第2章:最凶らしい?ー004ー
華坂爺の念願だったレコードを手に入れ損なった恨みから小娘呼ばわりは前回からだが、口調がいつになく厳しい。
「ああ、さっき店の前で円眞を狙う連中がいてな、やっつけた」
答える雪南は、質問者の様子よりも新しい制服の汚れを気にしている。
「それで雪南さん。やっつけた相手というのは、どこへ逃げたのですか」
銀髪に染めたオールバックの寛江が訊いてくる。
「まさか、ワタシが逃すわけないだろう」
雪南はシミになった箇所を気にしながら何でもないといった風態だ。
「でも店の前にはそれらしきモノは転がっていなかったですよ」
寛江の問いに対する答えは、このメンバーからではなかった。
店先から大声でもたらされた。
「ちょっとタイヘンなのー、みんな出てきてくれるー」
彩香が呼ぶ声に、店内にいる者たち全員は急いだ。
「ど、どうしたの、彩香さん」
真っ先に飛び出した円眞は、一目で事情を理解した。
いちおう彩香も指差しているものの、誰の目にも明らかだ。
この街の呼び名に相応しい赤い夕焼け空を埋め尽くす黒だかり。目も口もない黒一色で塗り潰された人間に近い形をしたものが視界を覆うほど多数発生している。昨日も現れたホーラブルと呼ばれる得体の知れない黒き怪物だった。
昨日と違うのは、数が圧倒的だ。羽根を生やして宙を飛んでいたり、頭に角らしき突起物があるタイプも増えている。
「まさに悪魔ですね」
寛江の表現はまさに的を得ていた。
円眞の両手には短剣が握られていた。発動の意がなくても具現する能力だ。ここに逢魔ヶ刻の摩訶不思議な作用が働いて、刃の伸縮が可能となる。
以上が雪南へ説明した自身の能力における概要だ。
昨日は深長した刃の一閃で済んだが、今日の状況ではそう簡単に済まなそうだ。
円眞の言葉を待つまでもなく、全員が戦闘体勢に入っていく。彩香が腰の日本刀を抜き、寛江が上着の内ポケットからオートマティック製の短銃を取り出す。内山爺は両拳にカイザーナックルを嵌めた。
雪南もまた髪の長い白き女性を自分の真上へ発現させる。手にした戦斧は昨日において迷惑千万だったが、今日はかなりの戦力となりそうだ。
円眞が先陣を切って走り出そうとした時だ。
「小娘、何人、殺したんじゃ」
華坂爺が雪南の背へ問い質す。
「いちいち数えているわけないだろ」
振り返らずして、まったく怯みない返事であった。
二人のやり取りに、気を取られた円眞だ。エンちゃん、と彩香が呼ばなければ、まだ気を取られていただろう。
気を入れ直して円眞は黒き怪物の群れへ向かっていく。走りながら振り降ろす両手の短剣は周囲のビルくらいまで伸びる。
黒き怪物を大量に斬り裂いていく。
続けて、彩香が刀を振るう、寛江が撃つ、内山爺が繰り出すパンチは確実に的を捉える。
そして雪南の代理人体は、円眞ほどではなくても大量の殲滅を成し遂げていた。
「これなら我らが出向かなくてよさそうですな」
多田爺が感心していたが、話しかけた相手は難しい顔つきを崩さない。仕方がないとばかりに苦笑を伴って、今度は直接的に問う。
「華坂爺は、あの雪南という娘が気に入りませんか」
「ああ、あの小娘をエンくんの傍に置くは、どうかと考えておる」
襲いくる黒き怪物の間で円眞は懸命に刃を振るっている。目を細め眺める華坂爺は、円眞の前では見せない謹厳実直な顔つきをしていた。
「あの子は心に深傷を負ったが、おかげで街は救われた」
「だから、せめて力になれる限りのことはしてやりたいですね」
多田爺の言葉に、華坂爺が深くうなずく。
「あの子の犠牲のうえで、今の街がある。これ以上は傷つけたくないものじゃ。そう思えば、あの小娘はまずそうじゃ」
「と、いいますと?」
「あの目。この街でも滅多にお目にかかれないほど小娘の目は瞑すぎる」
円眞たちの活躍によって、怪物の群れはその数をかなり減らしていた。
誰もが圧倒的な力量を発揮していた。あまりに調子が良すぎたのかもしれない。
冴え渡る彩香の刀技は目にも止まらぬ早さで斬り裂く。突き刺せば、粉砕する能力を発現させる。
ある黒き怪物を貫いた刃の切先は、白き代理人体にまで届いてしまっていた。
うっ、と呻き声が上がった。雪南が地面へ崩れ落ちていく。ばたり、とピンクの作業服を着た小柄な身体は倒れ伏す。
動けない雪南は格好の餌食だ。
どっ、と黒き怪物たちが覆い被さってきた。