第3章:知人ー003ー
メイド服の少女が滑らす足裏は煙を立てている。
「だいじょうぶっ、由梨亜」
ダンスでも始めそうな格好の唯茉里が心配そうに顔を向けた。
よそ見はいけませんね、と姿を現さない者の声がする。
八角棒が振り降ろされてきた。
既のところで避けた唯茉里は両手にしたナイフを突き出す。
すぽんっと刃の部分が抜けて飛んでいく。ワイヤーに繋がれた切っ先が相手の顔面へ襲う。
八角棒のひと振りで唯茉里の刃は、いとも容易く弾かれた。
歯ぎしりする唯茉里へやって来た由梨亜が背を合わせた。
「まずいわね、唯茉里。あいつら、相当よ」
わかってる、と答える唯茉里は前方からやってくる敵を睨む。
未だ姿を現さない憬汰に代わって二人を挟撃するは筋骨隆々の男たちだ。まるで金剛力士像みたいな厳つい顔立ちと体格が二人そっくりとくる。違いを見分けるとしたら、唯茉里に対するほうが手にするは八角棒であり、由梨亜の正面にいる者は六角棒を持っている。
どちらも強化系の能力所有者で手に持つ武器が通常ではあり得ない硬度を誇っているようだ。だがそれ以前に能力と関係なしで棒術の遣い手である点が厄介だ。由梨亜と唯茉里の攻撃は飛び道具であれば、当たらなければお手上げである。
能力といった備わった資質ではなく、鍛錬によって築かれた隙のなさに脅威を感じる姉妹だった。
憬汰さまー、と由梨亜へどことも知れない宙へ呼びかける。
「どうして、由梨亜たちをこんな目に遭わせるのですか。あたしたち姉妹は憬汰さまを信じてここまでやって来たのです」
「あなたたちが想像以上に役立たずだからですよ」
鼻で笑うように言い渡してくる。
そんなぁ〜、と由梨亜が泣きつくようであれば、応える声はさらに冷たさを増す。
「せっかく夬斗と黛莉の和須如兄妹に連なる血筋の者と期待しましたが、あまりに大したことがないスキルにがっかりです。やはり簡単に仲間になびくような者はダメですね。己れを誇大に見せたがる者は能力の有無に関係なく多い」
二人の姉妹がうつむいている。
未だ姿を見せない憬汰は勢いづくようにしゃべってくる。
「もう少し庵鯢・鶤霓とやり合えると思いましたが、まるきりみたいじゃないですか。実力次第では『逢魔七人衆』の一角へ、と考えていただけに期待外れもいいところです。だから貴女たちはエサとして利用させていただきます。夬斗と黛莉の兄妹が言うこと聞かずにはいられないほど、たっぷり痛めつけてね」
さぁ、と号令をかける。向けた先は庵鯢・鶤霓と呼ばれた屈強な男たちだ。
「和須如の由梨亜・唯茉里姉妹を殺さない程度にやりなさい」
あははは、と笑い声がした。
「なーんだ、ざんねん。でももうちょっとデキるオヤジかと思ったけど、ずいぶん気が短かったねー」
笑いを端々に滲ませる由梨亜に続いて顔を上げた唯茉里は呆れた表情だ。
「自分の思った通りでないとすぐキレるなんて、やっぱりおっさんだ。唯茉里たち、勝手なお兄ちゃんとお姉ちゃんをぶっ飛ばしてやりたかったのは本当なんだけどな」
「あなた方の実力では無理ですよ」
「けどね、お兄ちゃんもお姉ちゃんも優しいの。実力差があっても手心ってやつ? それで多少なりともダメージを負わせられたかもしれないのに。そこを狙おうとは思わなかった?」
多少の間を開いてからだ。
「思った以上に、貴女たちはしたたかだったようですね。わかりました、我々も再び和須如兄妹の襲撃に手を貸すことにしましょう」
「もうするわけないじゃん、あんたアホなの」
由梨亜がにべもない。
なにを、と姿なき声に初めて怒りが見えれば、せせら笑うように答える。
「あたしら兄妹まとめて爆破しようとしたくせに、よく言うわねー。それって今朝の話しなんだけど。よくそこまで都合よく物事を考えられるわ。それって歳のせい?」
小娘にからかわれて、余程腹が立ったのか。憬汰の姿なき声はこれまでの冷静さをかなぐり捨ててくる。
「庵鯢、鶤霓。そこのガキどもやりなさい。殺しても構いません」
由梨亜は玩具銃を掲げ、唯茉里は両手のナイフを閃かせる。盛り上がる筋肉と金棒を持つ強敵に和須如姉妹は息を詰めて備えた。
襲撃を待ち構えてから、どれくらい経過しただろう。
「なにをやっているのですかっ、庵鯢、鶤霓。さっさと攻撃しなさい」
痺れを切らしたのは、姿なき声のほうだった。
路地裏の由梨亜と唯茉里を道の前後で塞ぐばかりで、動く気配がない。それどころか男たちの顔には明らかに逡巡の色が窺える。
「ええいっ、なにをためらいますか。殺しなさい、早く!」
金切り声の命令に、初めて男たちが口を開く。
「まだ相手は子供ではありませんか」
「もう止めませんか、こんなこと」
由梨亜と唯茉里ですら驚愕している。向けられた相手は愕然だろう。
「なにをバカなことを。ここにきて裏切るのですか」
「我々は元々参加するつもりはなかった。それを貴方お得意の脅かしで従わせただけではありませんか」
一瞬の静寂の後にである。
姿なき声が路地裏に響き渡った。
「ならば実行するしかありませんね。いいんですか、庵鯢、鶤霓。二人にとって大事な居場所が爆破されることになっても」
庵鯢・鶤霓と呼ばれる男たちのごつい顔が揃って苦渋に歪む。それでも、といった決意で一人が言う。
「もう我々は子供を殺す真似はしたくありません」
ならば、と姿なき声が不気味に路地裏に響く。
「ただちに思い知らせてあげましょう」
「そうはいかないんじゃないかな」
この場にいる者以外の声がした。
なにっ、と姿なき声が反応するなか、唯茉里の目が輝いた。