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第7章:決戦前夜ー004ー

 澄み渡った夜空に明日は快晴の予想を立てながら夬斗(かいと)は足を向ける。

 自社が入るビルの屋上の隅で、地べた座りをしている真紅の円眞(えんま)がいた。後ろ手をついて仰ぐ姿を見れば、何を想うのか。下で重大事項を確認した今だからこそ、気安い態度を心がける夬斗だった。


「なんだか昔を思い出させる寝顔をしてんな」


 真紅の円眞の投げ出した足を枕に眠る黛莉(まゆり)の泣き疲れた顔を覗き込む夬斗だ。


「我れも久々だ。初めて会った夜以来だから感動している」

「それって、こいつが七歳くらいの時か」


 ああ、そうだ、と返してきた真紅の円眞に、夬斗は合点がいったようにうなずく。両親から聞かされた黛莉が行方不明になった一晩を思い出した。

 そうだ、あの頃だ……。夬斗は妹に変化が現れた時期を思い出した。紅い目をした人物が実家へ顔を出していたことは知っていたが、まさかそんな昔からだとは考えてもみなかった。


 真紅の円眞が見ているのか見ていないのか判らない夜空へ向けていた顔を落とした。


「ただ我れとしては残念なのは、涙の跡をつけた寝顔であることだな。こんなところを父上母上に見られたら、一生奴隷が確定だな」


 ははは、と夬斗は乾いた笑いを挙げた。よく聞かされていたフレーズであったが、まさか本当に本人へ向かって言っているとは思わなかった。


「自分の両親ながら、ホント突き抜けててな。変なことばかり言ってたみたいで申し訳ない」

「いや我れとしては、父上母上には感謝しかないぞ。黛莉を生んでくれただけでなく、紅い目をしたおかしな風体でも気にしないで接してくれた」


 紅い目の特徴を本人の口から出れば、夬斗は階下でのやり取りが甦える。

 華坂爺(はなさかじぃ)が疑問を呈していた。なぜ未だ黒い目の円眞を出現させているのか。コントロールは紅い目が握っているようであり、ずっと以前から黛莉とは会っていたようだ。昔ならいざ知らずここにきて平然と正体を現しているように映る。雪南を助けた時点で隠れていたとする理由では弱い気がしてならない。 


 夬斗自身も出会ったのはつい最近だが、思い出は抱えていた。


「親父やお袋がさ、中学くらいになった時くらいからかな。目は紅いけど、おもしろい男の子がいる。ぜったい俺と気が合うはずだって何度も言われたよ。なにを言ってやがるんだ、と言われるたびに思ってたもんだ」


 自分で言って笑いだす夬斗に、真紅の円眞も微笑むかのようだ。

  

「我れも母上に、うちの帰ってこないバカ長男とぜったい親友になれると言われていたぞ」


 バカは余計だろ、と夬斗がしかめ面をすれば、真紅の円眞は今度こそ声を上げて笑った。 

  

 やはり夬斗には百年前の大惨事を引き起こした人物に結びつかない。

 マテオが教える。火の神を殺害し、氷の神は廃人に追い込んで、それらの能力を手に入れたされる真紅の円眞だ。逢魔街へ不可思議な巨大なる光りを呼び、百万単位とされる数の人々を殺害した。能力所有の有無だけでなく、老若男女を問わず刺し貫き絶命させる蛮行だった。

 悪虐非道を行う紅い目をした能力者を、風の神である冴闇夕夜が止めた。それが『神々の黄昏』の決着とされている。 

 黛莉はかわいいな、と寝顔を覗き込んでは呟く真紅の円眞の姿から、とても想像すら無理な夬斗だ。


「なぁ、本当に明日、行くのか?」


 立ち尽くすまま声をかけてくる夬斗を、腰を降ろした真紅の円眞が見上げてくる。

  

「親友は自分が生まれてきた意味を考えたことがあるか?」


 思いもかけない内容に夬斗は戸惑いを隠せない。


「なんだよ、それは」

「我れは、いつどこで誰から生まれたか解らない。ただただ刷り込まれたような使命に従って動いてきただけだ」


 夬斗はなんだかとんでもない告白を聞かされているようだ。


「それは記憶喪失ってことでいいのか?」

「さすが親友、うまい例えだな。そう、そんな感じだ。何にも解らないくせに、たった一つの想いを頼りにして生きてきた感じだ」


 そうか、と夬斗は一言きりだ。

 これにはむしろ真紅の円眞のほうが気にかかったようだ。


「親友はもっと聞きたいことがあったのではないか。なにせ黛莉を捨てて行く、我れは極悪人だぞ」


 吹き出しては笑う夬斗だ。

 これに真紅の円眞は怒るより不思議そうだ。


「我れは、そんなにおもしろいことを言ったのか?」


 いやいやそうじゃなくて、と涙を拭かんばかりに夬斗が答えてから、思い直したように言う。


「確かに、おもしろいな。捨てるも何も、黛莉だけでなく周囲を慮って一人で行くのが見え見えじゃないか」

「えっ、そうなのか。我れは別れを告げた酷い男ではないのか」


 すると夬斗は痛いとばかり胸を押さえるリアクションを取った。


「それ、俺にはシャレになんないんだけど」

「親友は遊び人だったな。これくらいで我れを極悪人としては、立つ瀬がないというわけか」


 ふむふむと納得している真紅の円眞に、夬斗は真面目な調子を差し込ませる。


「ずいぶん自分を悪く捉えたがるよな。俺の妹は凶暴なくせして泣き虫だけど、カレシに別れを言われたその場で涙を流すより、じっと耐えるタイプだぜ」

「さすが親友はアニキだな。言われてみれば、そうだ、そうだったな」

「黛莉が泣くのは、円眞。お前の身を案じてさ。死んで欲しくないだけなのさ」 


 黛莉の頭を投げ出した脚に乗せた真紅の円眞が、じっと見上げてくる。

 息を詰めて次の反応を待つ夬斗だ。だから真紅の円眞が急に頭をかいて照れてくれば、あれれである。おいおいどうした? とする疑問は口にせずとも伝わった。

 いやぁ〜、とばかりに真紅の円眞が口を開く。


「いざ呼び捨てで呼ばれると緊張してしまうものだな。よくよく考えてみれば、そう呼んでくる相手は黛莉しかいなかったんだな」


 続きの言葉は星の見えない夜空を見上げながらだ。


「わけ判らずただ存在してきただけの我れに、黛莉はヒトを好きになるという感情を与えてくれた。父上母上がまだヒトを信じていい心を教えてくれた。そして最後には夬斗が気の許せる友がどれほどのものか見せてくれた」


 真紅の円眞は今一度、夬斗へ顔を向けた。


「こんな我れには、もう充分すぎるほどではないか」



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