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第4章:飜意ー002ー

 ふと懐かしさを感じた。

 今朝のようなラフな格好ではない。白いワイシャツにビジネス用のジャケットを羽織る姿は、紛れもなくクロガネ堂の若店主だった。

 夬斗(かいと)はその名を親しげな口調で呼びそうになったほどだ。けれどもその目を見た瞬間に、考えることなく警戒を強く匂わす声音となった。


「なんのようだ、円眞(えんま)


 藤平(ふじひら)は無論のこと、靖大(やすひろ)もクロガネ堂店主の円眞とは付き合いが深った。探るまでもなく、忽然と出現した円眞が尋常ではないくらい察せられる。あまりに知る円眞とは真逆な雰囲気を漂わせている。

 今にも襲撃してきそうな円眞なる人物だが、開いた口からは意外な言葉が出た。


「夬斗、もし自分を友人と思うなら頼みを聞いて欲しい」


 少々面喰らいはしたものの、安堵を覚えるだけでなく嬉しいとさえ感じる夬斗だ。


「ああ、なんだ。遠慮なく言えよ」

「今、雪南(せつな)が非常に危険な状況へ陥っている」

「それは黛莉(まゆり)も一緒にってことか」

「そうだ。二人とも『食のブルーノ』の餌食となった。急がねば危険だ」


 聞いたことがない名称に真っ先に反応したのは藤平だ。


「なんすか、その『しょくのぶるー』とかいうのは」


 食のブルーノです、と横で靖大が正している。

 つい緊張感が削がれそうになった夬斗だが、目前の異変に気は引き締まる。

 円眞なる者が頭を抱えだしては、苦悶といった響きを振り絞ってくる。


「そう、そうだ。なぜ自分は『食のブルーノ』なる者を知っている。いや、あれはヒトか、ヒトとは言えるものなのか。あんなものを、なぜ知っている?」


 お、おい、と心配のあまりかけた夬斗の声も届かないようだ。

 なぜだ、なぜだ、なぜだ……、うわ言のように円眞なる者が呟き続けている。


 埒が明かないと夬斗は思い切って呼ぶ。おい、円眞! と。

 びくり、と身体中を震わせた円眞なる者が顔を向けてくる。どうやら話しが出来る状態にはあるらしい。

 おい、円眞! と夬斗は今一度繰り返し呼んでからである。


「悩むのは後にしろ。黛莉や雪南が危険なことは間違いないんだよな」

「ああ、そうだ、その通りだ」

「ならば、急いで行くぞ。助けに」


 深くうなずいて見せる円眞なる者に、夬斗も多少だがようやく表情を緩められた。じゃ、一緒に、と言いかけた時だった。


「夬斗に頼みがある」


 円眞なる者が最初の話しへ戻してくる。


「なんだ、言ってくれ」

「自分だけで行かせて欲しい」


 夬斗の返事は一拍の間が置いた後だった。


「それは俺たちに行くな、ということか」


 そうだ、とする回答に夬斗は努めて冷静を装いながら尋ねる。


「どういうことだ。理由を聞かせてくれ」

「自分が、自分こそが雪南を助けなければならない。雪南に認めてもらうためには、自分の力を見せなければならない。そう考えれば、夬斗たちは邪魔なのだ」

「おまえ、それ本気で言っているのか」


 夬斗は自覚するほど声が一気に低温化した。

 さすれど円眞なる者が気にするふうはない。 


「本気だ。自分が『円眞』として存在するには雪南の認識が不可欠だからだ」

「だから、自分一人だけで行って、いいところ見せたいってわけか。状況次第では応援してやりたくもなるが、今回はダメだ」

「なぜだ。雪南はずっと共にありながら、自分を円眞ではないと言う。なればやれる策は何でも打ちたい。友人なら頼みを聞いてくれてもいいではないか」


 はぁー、と夬斗が大きく吐くは、ため息以外の何物でもない。


「おい、円眞。いや円眞じゃないな。おまえは俺の親友でもないし、況してや友人のほうでもない。俺が知る二人とは、まったくの別人だよ」

「そんなわけがあるものか。自分は円眞だ、黎銕円眞だぞ」


 存在を疑えば激昂する姿に、もう馴れたとする夬斗だ。円眞なる者へ低い声で告げる。

「俺が知る円眞はな。大事なことを見誤りはしない。大事な者を守るためならば、自分のことをまず置いて、万難を拝すんだよ。間違ってもな、女を救うとしながら実際のところは自分のためだなんてする卑劣な真似はしない」

「違う、違うぞ。雪南のためだ、雪南のためにやっている」

「そんなこと言っているようだと、いつまで経っても雪南がおまえを『円眞』として認めることはないぞ」


 だから退け、と夬斗が締めようとしたセリフは遮られた。


「やはりお前たちではダメだ。自分を円眞としてくれる者は、雪南しかいない」


 円眞なる者と決裂が決定的となった。

 夬斗が藤平に、靖大を含めて目で訴える。もはや実力行使で突破するしかない。

 藤平が手にした伸縮式の槍を最大限まで伸ばした。靖大はファイティングポーズを取る。夬斗は素早くポケットに両手を入れて糸玉を握った。


 行け! と円眞なる者が命令を下した。


 連れがいたなど夬斗たちにとっては予想外もいいところだ。どこから伏兵が襲ってくるか、全方位へ神経を張り巡らせる。

 周囲に気を配る必要は、即座に失せた。

 命令されて眼前いっぱいになるほどの数を以て出現してきたからだ。

 口だけが人間のものとする真っ黒な人型だ。なかにはツノが生えていたり、翼まで宿している。

 逢魔街(おうまがい)特有の存在とされる『黒き怪物』が円眞なる者の意に従うかのように、夬斗たちへ一斉に襲いかかった。


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