第5章:冥界の王ー002ー
緋い空いっぱいに響かせるかのように叫んでは、ぱたり倒れ伏した。
「おい、円眞。どうしたんだ、円眞。しっかりしてくれ、円眞ぁー」
うつ伏した円眞なる者を、雪南が必死に揺する。
ぴくりとも反応はない。
死んでないよな、と口走る泣きそうな雪南であった。
思わぬ展開に夬斗としても、どう動いていいか解らない。取り敢えず状況を確認だとばかり見渡す。雪南が伝えてきたように黛莉が屋上の隅に倒れている。同じ歳くらいと思しき男が両肩と両足から血を流して倒れている。口を裂かれて絶命している姿もある。
まず藤平に黛莉の回収を指示した。
夬斗はあるかもしれない動きに備えて、雪南たちから目を離さない。
「社長、姉御を無事に連れてまいりやした。意外と重いっすね」
「おまえ、間違ってもこいつに意識ある時に、重いなんて事務所で言うなよ。壁が蜂の巣くらいじゃすまなくなるからな」
こんな時だからこそ夬斗と藤平は軽口を叩き合う。
続けて夬斗は藤平に黛莉を連れて行くよう、今度は指示を出す。
素直に従う相手ではなかった。
「社長を置いてはいけないっす。えんさんぽいヤツの様子も気になるっすよ」
「そうよ、あたしだっていけないわよ」
ぎょっとして藤平は肩を貸していた相手へ向く。やはり黛莉が目を覚ましていれば訊かずにはいられない。
「ま、黛莉の姉御。いつから起きてたんすか」
「重いってとこから」
慌てて黛莉から離れた藤平は膝と両手を床へ置く。すみませんでしたー、と額まで着けた。
別に土下座までしなくても、と夬斗がフォローする横でである。
黛莉がにっこりしながらだ。
「そうよ、事務所ではやらないわ、事務所ではね」
髪をかく夬斗は視線を戻した。
「まあ、今大事なのは、あいつの状態だな」
雪南は円眞の名を呼びながら揺すり続けている。未だ動く様子はない。
なんかヤバいっすかね、と藤平も心配になってきたようだ。
雪南、と黛莉がかけた声に、呼ばれた相手は半分涙目で向いてくる。
「あんた、なにメソメソしてんの。しっかりしなさいよ。病院に連れていくから、手を貸して」
う、うん、と剣幕に押されるように雪南がうなずき返してくる。
「黛莉ちゃん、俺も頼むよ」
両肩両足の負傷により動けない貴志が縋りついてくる。
ゴスロリの衣装に包む黛莉が冷然とした目つきで見下ろした。
「さあ、どうしようかしら。あたしたちを襲ってきたのは、あんたたちでしょう。でなければエンマの攻撃としか思えない傷は負ってないわよね」
「昔は俺たち、よく遊んだじゃないか。あの当時の黛莉ちゃんは泣き虫だけど可愛かった」
「今はかわいくないって聞こえるわよ」
「そ、そんなことはない、ないんだけど……」
慌てふためく貴志だ。どこか冗談調が混じっていたならばともかく、憐憫一切を排した口調である。しかもトドメの質問がきた。
「クロガネ堂の爆破は、貴志くん。あんたの能力よね」
訊く黛莉が機関銃を具現化させた。そのまま相手へ突きつけてゆく。
銃口を額に押し当てられた貴志の首筋に冷や汗が伝う。
「待ってくれ、黛莉ちゃん。どうして俺がやったって決めつけるんだ」
「あんた、バカにしてんの。逢魔ヶ刻は電波の遮断が起きるから、遠隔操作するなら能力しかないじゃない。犯行は逢魔七人衆の仕業ってなっていれば『琉崎貴志』あんた以外に考えられないじゃない」
黛莉が額に当てた銃口をさらに押す。
「ま、待ってくれ。確かに状況的には俺がやったように見えるかもしれないが、そう決めつけるものじゃないよ。もっと話しを聞いて検討してくれてもいいんじゃないか」
貴志くん、と黛莉は憐れむような視線を送る。
「逢魔七人衆の一人として動いたことで、もう抹殺される対象になっているんだよ。それに、あたし個人としても……」
黛莉は一度大きく息を吸い込んでからだ。
「エンマにしたこと、許せない。許すなんて、絶対にしないから。雪南には悪いけれど、おまえはあたしがやる」
マジか、と貴志が目を見開く。そんなバカな、と整った顔を歪ませる。
「イヤだ、俺はこんなところで終わりたくない。まだ、まだだ。無能力者どもに思い知らせてやれていない」
「無念を抱えて逝く辛さにもっと早く気づくべきだったね、貴志くん」
「本当の黛莉ちゃんは人殺しなんか、できない娘だろ!」
「あたしの手はね、もうとっくに血まみれなの。そんな許されない罪を一緒に背負ってくれる人がいたのに……あんたも後を追って、死ね」
冷たく昏い目に見下ろされて、貴志はようやく真実の意味で理解できた。ピンクのゴスロリとした格好に侮っていた。少し頭が足りないなどと見くびってしまっていた。これまで生きてきた時間は想像以上の変化をもたらしていたのだ。
泣き出しかけた瞬間だったから、貴志にとってまさしく福音だった。
「かわいいお嬢さんには、死ねなどと汚い言葉は似合いませんよ」
不意を突いて聞こえてくる、この場になかった声に、黛莉は気を取られてしまう。
僅かでも貴志には充分だった。小型爆弾を銃口を突きつけた相手の目前へ展開する。
黛莉は爆弾を撃ち抜きながらも身を引かざる得ない。
爆発の余波に巻かれて、げほげほ咳き込んでいた。
おい、大丈夫か! と夬斗が傍までやってくる。
黛莉が問題ない旨で返すより先だ。
「貴志の能力はとても貴重なのです。返していただきますよ」
爆煙が薄れていくなかで、闖入者の姿が露わになっていく。
中年と思しき男性だが、シックで清潔感ある装いがベンチャー企業の社長をイメージさせる。常に笑顔を貼り付けて、内心は読み取らせない。規模はともかく、リーダーとする風格を確かに持っていた。
「あんた、誰よ」
黛莉が正体を糾せば、より一層のにこやかさで男は返してきた。
「黎銕憬汰。キミたちが愛する男の父親だよ」