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終わりの、もしくは始まりの最終章:黄昏の影ー中ー

責任は自分と、敢然と顔を上げた円眞(えんま)だが握りしめた拳は傍目で判るほど震えていた。


 新冶(しんや)の銀髪が静かに横へ振られた。

「いえ、現在の状況を筒抜けになったキッカケは私にあります。諜報員気取りで皆様に近づいた私のせいです」

「でも今回のキッカケは、やっぱりボクです。能力の使用で殺害した者をかばっただけでなく、紅い目の『彼』も百年前において人類全ての敵となる存在となったのでしょう。黎銕円眞(くろがね えんま)が招いたことに違いないんです!」


 円眞の口調がヒートアップしていく。


「もういいじゃろ、二人とも、その辺で。己れを責め立てても、多田や八重があの世で喜ぶはずはないぞ」


 いたたまれなくなった華坂爺(はなさかじぃ)は、故人の引き合いに収めるしかなかったようだ。

 夬斗(かいと)が空気の流れを変えようと割り込んで訊く。


「ところで逢魔街(おうまがい)の神々のほうは無事だったのか」 

「おおむね軽傷ですみました、陽乃(ひの)さんのおかげで」


 寛江(かんこう)こと新冶の答える声は晴れない。


 大方の能力を打ち破ってくるミサイルから、皆を守ったのは陽乃だった。能力である巨体の鬼へ変化して、攻撃を一身に引き受けた。

 もう対能力用弾道ミサイルが飛んでこなくなったタイミングで、蒸気を噴き上げる鬼の巨体だ。霧が晴れるように現れた姿は、鬼だったなど微塵も窺わせない素っ裸な女性を自分の上着で包みかき抱く黒色の青年だ。陽乃さん、陽乃さん……、と何度も呼びかける夕夜(ゆうや)に胸が痛くなったのは仲間だけではない。

 引き揚げる途中で居合わせた和須如(あすも)兄妹に、黒い目をした円眞もだった。


 呼びかけても応答がない陽乃に、夕夜が挙げた憎悪に満ちた叫びは忘れられない。


 持たざる人間ども! これが神々の黄昏に対する答えか! 共存を願う陽乃さんに対する仕打ちが、これか! 無能力者は我々の敵なのか、やはり! 

「おまえたち人間など、一人残らず生かしておくものか!」 


 錯乱しての発言かもしれないが、発した人物が人物だった。風の神による宣戦布告とも取れる叫びだ。その後が気にならないはずもない。夬斗の懸念を察して新冶は、肝心な点も含めて答えた。


「まだ意識を回復していないものの陽乃さんの一命は取り留められました。幸いにも神々の一員に迎えられるほどの名医を呼んでありましたから」

「それは良かった。で、夕夜って言ったっけ? そいつ、暴れそう?」


 夬斗の心底から安堵と軽い口調の質問に、新冶はようやく苦笑を浮かべられた。


「夕夜さんは陽乃さんが眠る傍らから離れません。今の夕夜さんは陽乃さんを放って動きはしないでしょう。そう、そうです。これまで陽乃さんの意見を聞くことなく動くなどなかった、まさに奥方に頭の上がらない婿養子そのものだったのですから」

「俺、思うんだけど、なんか能力者の旦那って揃って、奥さんに対して異様に頭が上がらなくならないか」


 ほっと空気が緩む話題に、華坂爺が杖をつかむ手を震わせる。


「そう、そうなんじゃ。なぜか能力者は夫となった瞬間、まったく妻に虐げられるばかりなんじゃ」


 なんかあったのか、と聞きたくなる老人の発言に、もう一人の老人とされる人物が乗った。


「うっちーもね。女性は好きなんですけど、あれほど怖いものもないと思ってますですよぉ〜」

「なんか俺、将来、悲観したくなってきたわ」


 夬斗は言いながら、ちらり妹とクロガネ堂オーナーを見遣る。

 なによ、と黛莉(まゆり)及び彩香(あやか)の二人が声を揃えての反応は当然と言えた。

 円眞に微笑が浮かべば、新冶もだった。 


「今日は来て良かった。正直、多田さんのことで、陽乃さんを抱えながら叫ぶ夕夜さんの気持ちになっていました。能力を持つそれだけで敵視してくる連中は生かしておけない、と」

「その気持ち、俺もわかるよ」


 ぽつりといった感じの夬斗に、新冶は達観とも取れそうな笑顔を作る。


「能力がない人間はコンプレックスから憎悪へ転嫁するようになるのではないか。ならば共存は不可能と考えてしまいそうになりましたが、一緒くたにしてはいけませんね。黛莉さんが教えてくれました」

「あたし、なんかしました?」

「多田さんの息子さんに能力の有無を訊いていたじゃないですか。八重さんとよくしゃべっていた黛莉さんが事前に知っていた可能性は高いですから」


 それはどうでしょう、と答えた黛莉に、銀髪の新冶がふっと笑みを浮かべる。心からと知れる良い微笑みだ。


「能力を持たないという理由で憎悪してしまえば、多田さんの親族まで含めてということになります。それでは本末転倒も甚だしい限りですから。解っていても気づかせてくれることは有り難いですよ」

「円眞が言ってたんです。ラベル貼りは、能力あるなし関係なく多くの人間がやってしまうことだって。商品だけに貼っておけばいいものを、なんて言っていたなぁ〜」


 黛莉の遥か昔を述懐するような目だ。

 あいつらしいな、と夬斗もまたしみじみ口にしている。


「あんたたち、いい加減にしてよ!」


 彩香の激昂が店内に響き渡った。


「なんだよ、いきなり」


 夬斗の驚きにも、彩香は激しい口調を崩さない。


「あんたら兄妹の円眞は、紅い目のヤツのことでしょう。ずっと店へ来るのは、あいつを確かめたくて来ているんでしょう。今、ここにいるのは、えんちゃんだから。それがどれだけ失礼か、わかってる!」

「彩香さん、ボクは気にしてないよ」


 思わず声をかけた円眞だが、彩香に止まる気配はない。


「いーえ、言わせてもらうわ。これまで頑張ってきたのはえんちゃんだったのに、紅い目が現れてから、どうよ。この兄妹だけじゃないわ、このお爺さんたちだって本当の目的は、紅い目のヤツでしょ。違う?」

「彩香、なんだよ。急に突っかかってくるじゃないか。しょうがないだろ、俺たちはもう紅いアイツに会ったんだ。しかも俺たちを守って消えたんだ、気になって当然だろっ」


 熱くなっていく夬斗に、彩香もまた煽られたようだ。


「だからって、なによ。今まで親友だなんて慣れ慣れしくえんちゃんに接してきてたくせに、ずいぶんよそよそしくなったんじゃない」

「いろいろあったんだ。前のままでいられないこともあるさ」

「それが気に入らないって、言ってんのよ。ここにいるのは、えんちゃんだから。いつまでも死んだヤツの面影を追ってもらっちゃ、かわいそうなのよ」


 おい、と夬斗の目と声が据わった。


「彩香には言われたくないぜ。亡くなった愛しい男の代わりとしてその息子を見立てているオマエなんかにはな」


 なんですって、と叫ぶ彩香は腰元の柄へ手が置かれていた。

 夬斗もジャケットの内ポケットに手を入れて糸玉を握り締めている。


「やめんか、馬鹿者ども」


 華坂爺が一喝した。


「多田と八重の遺骨引き渡したばかりなのに、何をやるつもりじゃ」


 これにはさすがに夬斗も彩香も気まずそうに戦闘態勢を解いた。

 華坂爺は深く息を吐いてから言った。


「気が落ち着くまでおとなしくしておいたほうが良さそうじゃの。さすがに今回は儂も堪えた」

「華坂さんにとって多田さんは『逢魔七人衆(おうましちにんしゅう)』の件以来、盟友でしたね」


 寛江の姿をした新冶の言葉に、華坂爺はうなずいてから円眞へ顔を向けた。


「エンくん、これで引き揚げされてもらう。遺骨の遺族へ引き渡し場所として快諾してくれて、改めて礼を言わせてもらうぞ。そして、すまなかった」


 円眞には、最後の謝罪の意味が今ひとつ掴めない。けれども今は質す時ではないだろう。


「またお待ちしてます」


 円眞の定番と言える店の挨拶に、反応する者がいない。

 最低限の挨拶だけで誰もが店の外へ向かっていく。夬斗でさえもだ。

 じゃあね、と彩香だけが変わらないみたいだ。いや相変わらずと思わせるたい無理が感じ取れた。実は夬斗の指摘が痛かったのかもしれない。

 最後に残った黛莉が思い立ったように円眞の元へやってきて、囁いた。ごめんね、と。

 黛莉もまた華坂爺に倣うかのような、理由が添えられない一言だけの謝罪を残して去って行く。


 皆が掃ければ、静寂がひとしおに迫ってくる。ぽつん、と円眞はレジ前の椅子に腰掛けた。

 逢魔ヶ刻へ突入すれば、お客も滅多にこない。殺人でさえ法が適用されない時間なれば、トラブルを抱えているか、我が身を守る術ある能力者か。

 クロガネ堂はこの時間に『ジィちゃんズ』をよく迎えていた。

 もう二度と『ジィちゃんズ』で店内が賑わうこともない。

 もしかして残された二人の老人と付き添う寛江は二度と訪れないかもしれない。あまりに無邪気で騒々しく過ごした時間は痛みを催す記憶だ。振り返れば辛くなってしまうならば、遠去かるしかないだろう。


 夬斗もまた明らかに以前と違う態度だ。これまでが馴れ馴れしいくらいだったから、却ってよそよそしさが際立つ。それに何より円眞を「親友」と呼ばなくなった。ふざけた調子でさえ口にしなくなったから重みを感じる。


 黛莉が見てきた『円眞』は自分でないことも、ようやく理解できた。好きという言葉も紅い目の『彼』へ向かってだったと今さらながら気づく。普段の黒い目をした円眞は、あくまで付随でしかないのだ。


 彩香が円眞の面倒を見るのは、敬愛する黎銕憬汰の息子だから他ならない。


 でも、それは解っていたことだったはずだ。なのに……。

 円眞はまた大きくため息を吐いた。

 自分が紅い目をしたもう一人の代替品にすぎない自覚はある。『彼』は円眞の行動を掌握しているに対し、自分はまるきり憶えていないのが何よりの証拠だ。

 黎銕円眞という人物の行動時間の大半は円眞であっても、肝心な時は紅い目の『彼』だ。『彼』が世に出られない間の仮置き場が自分だ、と。

 初恋の人から離れる決意をした、それが最大の理由だ。

 いずれ紅い目に取って代わられる日が来る。なら一緒にいないほうがいい。人生をリセットできるチャンスが到来した雪南のために我が身を捨てた行動を悔やんではいない。


 そう、円眞は思っていた。


 だけど……今回の多田爺と八重の落命は、円眞が世界的著名人を殺害した能力者を庇ったことと無縁ではない。目が紅かろうが黒かろうが円眞が世界から標的である事実が、攻撃の端緒となったに違いない。

 後悔なんてない、としていたことにヒビが入る想いを味わう円眞は、薄暗くなる店内に灯りを点けるため立ち上がることさえできない。

 誰もが黒い目をした円眞を本当には見ていないなか、自分を正面から捉えてくれた碧い目の少女。唯一、自分を『円眞』として好意を抱いてくれた『雪南』のためなら人生なんて捨ててもいい。後悔なんか、なかったはずだ。


 ボクはいったい……、と円眞が暗い店内から夕闇迫る外の風景へ目を向けた時だった。


 西陽を受けた黒い人影が店の入り口に立っていた。


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