90 決戦への準備
美香はとにかく、手当り次第に試すことにした。
自分の半身を呼び出す方法は、まぁ色々ある。
だが、呼び出す場所を考えなければいけない。
「そうなると…」
と、美香は思いつく。
実家だ。
あの辺りは壊滅した村ぐらいしか周りにはなく、人どころか魔物や動物もいない。
「よし、あそこにしよう」
「へ?」
むしゃむしゃととにかく食べまくるみかんの服をつかみ、『テレポート』しようとしたところで、美香の過去が重なる。
それは、何年も前の光景。
『ほんと、よく食べるわね〜…』
『食事は至福の時間。趣味と同じようなもの』
『まぁ、全然食べないよりかはいいけど…私たちがお金に困ってなくてよかったわね』
『ん。感謝してる』
「……」
「どうかした?」
みかんの言葉に、ハッとしる美香。
そこにはもう、あの時の光景はなく、みかんが美香に食事を中断させられている光景が目に映る。
そこで、美香はようやく気づく。
(あぁ…まだ私は、過去を振り切れていない)
決して、本人が見たくて見たものでは無い。
というより、そんなことが出来るなら美香は未だに美香の妄想の3人と旅を続けているだろう。
「なんでもない。それより、行くわよ」
「え、もう?」
美香の言葉を聞き、その場に残っていた朝ごはんを全て平らげ、口元を布で拭き取る。
それを一部始終見ていた美香は、やはり、どうしても重なってしまうのだった。
「ここって…」
「私の家。元、だけど」
『テレポート』でやってきたのは、半壊していた美香の部屋。
部屋の私物は思っていたよりも残っており、懐かしい思い出が蘇る。
「へぇ…美香って、こっちにやってきた時の体は何歳だったの?」
「えっと…6歳だか7歳だか」
「ってことは、精神年齢的にはもう20歳超えてるのかぁ」
「……」
それを聞くと一気に老けたような気がする美香だったが、実際は若返っているので特に言うことは無かった。
と、そこで美香はこの家の違和感に気がつく。
正常な精神状態だからこそ気づけたのだろうか。
この家には、隠蔽魔法がかかっている。
「……?」
みかんが部屋の中を物色するのに夢中になっていることを確認し、美香は部屋から出て1階に降りる。
残っている全ての部屋を確認し、そこで違和感の正体に気がつく。
母であるジェイナの部屋がないのだ。
「確か、この辺りにあったわね」
壁にしか見えない場所に手を置き、美香は『リライト』を発動。
これは、魔法を上書きする魔法で、内容を上書きすることができる。
ただし、発動対象がかなり近い場所にいなければならないので、『イクス・マグナ・レイ』には使用できない。
美香が魔法を発動すると、手を置いていた場所にドアが現れる。
「ビンゴ」
そう言いながら部屋のドアを開けて中に入ると、そこには2人の人物がいた。
「……お父様、お母様」
「よく、気づいたわね」
「さすがは俺たちの子どもだ」
2人の人物は、アーリアとジェイナであった。
「なぜここに?」
なぜジェイナの部屋に2人がいたのか。
再会出来た嬉しさはもちろんある。
だが、それ以上になぜ、という気持ちが大きかった。
美香の問いかけに、ジェイナは素直に答える。
「何年も前に、黒髪の女の子が襲撃したの。私は非常事態専用の魔法を起動して、アーリアを呼び、2人で応戦したわ。
だけど、勝てなかった。その時は負けもしなかったのだけれど、いずれジリ貧で負けるのは確実ね」
「……」
ジェイナとアーリアの2人でも、勝てない。
その事実が、これから美香がしようとしていることの難しさを嫌でもわからせてくる。
ジェイナに魔法で勝てるかどうかはわからないが、お互いに知らない魔法が多すぎるし、アーリアは素の美香であれば足元にも及ばない剣技を持っている。
アーリアは、ため息混じりに言う。
「それで、ここで隠れて過ごしていたわけだ。見逃されたのか気づかれなかったのかは知らんが、な。
幸い俺たちは食事だとか、生活する分には困らない魔法を知っていたから、困るのは性欲ぐらいだったが」
「……」
娘がおかしくなっていたというのに、この男はなんて呑気なことを、と思わずにはいられない美香だったが、その言葉を聞いて顔を真っ赤に染めるジェイナを見て、結局我慢できなかったんだな、と悟る。
「私妹の方がいいな」
「残念ながら子どもはできなかった」
「ちょっと2人とも?」
しかし、これから美香がしようとしていることがことだ。
さすがに、言わずに行くわけにはいかない。
美香は決意したように口を開くが、それよりも先にジェイナが言葉を発した。
「それより、あなたは本当に大丈夫なの? 見たところ、髪の毛も手入れされてないし…」
「あの頃のミカではないことは確かだな…そうだ、あの子たちはどうしたんだ?」
美香は、自身のことをミカとして呼ぶことに少しの罪悪感を覚えながら、あの子たちとはセフィアたちのことを指しているのだろうと察する。
この2人も無関係ではない話だ。
言っても問題ないだろう。
「死んだ」
美香があまりにもあっさりと口にするので、2人は一瞬軽く聞いたが、その言葉の意味を理解した瞬間、2人は渋い顔を作った。
「……それは、どうして?」
「殺された」
「お前がついていたのにか?」
「一瞬だった」
「そう、なのね…」
美香が淡々と、感情を見せずに告げていくことに困惑する2人だったが、美香でも、こんなに感情が湧かないとは思っていなかった。
それは、両親に出会った時も同じである。
(……はて、何が違うのかしらね)
と、そこで話とは関係ないことを思いつく。
ここはジェイナの部屋だ。
であれば、何か、決着を付ける時に使えるものがあるかもしれない。
「お母様、ここにある本は読んでも?」
「え? え、えぇ…」
ジェイナの許可を貰った美香は、立ち尽くす2人を無視して本を漁る。
ここにある本は、広く浅く。
だが、今の美香はヒントさえ貰えれば、そこから広げることが可能だ。
一を聞いて十を知るどころか百知ることも可能だろう。
と、そこで気になるタイトルを見つける。
『女神への昇華』だ。
「……」
女神。
現代からすれば、女神はただ1人ではなく、複数いることになっている。
だが、どうやらこの本によると、世界に女神は『いない』らしい。
ではなぜ、女神への昇華、というタイトルでこの本があるのか。
それは、女神に中途半端になった女がいたからで、この著者がその当人であるからである。
「と、書いてあるけど…」
美香が本に夢中になっている間にジェイナとアーリアは部屋から出ており、1人の空間で美香はそう呟く。
「……」
女神に中途半端になったことにより得た能力は、別世界への干渉。
だが、それにももちろん制限があり、別世界を選べないこと、別世界同士の物質の移動も不可。
つまり、ランダムに覗き込むことしかできないのだと言う。
そこから分かることは、『この世界での女神』という扱いということだ。
(別世界を、ということは、別世界からしたらこっちも別世界。さすがに現代に女神はいないだろうけど…)
と、そこまで考えて頭を振る。
問題は、他の世界に女神がいることではない。
なる方法を考えなければ。
(上手く行けば、みかんは戻せるかもしれない…)
その時は、みかんの力が残るのかどうかという問題もあるが、それは今は置いておくべきだろう。
ふぅ、と一息つき、美香は魔法の構築に入る。
今回は、簡単に作る訳には行かない。
自身の人間という存在を作り替えることになるのだから。
(……作り替える? 上書きするのと変わらないかも?)
そのことに気がついた美香は、他にめぼしい本がないかを確認して、部屋から出た。
「みかん、何してるの?」
「いや、こんなのがあったんだけどさ」
自室に戻った美香は、ものを漁っているみかんに何をしているのかと問いかけたが、帰ってきた返事は思ってもみないものだった。
みかんが手に持ってたのは、白く輝く太刀。
はて、こんなものが部屋にあっただろうか、と考えていると、みかんは、正確には美香の部屋から出てきたものではないという。
「これ、そこのボロくなった壁から出てきたの」
「壁…?」
みかんが指さしたところを見てみると、確かに壁に窪みができており、断面から見ても脆くはなっている。
中を覗き込むと、美香が見ただけでもわかる、一等級の武器や防具が転がっていた。
恐らく、というか確実にアーリアのものだろう。
「……」
決戦に使えなくはないだろう。
だが、使い慣れていないものを身につけたところで、勝てるものも勝てなくなる可能性もある。
時間があれば売り飛ばしでもしたのに、と美香は思いながらその部屋を後にする。
そして、みかんが持っていた太刀を受け取る。
身長も伸びている今の美香は160あるかないかというところ。
だが、この太刀はどうやら170はありそうだ。
鞘から抜こうとして、美香は外に出る。
どう考えても部屋では抜けなかったからだ。
それに続いてみかんも外に出るが、美香が何かしようとしているのに興味を持ったのではなく、単純に外に出たかったようだ。
屋根は半分ないので、美香の部屋も半分外といえば外だが。
「……」
高い音を立てながら、鞘から抜き放つ。
腕の長さの関係上、美香は鞘を投げ捨てる。
「結構、いい太刀かも」
美香の判断によると、使える部類に入るようだ。
元々獲物がなく、もし相手が剣なり刀なり持ち出していたらリーチ的に不利だとは考えていたようだ。
投げ捨てた鞘を拾い、剣を太刀を収める。
あとは、魔法の構築だけだ。
残り数話ですので、それまでどうぞ、お付き合い下さい
終わると同時ぐらいに、また別の作品を始めますので、その時はそちらもよろしくお願いします
次回作は異世界ものではない、と思います()