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第8章:虹彩ー004ー

 真紅の円眞(えんま)夕夜(ゆうや)は飛ぶ。赤みが差し込みだした空に黒い人影が二つ、くっきり浮かんでいた。 

 

「さあ、さっさとアンタたちブチ殺して、紅いヤツをぶっ殺さなきゃ」


 莉音(りおん)の宣戦布告に、夬斗(かいと)が笑いながら言う。


「凄い美人なのに、もったいないな。汚い言葉が似合う今の形相を自分で見たら、がっかりするぜ。普段はモテてるんだろう」

「あんたには関係ないわよ」

「つれないなぁ〜。こんな出会いじゃなければ、絶対に口説きにかかるけどな」


 顔を真っ赤にして莉音が身体を震わせた。ふざけた男の台詞にプライドが許さない。


 そんな莉音へ砲弾が向かっていた。


 黛莉(まゆり)が抱えるのは、迫撃砲の砲身のみだ。発射された黒光りした弾は百二十ミリ口径用である。先が尖る流線型の大きな弾体が、目標を的確に捉えて飛んでいく。

 迎え打つ莉音が嘲りの笑みを浮かべた。


「そんなもんでどうにか出来るなんて、ずいぶんナメられたもんね」


 雷の剣はその一振りで跡形もなく粉砕し消滅させる。


 第二弾が飛んできた。


 何度やっても、と莉音が口にしかけた時だ。

 飛行する砲弾に巻きつく糸があった。黒色が白き砲弾へ変わっていく。

 雷の剣が白き砲弾へ振り降ろされた。


 なに? と莉音が驚きを隠せない。

 神とされるだけの能力を最大限に攻撃化した剣が斬り裂くことさえ出来ない。砲弾を雷の刃が捕らえるまま、一進一退の押し合いだ。うぐぐと唸るほど力を込める莉音が手にする剣は、バチバチ放電していた。

 ついに砲弾が雷の刃を押し切った。莉音の身体は吹っ飛んでは地面へ落ちていく。完全に力負けだ。だがいつまでも転がってはいない。

 莉音は軽やかに跳ねるように起き上がた。そこへ次の砲弾が飛んできた。黛莉の発射した弾に、夬斗の能力糸が巻き付く、また白の色をしたものだ。

 莉音が繰り出した剣の軌道は横だった。砲弾を真正面から受け止めるではなく、流す。刃の上を火花に似た光を撒き散らしながら滑るようにして方向を変えられる。

 能力糸と合体した砲弾は標的の剣さばきにうまく流された。


 くっと悔しそうな黛莉の横で、夬斗は苦笑いしながら言った。


「驚いたぜ。まさか一発で徹甲弾と見極めて、逃れるための太刀筋を決められるなんて。さすが神様なのか、それとも莉音という女性が凄いかだな」

「気味の悪い賞賛に喜んで応えてあげれば、特に夬斗と呼ばれる、アンタ。スキル獲得者なんて呼ばれるレベルを遥かに越えているわね」


 莉音もまた自分を取り戻し冷静な分析だ。


「だから言っただろう。俺たちだって、まるきり当てなしで円眞のアシストに来たわけじゃないぜ」

「どんな手を使ったのよ」

「どんな手もなにも、俺の能力は逢魔街(おうまがい)の神様に対抗できるだけの潜在能力があるって教えてもらったのさ。『金』に属するという、俺にとっては師匠と呼べる人にさ」


 知らされた事実に、莉音は感情を激らせた。


道輝(どうき)が! ウソでしょ」

「本当さ。俺が子供の時から世話に成りっ放しで、感謝してもしきれない人さ」 


 夬斗の真情が伝わってくるからこそ、莉音はいっそう苛立った。


「なによ、なんなのよ。新冶(しんや)といい、奈薙(だいち)といい、百年前を忘れたの。緋人(ひいと)が殺されて、冷鵞(れいが)があんな目に遭ってんのに」


 何を思ったか、莉音が雷の剣を消した。人差し指を立てた右手を掲げる。本来の能力である稲妻を放つ体勢へ入っていく。


「よくよく考えてみれば、アンタたちに剣の力はいらなかったわ。むしろいつもの方が攻撃しやすいから、覚悟しなさい」


 言葉が終わると同時に、轟音を伴った閃光が走った。

 夬斗が頭上に網となる糸を張る。稲妻を受けて眩いほど煌めく。和須如(あすも)兄妹までには届かない。

 莉音は目を怒らせて再び能力を繰り出すべく右手を掲げた。


「もうお止しなさい、莉音」


 いつの間にか傍まで来ていた新冶に、莉音はかみつく。


「手は出さないって約束だったんじゃないの、新冶。いいわよ、きなさいよ。全員まとめて相手してやる」

「落ち着いてください、もう奈薙も来てますよ」


 えっ、と莉音は意識を広げた。

 周囲の足場を悪さを考慮したのだろう。奈薙が両肩に美少女を乗せてやって来たようだ。莉音が目を向けた時は、流花と悠羽を降ろすところだった。


「なんで……」


 信じられないとばかりの莉音に、新冶が真上へ顔を向けて見せた。


「あの二人はもう、我々が届かない領域へ達しています」


 夜にはまだ遠い赤い空に、剣戟を知らせる響きが降りそそいでくる。

 人影はない。真紅の円眞と夕夜の姿は見えない。剣と剣が激しくぶつかり合う音は頻繁に聞こえてくるにも関わらずである。

 呆然した目を上へ向けている莉音へ、新冶が語りかける。


「もはや雷の剣を出したところで追いつくことは叶いません。もはやあの二人に莉音に限らず、我々の誰も付いてはいけないでしょう」


 円眞も人が悪いようなぁ〜、と夬斗がごちている。


「あれだけのことが出来るなら、俺たちの助けなんかいらなかったんじゃないか」

「それは違うと思いますよ。まだ推測の域は出ませんが、ここへ来た時点では戦っている両人ともここまでいくとは想像していなかったのではないでしょうか」

「役に立たなかった、というわけでもなかったんだな」

「ええ、それに何より次元が違う戦いと知れるのが、破壊の波動を起こしていません」


 新冶に指摘されて、改めて全員が空を仰ぐ。

 景色を歪ませるような空気の揺らぎがない。街を壊滅される波動が存在する気配さえない。ただただ刃金が激しくかち合う音だけが聞こえてくる。


 戦況さえ捉えさせない真紅の円眞と夕夜の空中戦だった。


 剣を交えている二人も、今や自分たちが次元を超えた速さで動いている自覚はある。音速を超えることは願っていたが、光速の域までは考えていなかった。少なくとも夕夜はそうだった。


「なんか凄いことになったな」


 夕夜は呟きながらも移動を止めず風の双剣を振るう。

 火と氷といった各々の能力を有する双剣で受け止め弾く真紅の円眞もまた動きを止めない。今度は自分の番だと、逆に打ち込んでくる。

 迎え撃つ夕夜は飛行する中で剣を合わせつつ、言葉のない相手の代わりとばかりに口を動かす。


「まさか自分がここまでやれるなんて思っていなかった」


 剣を合わせるまま、今度は返事をした真紅の円眞だ。


「ああ、それは我れもだ。これは冴闇夕夜(さえやみ ゆうや)、お前が相手だからこそ達した高みだろう」


 夕夜の口許に微笑が浮かぶ。それは今までの酷薄めいたものとは違う、明らかに本来あるべき感情を表していた。 

 

「自分は婿養子に行ったから、今は祁邑(きむら)夕夜だよ。いい加減に覚えろ、オヤジ」

「それはこっちのセリフだ。お前の父親になったつもりはない」

「そう、つれないことを言うなよ。お互い訳わからない存在同士じゃないか、オヤジ」

「夕夜、お前。我れに女がいると知ってから、わざと言っているのではないか」


 にやり、として夕夜は答えない。


 図星か、と呟く真紅の円眞は剣を握る手に力を込めていく。


 お互い弾かれるように左右へ飛んだ。拮抗する力に、戦況がどちらかへ傾くか様相すら見せない。さらに二人の動く速度は増していく。剣と剣がぶつかり合っても、周囲に影響を与えなくなった事実が肌で感じ取れる。

 能力を具現化した剣の威力が現実へ干渉しなくなった。


 ふと、夕夜は思う。 

 このまま戦い続けたら、どうなるか。これほど長く攻撃力を最大にした能力で対等に渡り合う事例はなかったはずだ。自分は未知の領域へ達している。どんな影響や変化がもたらされるのか。このまま得体の知れない次元へ飛び込んでしまうか。そうなったら帰って来られるのか……光りの彼方に彼女の姿が、妻の姿が、ふと浮かんだ。


 なにっ! 夕夜は驚愕でうめく。


 視界から、真紅の円眞が消えた。いや消えたのではない、自分が速さを失っていたのだ。夕夜は足下が凍りついていることに気づく。絶対零度の能力で動きを封じられていた。

 夕夜はかろうじて双剣をかざせた。第六感が働いた、もしくは気配を察してという感じで、見えない太刀を受け止める。斬りつけられた刃から身体を守る。

 だが、そこまでだった。

 夕夜は力負けした。もの凄い速度で落下していく。地響きを立つほどに叩きつけられた。


「夕夜さん」「おい、夕夜」「お兄さん」「おじちゃん」


 自分を呼ぶ懐かしい声に、夕夜は笑みを洩れる。だが次の瞬間、口から血が吹き出した。手をついて上体を上げるが、やっとだ。片膝を着いて瀕死の息を吐けば、目前に降り立つ人影を認めた。


「我れの勝ちだ」


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