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第3章:知人ー002ー

 この街で緋く染まる時間帯は特別な意味を持つ。


 目指す黒のゴスロリ姿をした黛莉(まゆり)は金網フェンスに額をもたせかけていた。

 雪南(せつな)は自ら希望してビルの屋上まで来たものの、どうしていいか解らない。どう声をかければいいのか。ともかく、じっとはしていられない。そっと小刻みに震える背へ近づいていく。


「やめてくれない、この時間に後ろから来るのは」


 声を投げてくる黛莉は背中を向けたままだ。


「す、すまない。そ、そうだな。逢魔ヶ刻(おうまがとき)に背中を取るなんて殺されても仕方がない行動だな」


 そうじゃないっ! と叫んだ黛莉が金網を掴んだ。ガシッと音が立ち、フェンスが揺れている。


「怒りなさいよ。あたしは疑ったのよ、あんたが逢魔ヶ刻に乗じて危害を加えてくるって、思ったの。だから、いつもの調子で『黛莉はバカだ』って言ってよ」


 できない……、とする雪南の微かな呟きが風のように運ばれてくる。

 くっと黛莉は、それきり押し黙った。 

 沈黙に耐えられなかった、うつむいた雪南であった。


「黛莉こそ、ワタシをバカだと怒ってくれ。おまえのせいだと言ってくれていいんだ」

「するわけないでしょ」

「なぜだ。紅い眼の円眞(えんま)はワタシを助けるために無理をして死んだかもしれないんだぞ。一度だけでなく二度も。こんなんなら、ワタシなんか……」

「ふざけないでよっ」


 そう黛莉は叫ぶや雪南の胸ぐらを掴んだ。自身の顔まで引き寄せて、怒らせた目を雪南の碧い瞳へぶつける。


「なに自分を安くをしているわけ? 罪の意識を軽くしたくて言ってんなら、侮辱だから。あんたを、雪南を命懸けで守ったエンマをそれこそバカにしている。そうよ、それだけは許さない。だってエンマはあたしの……」


 言葉を切った黛莉が目を伏せた。

 黛莉……、と胸ぐらを掴まれた雪南の小さな呼びかけに答えは数瞬の後だ。


「あたしの……オトコなんだから」


 うん、と雪南のうなずく声は相変わらず小さく、けれどもこれまでと違って力強い。

 黛莉は雪南の首元から手を離しては、ぽつりと洩らす。ごめん、と。 

 ぶんぶんと鳴りそうほど雪南が首を大きく横に振ってからだ。


「黛莉、ありがとな」

「なにがよ」

「ワタシを助けるよう、頼んでくれて」


 感謝に顔を上げた黛莉の瞳が見開かれていく。

 雪南は少し照れ臭そうにこめかみを掻きながら続ける。


「黛莉がワタシと仲良くしてくれただけでも嬉しかったのに、助けるようにまで言ってくれたんだもんな」 


 やめてよ、と黛莉が呟いている。

 ん? と雪南は不思議そうにしたが、すぐに表情は改まる。うるんでいく目を認めれば、気後れしても合わせた瞳を逸らせない。

 やめてよ、と繰り返す黛莉は、「やめてよ!」と今一度大きく挙げては雪南の両肩を掴んだ。


「あたしは後悔しているの。あんたを助けてって、言ったことを。言わなきゃ良かった、そう思っているの。どうして、どうしてあたしなんかの言うことを聞くの? いっつも偉そうな感じでいるくせに、なんでなんでも聞いてくれるの?」

「それは紅い眼の円眞が黛莉を大好きだからだろう」


 黛莉の目はこれ以上にないくらい見開かれていく。あっという間に溢れた涙は、ぽろぽろ頬を伝い足下へ落ちていく。


「どうして、どうしてあたしなんかのために命を賭けてまで言うこと、聞くことなんかないじゃない」

「でも紅い眼の円眞にとって、黛莉の言葉は約束になったのだろう。ワタシも……円眞のおかげでそれが分かるようになった気はする」


 約束……。そう一言を発した黛莉は、次の瞬間だ。

 雪南の胸へ顔を押し当ててはしゃくりあげた。時折り「エンマくん」と呼び名が切れ切れに紛れ込んだ。

 しばらく考え込む顔をしていた雪南だが、恐る恐ると手を伸ばす。黛莉の頭に乗せれば、一生懸命といった感じで撫でていた。


 どれくらい、そうしていただろう。

 はぁ〜、と屋上いっぱいを包むような大きな息が吐かれた。

 雪南の胸から離れた黛莉が緋い上空を仰いでいる。今一度とばかり、息を吐いている。


「悪かったわね、メチャクチャ言って」


 そう言う黛莉は顔を降ろしたものの、照れているのか、目を合わせないよう横を向いている。

 ふっと笑うは雪南だ。

 なにが可笑しいのよ、と目ざとい黛莉が文句を垂れればである。


「黛莉は黛莉らしいな。久々だと、なんていうか、笑わずにいらないんだ」


 なによそれ、と返す黛莉は、まさしく笑みを溢している。

 するとなぜか雪南は胸を張ってである。


「相変わらず面白いヤツだ、ということだ」

「なんでエラそーになるのよ。あんたこそ、相変わらず変よねー」

「黛莉ほどではない」


 なによー、と黛莉は口を尖らせるのも束の間だった。

 堪えきれないかのように声を挙げて笑いだす。

 雪南もまた釣られるように腹の底から湧き上がってくる可笑しさを抑えられない。

 夕陽に彩られた街で行われている不浄すら洗い流しそうな黛莉と雪南が立てる響きは、止むことを知らぬかのようだ。


「キミたちの笑い声は綺麗な旋律を聴くようだね」

 気障ったらしい無粋な声が割り込まなければ、まだまだ続いていたことだろう。

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