第6章:神々との対峙ー004ー
黛莉の容赦ない評価に、再びしゃがみこんだ新冶だ。
「おい『光の神』よ、説明が下手すぎるぞ。一般的見地からすれば、逢魔街の神とくれば伝説化されているからな。過度な想像されても仕方がないではないか」
真紅の円眞はそれから黛莉と、その向こうにいる夬斗を含めるようにして話しかける。
「神と言っても、持つ能力が段違いなだけだ。状況や時が神格化を促したが、普段は単なる変わり者の寄せ集めにすぎん連中だぞ」
「えらい言われようですね。普段のエンさんならともかく、紅いエンさんに言われるのは甚だ心外です」
「なんだと、我れを変人どもと一緒くたにするのか」
変なところで我慢できないと立ち上がった新冶に、失礼の自覚がない真紅の円眞である。
不穏な空気を察して割って入るは、夬斗だった。まあまあとばかりに語りかける。
「これからお互いにとって悪くない話しがされるんだよな?」
「そうそう、そうです。さすがはアスモクリーンの社長ですね。黛莉さんに危害を加えようとした寛恕を請うため、得意先の紹介で手を打っていただけないでしょうか、といったお話しをするのでした」
あたし、ヤバかったの! と叫ぶ黛莉を、夬斗が慌てて引き下がらせる。ここで騒がれたら、またややこしくなる。
コホン、と新冶は咳をして見せて、話しを先に進めた功労者であるアスモクリーンの社長へ、まず提案する。
逢魔街の訪問時における護衛の依頼先として指定したい。取引先は世界の誰もが知る大手企業の名が三つも挙がった。
夬斗は驚きで社長より個人の顔が出てしまう。
「こっちとしては願ったり叶ったりだが、それほどの会社がうちみたいな個人企業と契約を結ばせるなんて、簡単には信じがたいぜ」
「私はそういう世界で生きてきたんですよ。そしてアスモクリーンの仕事ぶりは目にしてますから、相手企業にも勧められるわけです」
胸の前で両腕を組んで考え込む夬斗に、「いい話しじゃない」とテンションは高い黛莉である。
和須如兄妹によって威厳を取り戻せた新冶は、次へ向かう。
「クロガネ堂に対しては、まったく個人的な要望になります」
「黛莉を傷つけようとした行為の対価だけはある、とする話しだと期待しているぞ」
ふふふ、と笑い髪を撫でつける新冶に、当の真紅の円眞より和須如兄弟が不安を隠せない。危険といった方向でなく、変人といった方面で大丈夫かといった危惧である。
「私、華坂さんたちにお付きではなく正式に弟子入りしまして」
「ほぅ、クロガネ堂に繋がることとなれば収集に目覚めたというわけか」
「正確に述べれば、華坂さんの趣味にですね。オーディオ環境が整えられたなかで聴いたジャズ! まさに莉音の雷剣でぶった斬られたような衝撃を受けましたよ」
「光の神は、理解に難しい例えをするな。まぁ、それはいいとして、その趣味が我れにどんな利益をもたらすのか。音楽ならダウンロードですむ話しではないか」
いいえ! と、ビクッと和須如兄弟がしてしまうほど、殊更に強い新冶の否定だ。
「私はデジタル処理されたものに手を出す気はありません。レコードです、本物の音を求めるならばアナログです」
「ああ、華坂が偽物でもいいといった、あれか」
「あれを偽物といった類いの話しに持っていくのは、やめてください。今なら華坂さんの怒った気持ちがよく解ります」
「まぁ、いい。つまり『光の神』はレコードとやらの収集において、クロガネ堂を頼りたいというわけだな」
ご明察です、と答える新冶は会心の笑みを浮かべた。
提示された真紅の円眞は腕を組んだ。う〜ん、と唸っている。
どうしたの? と黛莉が訊けば、組んだ腕を解いて頭をかき始めながらおもむろに口を開いた真紅の円眞だ。
「悪い話しではないと思うのだが、黛莉の対価とするにはあまりに安すぎないか。それにこの程度で、我れの保護者でありオーナーが喜ぶように思えん」
「あたしは別にいいけど、確かに彩香はねー。あれ、がめついから」
そんな二人の会話に、「そうだなぁ〜」と夬斗が割り込んでくる。
「黛莉の分に関しては、うちの会社としては充分スゴイぜ。ただクロガネ堂に対しては店の売り上げの名にかこつけて、依頼人が自分の希望を叶えたいだけみたいな気がしてならないんだよな」
ぎくり、とする態度をあからさまに見せた新冶である。まずいと思ったか、慌てて新たな条件を出してきた。
「もちろん収集だけでなく、何かしら卸しの紹介できればお願いするつもりです」
うわーテキトー、と厳しい意見と冷たい目を送る黛莉の横で、真紅の円眞が一歩前へ出る。
「取り敢えず、それで頼む。実務では役に立たない我れであるから、せめて営業面で貢献したいと、彩香の手前、思っていた。実績が作れることは有り難い限りだ」
そう言って真紅の円眞が右手を差し出した。
奈薙と悠羽、それにマテオと流花の内心は驚天動地といったところだ。刃を引っ込め親しげな体勢を取るなど、ここ百年の間に想像すらしなかった。
紅い目の黎銕円眞が『神々の黄昏』で見せたとする姿と、あまりにかけ離れてすぎている。
新冶も驚きはしたものの一瞬で、心底からの微笑で握手に応じかけた。
一陣の風が吹いた。
真紅の円眞と、光の神である新冶の重なりそうな両者の手を薙ぎ払う。二人の間に吹いた風は握手を阻む意思を感じさせた。
まさか、と振り仰ぐ新冶につられるように、その場にいる誰もの視線は上がっていく。
真紅の円眞だけが顔を正面へ向けたままだ。必ずそこへ現れると解っているかのように。
確信は現実へ、となっていく。
砂塵を吹き払いつつ、足が着地する。黒いロングコートの裾が翻る。季節外れの格好を笑うには、青年は美しかった。
空から降りてきた容姿端麗な青年が、にこりと笑いかける。
正面にいる真紅の円眞へ向けた笑顔は、背筋の凍らせる類いのものだ。現に周囲にいる者の表情は硬い。怖れからもたらされる緊張感が和須如兄妹に走っていく。
「ついに来たか、冴闇夕夜」
真紅の円眞が、これまで見せてこなかった険しさだ。
名前を呼ばれた美青年は貼り付けたような笑みのまま答えた。
「やっと、やっと会えて嬉しいよ、オヤジ」
真紅の円眞を父と呼んだ時、夕夜と呼ばれた黒き青年の顔から笑みが消えた。