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第3章:知人ー001ー

 夕陽も射さない暗い路地裏で二人は落ち合った。

 由梨亜(ゆりあ)、だいじょうぶ? 尋ねるはシンプルで軽快な格好の唯茉里(いまり)だ。

 ここの医者、すごいよ! やや興奮気味に問題ない旨を示す由梨亜は黒のメイド服である。

 対象的な服装をする姉妹はお互いの無事を確認し合えば、同じ方向へ揃って足を踏みだした。


「どちらへ行かれるんですか」


 どこからか男の声がする。

 突如の響きにも姉妹の二人は驚くどころか、むしろ顔を輝かせた。憬汰(けいた)さま! と口を揃えて呼ぶ。

 人気のない路上へ姿を現す者はいない。


「憬汰さま、いらっしゃるのでしょ。どうか、お姿をお見せください」


 普段の勝ち気さを消して懇願するような由梨亜だ。


「そのためにはお二人がこれからどこへ向かおうとしていたのか、お答え願えないと話しになりません」

「それはもちろん憬汰さまがいらっしゃる例の場所です。でもこうして自らお出迎えに来ていただけるなんて、由梨亜、感激です」


 由梨亜は口にした内容に相応しい両手を祈るように組むポーズをした。

 従順な態度に、未だ姿を見せない男は苦々しく返す。


「こうして私自ら出張って来たのは、場所を知られては困るからですよ。貴女たちは作戦に失敗したことを自覚しなさい」


 ザクっと地面を踏む音がした。静寂な中であれば由梨亜と唯茉里はすぐに気がついて振り向く。

 背後に人影があった。

 姿を現した数が二つであり、それを認めた姉妹は揃って険しい顔つきになった。


◇    ◇    ◇    ◇    ◇ 


 焦りを滲ませる夬斗の背中を追うマテオはふと横を向く。 

 モヒカンの髪をなびかせている藤平(ふじひら)がいた。


「そう言えば、真澄(ますみ)


 マテオは走る足を止めずに名前で呼べば、「なんすか」と返ってくる。


「よく流花(るか)を見て、なんともなかったな」


 流花の最上では収まらない桁外れの美貌に見た者の意識を奪うこと、しばしばだ。現に夬斗(かいと)黛莉(まゆり)も最初に見た瞬間に気を失った。それくらいが普通だとマテオは思っている。

 失礼かもしれないが、藤平みたいなタイプは卒倒してもおかしくないと考える。ところがあの場で倒れなかった数少ないうちの一人となった。マテオには不思議でならない。

 あーそれっすかー、と当人は至って当たり前とばかりに解答を寄越してきた。


「オレ、みぃちゃんに夢中っすから」


 マテオにすれば「誰、それ」である。


「めいぷるしろっぷのお気に入りっす。もうオレの働く理由となっているくらい、チョーイイ娘なんすよ」


 マテオが理解へ及ぶはずもない。 

 二人の会話が耳に入ってくる夬斗は、少し笑いながら補足する。


「風俗店だよ、『めいぷるしろっぷ』って。藤平はそこの嬢にハマっているのさ」


 嬢じゃなくて姫っすよ、と藤平が力を込めて訂正を求めている。

 素敵な女の子なんだ、とマテオが言っている。

 訂正していた以上の力強さで首肯している藤平だ。

 逃亡した妹を追う夬斗としては、後ろの呑気さに綻んだ口許が戻らない。焦慮に呑み込まれるのを防ぐ、良い無駄話しである。マテオの小馬鹿にすることもなく真面目な応対は、まだ付き合いが浅いなかで信を寄せる一助ともなっていた。

 この二人なら心強い、と夬斗が意気込んだ矢先だった。


「社長ぉ〜、今度、一緒に行きましょうよー。マテオも含めて。でもその時は奢ってくださいよぉ〜」


 オマエ減給っ、と思わず返しそうになった藤平の提案である。先にマテオの声がしていなかったら、夬斗は実際口にしてただろう。


「僕はいいよ。社長と二人で行っておいで」

「俺も行かないぞ。酒ならともかくそっちで奢らされるなんて、たまらん」


 立て続けの拒否に、「えー、マジっすかー」と聞こえてくる。

 こいつを連れてきて失敗だったな、とつい今さっきとは真逆の評価を下す夬斗の胸のうちである。


「二人ともいいっすよねー、モテるから〜」


 拗ね出せば、夬斗としては頭が痛い。冷静に考えれば、藤平はとても貴重な戦力である。本当なら会社の腕っ節に鳴らす連中を出来るだけ動員したかった。なんだかんだあっても、妹は絶対に無事でいて欲しい。

 多少なりでも、やる気を喚起させるしかないか。

 駆けたまま夬斗が後ろを向く。

 あっ、と藤平の驚いた顔が待ち受けていた。どうやら話しかけている場合ではなさそうだ。


 夬斗は前へ顔を戻せば、正面に人影があった。

 スポーツウェアで身を包む、いかにもジムへ通っているような均整が取れた体つきをしている。すっぽりフードを被り、サングラスまでして容貌を隠しているが、男性であることは見分けられる。けっこういい年齢までいってそうな判断がつく。

 何より常人ではないオーラを感じさせる。


 急がねばならない夬斗の足が緩んでは止まった。

「誰だ、なにか用があるのか」

 厳しく問いながら、能力発現できるよう糸玉が入ったポケットへ手を突っ込んだ。


 立ち塞がった正体不明のスポーツウェア姿の男がファイティングポーズを取った。通す気はないらしい。


「問答無用ってわけか」


 敵と判断できれば夬斗はポケットから両手を抜いた。こっちもさっさと攻撃へ移ろうとしたらだ。

 藤平が頓狂に叫んだ。


「あれ、もしかして店長じゃないっすか。めいぷるの」


 常連の嗅覚の正しさは、相手が動揺のあまり反応したことで確実になる。


「わかってしまいましたか」

「もちろんっすよ。ここんとこずっとお世話になりっぱなしっすからね。たった今も今度三人で店へ行こうって話しをしていたくらいっすから」


 おいおい勝手に話しを作るな、とツッコミそうになった夬斗だ。

 しかも今にも戦闘を開始しそうだった敵と思しき相手がである。


「お客さまに危害を加えるなど、めいぷるしろっぷ店長としてできません」


 あっさり兜を脱いできた。

 切迫した事態でなければ夬斗しては、じっくり話したいところである。


 店長が『逢魔七人衆』の一人だと告白してくれば尚さらであった。

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