91 絶対に
翌日。
昔のように、とはいかないまでも、笑顔を浮かべるジェイナとアーリアが作った朝食を食べた美香は、外で太刀を振っていた。
少しでも、重心の移動とリーチに慣れるためである。
「ふっ…ふっ…」
一定のリズムの呼吸と共に、太刀を振る美香。
見た目では、太刀を振り回せるほどの筋肉はないように見えるので、少々異質な光景でもある。
それをしばらく続けていると、美香の部屋からみかんが顔を覗かせる。
「美香〜、お腹減った〜」
「……少し待ってて」
私は今から気を張りつめているというのに、みかんは呑気なものだ、と美香は思わずにはいられなかったが、気を抜くことも大事だと思い直し、太刀を鞘に収める。
その場で深呼吸を1つし、家の中へと入る美香を見て、みかんは頷いていた。
「……」
美香が用意した食事は簡易なものだ。
『コンバート』していた、固めのパンと水。
それと、温めると回答される野菜スープ。
栄養面だけで言えば、朝はそれだけで十分という美香の考えだが、そんな生活を何年も続けていたのかと、親2人の胸は少し傷んだ。
ついでに言えば、みかんは美味しいご飯を希望していたので、不機嫌そうだ。
だが、美香はその誰にも関心を向けずに、考え事をする。
(魔法の構築はすんだ。だけど、今この場で使って、相手に警戒されるのは避けたい。戦闘中に、逃げられないような環境を作って、仕留める)
考えがまとまるのと同時に食べ終わった美香は、立てかけておいた太刀を手に取り、玄関のドアに手をかける。
しかし、そんな美香をジェイナが呼び止める。
「挨拶は…しないの?」
「……」
だが、美香の動きが止まったのは一瞬で、何も言わずに外へと出ていった。
美香からすれば、確かに昔はやってはいたが、今となってはどうでもいい部類なのだろう。
それを理解してしまったジェイナは、悲しそうな、それでいてどこか分かっていたような顔をした。
と、みかんが唐突に大きな声を上げる。
「ごちそうさまでした!」
「…!」
みかんが言うのは予想外だったのだろう。ジェイナはとても驚いた顔をし、笑顔を浮かべた。
「気を、使わせちゃったかしら?」
「いえ、習慣ですから。昔からの」
みかんが心からそう言っていることがわかったジェイナは、ほっとしたような笑顔になった。
「ミカには、いい友達がいたのね」
「……みたいだな」
この少女がいれば、美香が道を違うことはないだろう。
そう信じた2人は、みかんが美香を追って外へ出ていくのを見送った。
「それで、倒さなきゃいけない相手って誰なの?」
「……自分自身」
「……そりゃまた」
今朝に引き続き、太刀を振り続ける美香の後ろで寝っ転がるみかん。
地面は決してキレイとは言えないが、汚いとも言いきれない地面であるが、みかんは服が汚れるのも気にせずその場で寝始める。
服を洗うのは自分自身なので、美香は止める気はない。
さて、と美香は一息つきながら、太刀を鞘に収め、『コンバート』する。
改めて便利な魔法だと思いながら、その場から徒歩で移動を開始した。
「問題は、どこでやるかだけど…」
当初は、この辺りには人がいないからと選んだ場所であったのだが、美香の、ミカ・ヴァルナの父と母が家にいるという事態が起こり、このままここで戦闘を始めてもよいものかと悩んでいた。
美香としては、特に気にする必要は無い。
ミカとしては、大切な人を守りたい。
どちらの気持ちを取るか。どちらも自分あるが故に、美香は悩んでいた。
(もう私は、『美香』として生きると決めた。
だけど、ミカとして過ごした日々が邪魔をする。記憶を消す魔法でもあれば…)
と、そこまで考えたところで、美香は気がつく。
そもそも、自分自身が魔法を創れるではないか、と。
(改めて、私もチートじみて…いや、もうチートね)
自虐的な笑みを浮かべた美香は、すぐに真顔になり魔法作成に取り掛かる。
今回創る魔法は記憶をいじるものだが、忘れるだけなら簡単だ。
だが、操作をするとなると、無かったことをあったことにするために、矛盾を生まないような捏造が必要になる。
ただでさえ、人の記憶は複雑なのだから、気をつけなければいけない点だ。
(自分の記憶に矛盾があっても、それは魔法を使ったからと納得出来る)
だが、問題は、みかんに使うとなった時だ。
美香は、自分自身との決着をつけ、女神へと昇華し、みかんを日本へと返そうと考えている。
ただ、その際異世界での記憶は邪魔になると考えているのだ。
根拠はないが。
「よし。作成完了。リスクは無いはずだから、本当に邪魔になったら使うことにしましょう」
魔法を創るのに時間がかかるだけで、それを行使するだけなら時間はかからない。
『コンバート』していた水を取り出し、それを飲んで一息つく。
美香の後ろではみかんがすやすやと寝息を立てているが、美香はチラリとも見ない。
それから数分後。
美香はみかんを起こし、いよいよ自分を呼ぶことにした。
「それで、どうやって呼ぶの?」
「まぁ、なるようになる」
そう言うと、美香はその場で思いっきり息を吸って、叫んだ。
「見てるんだろう!! ここに、こい!!」
唐突に叫び、しかもその声量がかなりのものだったので、みかんは耳を塞いでしゃがみこんだ。
そして、涙目で美香を恨めしそうに見上げる。
「ちょ、ちょっと…?」
「呼ぶって言ったでしょ。なるようになるとも」
「まさか大声出すとは…もういいや…」
と、みかんが気だるそうに立ち上がったところで、みかんは全身の毛が粟立つのを感じた。
みかんが美香の顔を見ると、真っ直ぐを見据えており、その視線の先には、みかんが最初に集められたあの場所にいた、美香がいた。
「まさか、そっちから呼ぶなんて。決着をつける気になったのね?」
「私を殺して、私は私になる」
「やれるもんなら」
美香同士の会話。
みかんにはさっぱり分からないが、とにかく、これから殺し合いぎ始まることは理解した。
みかんがゴクリと唾を飲み込んだ瞬間、2人の美香は同時に肉薄し、いつの間にか取り出した武器で戦闘を開始した。
「……」
そのあまりにもハイレベルな戦いに、みかんは入ることが出来ず、ただ見ていた。
「『ショートワープ』!」
「知ってる!」
『テレポート』を作る際に出来た副産物。
目指できる場所に自由に移動出来る『ショートワープ』を使い、死角から魔力を纏わせた太刀を振ったが、それをあっさりと防がれる。
「チッ」
「可愛い顔して、舌打ちしない!」
そのお返しとばかりに、衝撃波を放つ。
美香は威力を殺しきれずに太刀を盾にして受けるが、その場で踏みとどまり、更に懐へ踏み込んでいく。
「『イクス・マグナ・レイ』!」
手のひらから全力の魔法を不意打ち気味に放つ美香。
それが予想外だったのか、回避に遅れたようで右腕を魔法が呑み込む。
「いっつ…」
「はぁっ!」
痛みに顔を顰めたのを見た美香は、回復する暇を与えないように攻撃の手を緩めない。
(もう少し…もう少し…!)
と、美香が少し焦り気味になってきたところで、美香がいつも見てきた顔の口元が笑った。
「ざ〜んねん♪」
「!」
ハッとなり後ろを振り向く美香。
美香の周りには、半透明な剣が大量に浮遊していた。
(気づかなかった…!)
目の前の敵に意識を向けすぎて、いとも容易く罠を目の前で張られ、簡単に引っかかったことになる。
そのことに気がついた美香は、自分に対し憤りを感じながら、この状況を打開するため頭を回転させる。
(見た感じ、貫通力はかなり高いけど、耐久力は無さそう。だったら、『イクス・マグナ・レイ』で穴を開けて、そこを通り抜ける!)
ここまで、0.1秒とかかっていない。
それでも、周囲を取り囲む剣との距離はは、最初10mとあったのに、今では7mまで迫っている。
つまり、0.4秒あれば美香は串刺しと言うことだ。
(死んでも、死にきれない!)
瞬時に『イクス・マグナ・レイ』を発動。
美香がギリギリ通れる穴を開けることに成功した美香は、瞬時にその穴に身を投げる。
その際、体のあちこちに裂傷を作ったが、今は些細なことだ。
剣の包囲網を全てかいくぐった美香は、後ろを振り返ると、よく知る顔は驚きの表情に染まっていた。
「驚いた。まさか、抜けるなんて」
「絶対に、殺す」
改めて、美香は口に出す。
15年ほど共にすごした体だ。何も思わない訳では無いが、躊躇うことはもうないだろう。
太刀を肩に担ぎ、左手が地面につくほどに低く姿勢を取る。
横目でみかんを確認すると、彼女は何かを迷っているような表情をしていた。
(やることは変わらない)
すぐに頭の中を切り替え、意識を目の前の相手に集中させる。
これまで以上に強化魔法に魔力を込め、一気に肉薄。
そのスピードが予想以上のものだったのか、目を大きく見開いたのを見た美香は、一瞬でもう片方の腕も斬り飛ばす。
その瞬間、『美香』の体がブレる。
「…!」
「やったわね…私も本気で殺すわよ!」
『美香』の目が光ったと思うと、美香の周囲に先程の剣が大量に出現する。
逃げ場はない。
先ほどと同じような方法では逃げきれない可能性もある。
「チッ…」
手に持つ太刀で、次々と襲いかかる剣を弾いていくが、それでも対処しきれなかった剣が美香の体を切り裂いていく。
どれも深い傷ではないことが幸いしているが、休む間もなく飛んでくる剣に対して、美香はジリ貧状態になっていた。
ように、見えただろう。
チラリと見れば、『美香』の顔は半分勝った気になっている。
(私がどれだけ傷を作ろうとも、絶望的な状況になろうとも、諦めないことをしっかり考えるべきだったわね…『私』!)
最初の包囲を『イクス・マグナ・レイ』で避けたのは、この時のため。
(『ショートワープ』!)
今回2回目の『ショートワープ』。
最初こそ防がれたものの、今の状況では、頭の中からは消えているだろう。
そして、美香の視界は一変する。
先程までは剣とわずかに『美香』しか見えなかったが、今は『美香』の背中が見える。
「………!?」
「はぁぁああああああ!!!」
下から、一気に太刀を振り抜く。
2つに別れた『美香』の体だが、何が起こるかわからない。
美香はありったけの魔力を込め、魔法を起動。
「『イクス・マグナ・レイ』!!」
ジュッ、という音ともに、『美香』の体は消え去った。