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第8章:虹彩ー001ー

 やや陽が翳れば、この街は特殊な状況を迎える。ただ今日は特殊なだけでなく特別をもって備えなければならなかった。


「こんな所にいていいんですか、命の保証はできませんよ」


 ジィちゃんズと一部から呼ばれる三人の老人と、うち一人の妻である八重(やえ)が振り返る。

 声をかけてきた白いスーツに赤いネクタイをした男性が傍にいた。


寛江(かんこう)か、いや新冶(しんや)と呼んだほうがいいか。どうじゃ、音響良さそうな部屋は見つかったか」 


 華坂爺(はなさかじぃ)の問いかけに、以前通りの呼び方でお願いします、と返した新冶だ。ところで、と続けた話題は音響つながりでジャズとなった。趣味の語り合いで延々となりそうだ。

 変な方向へ状況を持っていかないよう配慮したのは八重だった。今はそれどころではない。


「初めまして、お呼びは寛江さんでよろしいでしょうか。以前に、うちの主人を助けていただいたそうで、遅ればせながらがお礼申し上げます」


 横で小柄な多田爺(ただじぃ)が妻に合わせて頭を下げてくる。


「こちらこそ大変お世話になっておりますから、当然です」


 心からかもしれないが、格好つけているような印象を与える新冶だ。寛江であった頃と決定な違いである。

 だが気にかけるべきは趣味であるとばかり内山爺(うちやまじぃ)が叫ぶ。


「当然と言うならば、なんでですかー。レコードはともかく、陶器にぜんぜん興味が湧かないとは何事ですかー。うっちーがあれほど魅力を語ってあげたのに!」

「申し訳ございませんが、器を撫でまわしながら語られては、ちょっと。ダダ引きしていた雪南(せつな)さんの気持ちが判るような気になったくらいです」


 禿頭の爺さんが可愛らしく唇を突き出しての抗議に、新冶がたじたじといった顔である。長らく共にあった逢魔街(おうまがい)の神々と呼ばれる者たちが目にしたら驚く姿を取っていた。

 だが『光の神』とされる人物の最近しか知らなければ、おかしな脱線は日常の出来事だ。ここに集った意味も忘れて、趣味趣向について多田爺も参戦したから雑談は広がる。老人三人は自分の趣味をいかに寛江へ引き継がせるか、駆け引きめいた会話が開始される。

 事態を収めるのは、もはや多田爺の奥方しかいなかった。


「で、いいんですの。これから想像外の戦闘が始まるんでしょ?」


 八重がややきつめで投げつけて、ようやく四人は正気へ返った。いかんいかんと戻ってくれば、「んもぅ」と呆れている可愛いお婆ちゃんだった。


 新冶を伴ったジィちゃんズと八重は改めて今まで目にしていた風景を眺める。

 円状に地は抉れ、都市を象徴する建物はことごとく形を留めていなかった。真紅の円眞(えんま)夕夜(ゆうや)が激突した地点の周囲に位置する、昨日において最も被害を受けた場所だ。


「予想よりだいぶ被害は少ないのぉ」


 額に掌を翳して惨状を眺める華坂爺の感想だ。

 ふぅと軽く息を吐いて新冶もまた続いた。


「マテオから聞いたとは思いますが、紅いエンさんが早々に戦闘を止めてくれたおかげです。あれほど上空だったにも関わらず、神の剣が激突するだけでここまで破壊の圧がもたらされるとは。私が数えた限りでは、討ち合ったのは五回くらいでしかなかったはずです」

「凄まじきじゃな。まともにやり合ったら、街だけで済むかの」

「だから私や奈薙(だいち)にもう一人は、己れの能力の剣化を望みません。けれども、いざという事態が差し迫ったら繰り出すしかならなくなるかもしれませんね」

「ところで寛江。お主、儂らと一緒にいて大丈夫なのか?」


 華坂爺の目の奥が光った。多田爺に八重、内山爺に緊張が走る。

 新冶が笑いながら、手で抑える仕草を見せてきた。


「大丈夫ですよ、彼らはむしろ助けになってくれるかもしれません。もちろん私の監視と牽制も含んでいることは間違いありませんが」


 さほど遠く離れていない所で巨漢と美少女姉妹の姿が確認できた。


 突然、彼らの前に白銀の髪をした少年が現れた。


「ジィちゃんたち、来たんだ。でもこんな所にいたら死んじゃうかもしれないよ」

     

 マテオも新冶と同じ忠告をしてくれば、答えたのは多田爺だ。


「なになに老い先短い身なれば、見たいものは逃せませんな。それに気を遣ってくれる方々いるようで心強い感じがしています」

「マテオ、他に注意が必要な人物はいそうですか?」


 新冶が問えば、マテオが掌を見せて手を振る。


「特にはいないね。死んでも自業自得な野次馬がちらほらいるくらいで、戦況を変えられそうなのは、やっぱり新冶と奈薙くらいだけだよ」 

「こやつは儂らとあっても大丈夫と言うとるが、本当かのぉ」


 華坂爺が念を押せば、質疑の対象となった新冶が苦笑している。様子から察したマテオが、リラックスを誘うような笑みを浮かべた。


「むしろ新冶が動かないことで、奈薙もまた動かない理由になるから、ある意味良かったんじゃないかな。まぁ、あの大男の気質からして紅い黎銕円眞(くろがね えんま)に対して戦意は今のところ昂りそうもないしね」


 マテオの言に、新冶がうなずいている。真紅の円眞が昨日の戦いにおいて悠羽(うれう)を怪我のないよう奈薙の元へ弾き飛ばしたことは明白である。先の戦闘から至る一連の流れからも、戦意すら持っていなそうだ。


「来たようじゃな」


 華坂爺の声に、この場にいる全員が一斉に反応した。


 昨日と同様の場所で、逢魔ヶ刻に至った時に開始とする約束は守られた。


 静かに粛々と真紅の円眞が歩いてくる。

 能力の風を使って、夕夜が飛んでくる。片腕には莉音を抱いていた。


 昨日と同じ場所で再対峙となった。

 遠くで戦況を見つめる者たちは息を詰めた。匹敵する能力を有しているだろうと思われる新冶と奈薙も例外ではない。夕夜の義妹である流花と悠羽には身内の身を憂慮する色が加わっていた。

 神の剣が激突する。前回とは比較にならないほどの打ち合いが予想される。前例がないほどの応酬へ至れば、見守る側の無事もまた定かではない。

 観客の方が戦う当人たち以上に緊張を漲らせていたかもしれない。息を詰めて見守っていたからこそである。


「いつ始まるんですかー、うっちー、ヒマですぞー」


 しばらくして内山爺が挙げた焦れは、誰もの気持ちを代弁していた。

 睨み合う両者が硬直状態なら、まだ納得はできた。だが傍目にも緩い空気が流れているようにしか思えない。見ようによっては大騒ぎしているかのような場面も窺えた。


 あいつら何やってんだよ、とマテオが部外者らしい文句を垂らした時だった。

 新冶が感嘆を洩らしてくる。


「凄いですね、紅い円眞さんは二つの能力を同時に操れるのですか。これなら夕夜さんと莉音の二人掛かりでも……」


 言葉が途切れたのは結論を出すには早すぎる事態を認めたからだ。

 両手に剣を発現させた真紅の円眞と確かに対抗できるだけの能力を夕夜が見せてきた。


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