぐはっと苦鳴を吐いて倒れた。

 慌てて黛莉(まゆり)が雪南へ駆け寄りつつ、新たな登場者へ叫び訊く。


「どういうつもりよっ」

「どういうつもりもなにも、元の場所へ戻っただけよ」


 腰元の鞘へ刀を戻しつつ、ビジネススーツが決めた彩香(あやか)が続ける。


「私が憬汰(けいた)さんに育てられたようなもんだって、あんたら和須如(あすも)兄妹ならよく分かっているはずよね」


 そう答えた彩香が憬汰の横に立つ。足下には貴志(たかし)が転がっていた。

 はぁはぁ息荒い雪南の上半身を起こした黛莉が噛みついた。


「彩香、わかってんの。そいつはエンマを殺そうとしたヤツよ」

「悪いけど紅い眼も、そこで倒れているヤツも、クロガネ堂のえんちゃんじゃないじゃない。それに私はまず何より憬汰さんだって知っているでしょ、あんたは、あんたならば」


 返事はない。黛莉と彩香の両者間にて視殺戦が交わされていた。


「彩香、それぐらいにして、ここらで引き揚げるとしよう。我々の目的は貴志を救い出すことだからな」


 床に這いつくばる貴志が感激で打ち震えだす。

 憬汰の促しに、彩香が目を逸らした。言うことに従うようだ。


「こっちはそっちの都合で帰すつもりはないぜ」   


 夬斗(かいと)が能力糸を網状にして放つ。

 鞘から刀を抜いた彩香が目にも止まらぬ速さで細切れにした。


「夬斗の糸は、私には通用しないわ。そんなのわかってるでしょ」

「ああ、捕らえられるなんて思ってないさ。けれどもこれで彩香はこっちを向いた」

「……なにが訊きたいの」

「おまえ、いつから黎銕憬汰とつるんでいた」


 押し黙る彩香だ。彼女を知る者ならば驚きを禁じ得ない態度である。

 行きますよ、と憬汰がかけてきた。

 幾筋もの能力糸が上空から降ってくる。

 再び彩香は斬り裂く。

 それでも夬斗は新たな糸玉を取り出す。まだ逃す気はない明確な意思表示だ。

 珍しく彩香が観念したように口を開く。


「夬斗の事務所で紅い眼のえんちゃんと話した後の夜よ」


 難しい顔となった夬斗が少しの間を置いた後だ。


「彩香たちが手引きしたのか。アンチスキルミサイルをエンマたちへ撃ち込むように」


 夬斗の指摘に、はっと顔を上げる黛莉と雪南に、藤平(ふじひら)もだった。

 彩香は眉根に険しさを、さらに深く刻んでいる。

 表情から夬斗はこれ以上を求めなかった。そうか、わかった、と表情を含め納得して見せた。

 すると彩香がいたたまれなくなったのか。


「私たちはただ情報を流しただけ。けれどもそれは弾道ミサイルの性能から『逢魔街の神々』とされる者たちの排除ですませられるはずだった」

「けれども思ったより性能が良すぎて、エンマだけじゃない。周りにいた俺たちまで狙って飛んできてしまった、という言い訳か」

「紅い眼のエンマは人類史上、最悪の殺戮者と言われているのよ」


 突然だった。

 夬斗はおかしくてしょうがないといった笑いを立てる。

 誰もが唖然とするなか、彩香だけは舌打ちしていた。失敗した、と書いた顔だった。


「彩香、それ、苦しすぎるだろ。紅い眼のエンマを殺すことは、おまえのえんちゃんを消すことに繋がるんだからな」

「個人の感情より大義を優先する時もあるわよ」

「そうか? 彩香が俺たちが生まれる前に起きた伝聞でしかない事実を信じるような甘いヤツじゃなかったような気がしてならないんだがな。だって目の前の金だけで物事を計る、チョー現実主義者じゃないか」


 すっと憬汰が二人の間に位置と声を以て割り込んできた。


「夬斗くん、キミは彩香の真実を知らない。彼女は実用本位でいるように見えて、心の芯に熱い理想を抱えているんだ」

「じゃ、やっぱり俺は思い違いをしていたんだな」


 解ってくれたようで嬉しいよ、とにこやかに返す憬汰だ。

 夬斗もまた笑う。ただこちらはやや苦味を含んでいた。


「ああ、やっとだ。『対能力者用弾道ミサイル』の真の標的は『逢魔街(おうまがい)の神々』だったんだろう。それに『逢魔七人衆(おうましちにんしゅう)』とされる連中も関わっていたようだな。彩香のおかげで解ったよ」

「それはどうでしょうかね。紅い眼というより、一般人を殺害した能力者をかばう能力者として黎銕円眞は危険視されていたんだ。どちらが標的とは決めつけられないでしょう」


 あんたさ、と夬斗はぶっきらぼうな調子で呼んでからだ。


円眞(えんま)の父親なんだよな。さっきからまるで他人事のような口振りだな」

「私は血縁の情よりも世界の安定を優先するのですよ」

「そういうことらしいぞ、彩香。こんなヤツに付いていっても危ないだけだと、俺は思うぞ」


 彩香が目を伏せつつもきっぱり答える。


「私は憬汰さんに拾われて、ここまで来られたの。危険は承知している」

「そっか、じゃー、これから俺の敵だ」


 普段からでは想像つかない強いオーラを夬斗が滲ませた。

「なにが世界の安定だ。そのせいで何人が犠牲になった。俺の目の前で多田の爺さんとその奥さんが亡くなってんだ。形が分からなくなるほど悲惨なくらいぐしゃぐしゃにされてな。それに……」


 夬斗が糸玉を握り締めた両手を掲げた。


「やっと出来た親友は俺たちを守るために散った。仇を取りたいとするには充分すぎる理由だと思うな、これは。逢魔七人衆は俺にとっても、どうしても息の根を止めたい相手となった」


 彩香が腰を落として刀の柄に手を当てた。


「夬斗、本気であたしらをやる気?」

「ああ、逢魔七人衆とするおまえら三人をここから無事に出すつもりはないぜ」

「あんたの糸、私には効かないわよ」

「いつものやつならばな」


 そう言って夬斗は両手を広げる。落下していく糸玉が屋上の床に当たって弾んでいた。


「なにする気よ、夬斗」


 いつでも抜ける体勢でじりっと寄る彩香に、夬斗もまた一歩踏み出しながら返答する。


「ちょい本気を出そうと思ってな。制御不能になるから使わずにきたが、おまえらには使わせてもらう」


 夬斗の何も持たない両手が突き出された。

 彩香と憬汰や貴志だけでない。黛莉に雪南、藤平もまた、なにか途轍もないことが起こる予兆を感じずにいられない。 


 今まさに夬斗が素手で能力を発現しようとした。

 その肩を背後から刃が貫いた。


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