第7章:決戦前夜ー003ー
黛莉の頭上で電流の輝きと放電の火花が散っていく。稲光りは地上まで届かない。
雷の攻撃を阻止された者は驚きを隠せない。
「あんた、ただの能力者ではないわね」
莉音から指摘を受けた夬斗は、網状に糸を放った手を掲げた体勢だ。
「俺自身はよく解らないけどな。教えをくれた人が良かったんだろう。確か『金の神』といった立場にあると聞いた」
道輝が! と思わず叫ぶ莉音へ、新冶は今までにない鋭い目つきを送った。
「いきなり黛莉さんを狙いますか。貴女はそんなふうになってしまったのですか」
「そっちこそ、いつからそんな甘くなったのかしら。仲間にすら容赦がなかったのに、今じゃそんな小娘を庇うんだから」
嘲る莉音に、妹を狙われた夬斗の身体が前へ出かけた。出なかったのは、圧倒的と思える能力を見たからだ。
頭上辺りの高さにおいて周囲を覆う光点が出現する。光りの鋭い鏃が宙空に発現されていた。輝く無数の矢を両手をポケットに入れて従える新冶であった。
「話しをずらすのは止めていただけませんか。私の過去や我々の諍いと彼女は関係ないでしょう。莉音はいつからそのような考えをするようになったのですか、残念です」
「紅い目に味方する連中は、みんな敵よ。もちろん逢魔街の神々なんて呼ばれていた頃の仲間だって、排除することにためらいはないわ」
答える莉音の頭上には黒い雲が立ち込める。
光と雷が激突がまさに繰り広げられようとした時だった。
突如として降ってきた。
対峙する新冶と莉音の間へ割って入ってくる位置へ、人影が落ちてくる。地響きを立てて、土煙をもうもうと巻き上げていた。
それを追うように黒い影が下降してくる。
「おいおい、親父。なんだよ、これは」
叩き落とした側の夕夜が、なぜか渋い表情をしている。
鎮まっていく砂塵の中から現れる真紅の円眞の姿は傷だらけだ。それでも新冶を制するように左腕を伸ばし、莉音へ向かって言う。
「オマエたちが争う必要はない。憎しみは我れに向けられるべきものだ。他を巻き込む真似はしてならない」
「まさか途中で剣を止めた理由がそれだなんて言うんじゃないだろうな」
夕夜の苛々した口調だ。
真紅の円眞は黒き格好をした男女へ、火の剣を突き出した。
「逢魔街の『風』と『雷』の神よ、我れがまとめて相手しよう。だがこれ以上の損壊をもたらせば、我れの知人にも被害が及ぶかもしれん。だから提案がある」
思わずといった感じで夕夜と莉音は顔を見合わせる。言葉もなく意志の確認した二人は、返事ではなく表情で先を促した。
「明日の逢魔ヶ刻まで避難するよう勧告を出す。さすれば我ら心置きなく破壊と殺し合いを果たせるというものではないか」
「明日まで延ばせって言う話しか。で、イヤだ、と言ったら?」
微笑みながらも目が笑っていない夕夜の返事に、真紅の円眞は開いた左腕に発現させた。冷たく冴え渡る『氷の剣』であった。
火と氷を刃にした双剣を手に真紅の円眞は言う。
「呑めぬと言うならば、悪いが黛莉や親友にも覚悟を決めてもらって、後ろにいる鬼の姉妹を巻き添えにするしかない。オマエたちが譲歩出来ぬと言うならば、我れは痛みを恐れず直ちに行動を起こすだろう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ふぅ、と息を吐く華坂爺爺は口を開くにも考え込む顔だ。
「被害を抑えるために懸命な行動を取ったというわけじゃな。ラグナロクの首謀者と目されておる者が」
「そんなに驚くことなのか、それ」
夬斗がざっくばらんにくる。
「非情の殺戮者とされてきたからの。そうとでも思わなければ、あれだけのことはできん、と思っておったわな」
言葉の締めが心境の変化を物語る華坂爺に、息を吸い込んでから夬斗が言う。
「今しか見てない俺には、紅い目の親友がああした行動を選ぶのは自然に映った。なんだろう、なんか上手く言えないけれど、これまで会ってきた連中には感じたことがない、会った瞬間から気が合いそうな気がしてならないんだ」
「和須如兄妹は、紅い目のエンくんとは相性がいいようだのぉ」
いきなりモヒカン頭が立ち上がった。藤平が両手の拳を握り締めて訴える。
「やっぱりアニキは悪いヤツではないっすよ。昔は相当のワルだったかもしれないっすけど、今は街に必要な人物なんじゃないっすか。むしろ神様って言う連中のほうがヤバそうに思えるっす」
「それはまだ結論づけられないことだと思うよ」
白銀の髪を横に振るマテオだ。藤平には好感を抱くと共に多少の負い目がまだ拭いきれないから慎重な口振りとなる。どういうことっすか? と藤平に訊かれれば、ちゃんと返答する。
「紅い黎銕円眞が、かつてこの街を壊滅されるほどの殺戮を行なった能力者と自ら認めていれば、それを排除するためやって来た神様たちの行動は正しいと言える。実際、能力を持たない人類側と交わした盟約上、神様同士で集合するなど、何かでもない限りしてはならないとなっているんだ」
へぇ〜といった顔を藤平に限らず皆が一様に浮かべていた。
でも血縁を結んだ場合は外されるけどね、とマテオが加えていた。
さすがはウォーカー家じゃの、と賞賛する華坂爺は次いで個人的な懸念を口にする。
「ところで寛江……じゃないな、新冶は『光の神』の立場として問題になっておらんかの。口振りから察するに、儂らへ寄りすぎのせいで無事かどうか、ちょっと心配じゃ」
「大丈夫、大丈夫。新冶って普段はあんなんだけど、属性は『光』だから。もしかして潜在能力は逢魔街の神様一かもしれないなんて言われるくらいだよ。ただ……」
陽気に手をヒラヒラさせて説明していたマテオが、最後に至っては歯切れが悪い。
どうしたんじゃ? と華坂爺がくれば、マテオは両指を組んでテーブルに肘を置いた。
「新冶は傍観を決め込むしかないだろうね。紅い黎銕円眞に興味を抱いていても、さすがに昔からの仲間とは本気でやり合う気にはなれないだろうし」
「ところでさ、その逢魔街の神様って、何人いるのよ」
彩香が何気なく、とても重要なことを訊く。「そりゃ秘密事項だろう」と夬斗が指摘してくれば、チッと舌打ちした。どさくさで聞き出してやろうと考えていたらしい。
「七人さ。ただしかなり優れた腕を持つ医者が招かれていて、実際の構成は八人だったよ」
おいおい、いいのかよ、と夬斗がツッコむも、マテオは平然と説明し続ける。
「当初の逢魔街は今よりずっと混迷していたからね。法が届かない代わりに、ある程度のルールを植え付けたのは、彼らの功績と言っていいと思う。ただそこに鬼の三姉妹を『風の神』が保護したことで、かなり状況が揺らいだみたいだよ。しかもサミュエル兄さんまで加わった恋愛関係なってさ。それはもう大変だったなぁ」
懐かしそうな顔をするマテオに、彩香は「それで、それからどうなったのよ」とせっつく。
マテオが白銀の髪をした美少年の態を存分に発揮した愛くるしい微笑を浮かべた。
「そんな長くなるような話しなんか、面倒だからするわけないだろ」
「なによ、それー」
叫ぶ彩香は、よほど先が気になるらしい。聞きたい聞きたい、と本当に噂話しには目がないと身を乗り出し迫る。オマエは近所のオバチャンか、と夬斗がいなすくらいである。
華坂爺が、ここは最年長の出番として重要な質問を挙げた。
「それで紅いエンくんは、逢魔街の神様のうち何人を相手にしなければならんのかの」
「たぶんだけど、二人が欠けていて、新冶と奈薙は参戦しなそうで、道輝がこのまま姿を現さなそうだから、夕夜と莉音の二人じゃない」
たった二人か、といった安堵する空気が流れてきたから、マテオは仕方なくといった調子で警告する。
「逢魔街が生まれるよりずっと以前、そう古来からこの地を守護するは風神・雷神だったんだ。そうした系図にある風と雷の揃って相手とは、ある意味最悪が残ったと思っていい。しかも……」
しかもってなんだよ、と緊張感を漲らせた夬斗の訊き返しだ。
後悔を少々表情に滑らせながらマテオは口を開いた。
「かつて紅い黎銕円眞は、逢魔街の神に敗北を喫している。しかも複数相手にじゃない。風の神である冴闇夕夜、たった一人の力によって倒されているんだ」