第2章:再会ー005ー
夬斗にとって衝撃は半端ではなかった。
逢魔七人衆が健在かもしれない! 夬斗がクロガネ堂の若店主に近づいた前提は、逢魔街を席巻した悪辣な連中の殲滅した実績にある。父殺しとなった円眞という人物を確かめずにはいられなかった。
殺害時における記憶はない、と言っていた。
出会ってみたら、この街に住むには優しすぎる性格だっただけに過酷な運命から不明になったと結論づけていた、決めつけてしまっていた。
事はそう単純ではない。今となってはお人好しすぎる考え方をした自身が、夬斗には不思議でならない。
「逢魔七人衆絡みの件は親友……紅い眼のエンマがやったわけじゃないんだな」
ふと夬斗が洩らす感慨だ。首魁もしくは側近だけでなく、あの場に集う数百といった人の命は奪われた。女子供を多く含んだ悲惨な内訳ではあった。良かったとするわけではないが、紅い眼のあいつじゃないとする気持ちは間違いなく湧き上がっていた。
どうやら自分は自身が思う以上に酷いヤツらしい。
雪南が碧い瞳を伏せる仕草に、夬斗はついとはいえ無思慮に口走ったことも自覚した。
訊きたいことがあるんだけど、とマテオがここで手と声を挙げてくる。
「社長は円眞だとする主張するあれを、どう思った?」
「どうって言われても、おまえホントかよっ、てなくらいしかないけどな」
「僕はあれは黎銕円眞の可能性もあると踏んでいる」
どうしてまた? と夬斗は目つきを厳しくして問わずにいられない。
「あれ、僕の能力を知らなかった。何度か目の前で発現してきたんだ。紅い眼のほうだけだけどね」
「黒い眼の円眞の前では一度も見せてないのか?」
「うん。知らないということは紅い眼のほうじゃない。少なくとも紅い眼だった時の記憶はない。それに……」
言葉を切ったマテオは、流花へ向く。逢魔街の魔女と呼ばれる美女は以心伝心といった具合で頷けば、口を開いた。
「流花が見る限り、黎銕円眞その人に重なる色をしている。生者で色が出てこないなんて、彼しかいないよ」
「紅い眼のエンマは、どんな感じだったんだ」
夬斗の質問に、今度は流花がちらりマテオへ視線を送る。頷き返されれば、再び向き直った。
「ずっと『紅』のまんま。ずっと一色のままなんて、夕夜兄さんの『黒』くらいだから。黎銕円眞くんは流花が感情を見られない相手としては三人目だね。しかも無色だなんて、なかなか凄いことだよ、これは」
「実は生きていないってことはないか」
いきなり割り込んできた雪南のシリアスな声だ。
流花が微笑んだ。おかげで同事務所に詰めるアスモクリーンの従業員の幾人かが、その美しさに卒倒した。がたがた音を立てて混乱するなかでも構うことはない。
「キミには、あの円眞と主張する人が死んでるように見えるの?」
流花が逆に訊き返せば、雪南は微かに緩く、けれどもしっかり首を横に振った。
そぉ、と流花が魔女と呼ばれる姿から遠い表情をしている。マテオだけでなく夬斗もまた微笑を浮かべていた。
「さて、社長。これから、どうする?」
マテオが仕切り直しだとばかりに振ってくれば、う〜んと夬斗は胸の前で腕を組む。
下の妹たちがヤバい組織を繋がりがありそうだと予測していたものの、まさかの『逢魔七人衆』ときた。それを追って逢魔街へ舞い戻ってきた雪南と共にあるのは、自分たちの知らない様相を見せてくる円眞だ。一体なにから手を付けていくべきか。
現在の夬斗が手っ取り早いのは、唯茉里を締め上げることだ。逢魔七人衆と、どういう関わりがあるのか聞き出す。けれどもその前に重要な事へ釘を刺しておかなければならない。
「ところで、今の話し。うちの黛莉には黙っていて……」
話している途中で夬斗は気がついた。
事務所の片隅でお盆を抱えている夏波が青ざめている。
もしや、と思う間もなく階段を激しく駆け上がる音がした。慌てて夬斗は事務所の裏口に通じるドアから顔を出せば、目にゴスロリの裾を捉えた。
いつの間にか黛莉は帰ってきていたらしい。紅い眼の円眞が消滅した可能性が高い話しも耳にしたようだ。
行く先はビルの屋上だろう。というか、行く所はそこしかない。まさかとは思うが、気持ちが不安定な際には危険な場所となる。
夬斗は後を追うべく一歩足を踏み出した時だった。
「ワタシに行かせてくれないか」
雪南の声に振り向けば、強い意志を閃かせた碧い瞳が真っ直ぐ向けられてきた。
本来なら聞き出したい事柄があるはずだ。雪南は逢魔七人衆に追って逢魔街へきた。それを差し置いて黛莉を心配する心根に、ちょっぴり感動した夬斗である。
「じゃ、任せていいか。代わりに雪南が欲しがっている情報は、俺が聞いておくとするでいいか」
ああ、と返事する雪南の表情は信頼に値した。夬斗には、そうだった。
事務所を出て階段を駆け上がっていく雪南を見送れば、そっと夏波が傍にやって来た。
「雪南ちゃんが来てくれて良かったわね」
返事の代わりに夬斗は意気込んで事務所へ視線を戻す。はりきって妹を尋問するつもりだった。
「あれ、唯茉里は?」
夬斗の問いに、マテオもあれっ? といった感じである。いないねー、と流花も呑気に挙げていた。
さすが和須如兄妹、とマテオが感心していたが、実の兄が喜ぶはずもない。
「急いで追うぞ」
夬斗の号令にマテオが呼応し、「俺もいいっすか」と藤平が同行を求めてくる。頼む、と返せば先頭を切って飛び出した。
時間は『逢魔ヶ刻』にかかろうとしている。一日としては終盤へ向けた時刻だが、ここ『逢魔街』ではこれからが本番だ。大きな物事が起こるとしたらこの時間帯へ突入していく。
夬斗にすれば三人の妹たちに翻弄されるまま迎えた、本日における街の緋き風景であった。