89 みかんの実力とは
2人での夕食も終わり、みかんが風呂からあがって2人同じベッドで寝ている中、美香はしばらく起きて考え事をしていた。
(私の名前が美香になった以上、なんとかしないといけないわよね)
それは、本来の美香の体を持っている存在だ。
どちらも本物の美香ではある。
だが、存在できるのはどちらか片方だけだ。
みかんと2人で、どこかに隠居してもいいが、必ずバレる。
そうなると、こっちから打って出て、それから安心して過ごせばいい、となる。
「……」
ただ、1つ懸念があるとすれば、みかんの戦力だ。
みかんがそれなりに戦えるのであれば、是非とも力を借りたいところだが、そうでなければ、事情を説明するも良し、置いて出て、決着をつけるも良しだ。
勝敗は、この際考えないことにする。
どちらにせよ、美香は死んでも勝たなければならないことは変わらない。
「……ふぅ…」
1人で考えていても埒が開かないと考えた美香は、明日、みかんが起きた時にみかんの意志を確かめることにして、目を閉じた。
「ふわぁ…」
朝8時。
みかんが起床したので、美香は早速とばかりにみかんに問いかける。
「ねえ、聞きたいことがあるんだけど」
「は、早いね…美香…。うん、なに?」
「仮に、私が命をかけて決着をつけなきゃいけない相手がいたら、みかんはどうする?」
「……へ?」
美香の問いかけに、みかんは間抜けな声を出す。
朝起き抜けにする質問ではなかったか、と美香は頭をかく。
だが、みかんは急に真面目な顔になり、美香を真っ直ぐ見る。
「……美香が困ってるなら、助けるよ」
「……うん、そっか」
美香は、頷いてそう言う。
予想では、助けないと言う確率が高かったのだが、と、美香は少し驚く。
初めて会った時のみかんであれば、多少仲良くとも何かしら理由をつけて断ると思っていたのだ。
(……何かあったのかしら)
とはいえ、みかんがそう言ってくれるのは心強い。
どの程度の実力を持っているのかは不明だが、日本人が持つチート級の身体能力は信頼できるだろう。
と、そこでみかんのお腹が空腹を訴える音を出す。
「……ご飯にしましょうか」
「あ、あは…」
「それじゃ、みかんがどれだけの力を持ってるのか確かめないと」
「あれ、仮に、の話じゃなかったの…?」
「ええ。実際、近々その予定があるわ」
そういう訳で、みかんの実力を見るために近場の山に来た2人は、特に依頼を受けたわけではないが、害でしかないと言われているライオットボウ、いわゆる凶暴な猪を狩りに来ていた。
ライオットボウは基本群れで行動し、その名のごとく集団で暴動を起こしたかのような音を起こしながら、敵へと突っ込んでいく。
ではどう狩るのかと言うと、基本的には火属性魔法などで逃げ場を無くし、後は遠距離攻撃で仕留めるだけ。
ライオットボウ自体の皮は薄く、しっかりと弓を引けば致命傷までいく。
今回は、そんなライオットボウを正規の攻略法ではなく、力によるゴリ押しで討伐してもらうことになった。
「よし、見ててね」
「ん」
みかんが自信満々に肩を回す後ろで、美香は腕を組んでそう短く答える。
見晴らしのいい場所にいたのは、ライオットボウ40体。
群れで行動するといっても、これだけ多いのは稀だ。
「どれだけいようと関係ないけど…」
そう呟くみかんの顔は、美香が初めて見たみかんの顔によく似ていた。
(……?)
しかし、美香の疑問が解決する前に、みかんの表情は変わる。
そして、体を沈みこませ、一気にライオットボウへと接近。
その場でライオットボウを直接殴り始め、全て片付けるまで数分しかかからなかった。
「まあ、これ相手ならこんなもんだよ」
「……」
『これ相手なら』というのも、ライオットボウは下級魔物として有名だ。
故に、初めて依頼を受けたパーティが勘違いして簡単だと思って受けたら痛い目を見る、というのも有名な話だが。
だったら、と美香は『クレアボヤンス』を発動する。
要するに千里眼であるこの魔法で、美香は近場のダンジョンを探す。
この魔法、ダンジョンの中も見ることが出来るので、内部にいる魔物の強さもわかる。
なんてずるい魔法なんだ、と思うかもしれないが、これを使っている美香の五感は千里眼でわかる視覚しか機能しなくなり、この魔法をとくまで本体、美香の体にナイフを刺されても気づかないという欠点がある。
魔法を解除し、美香は自身に異常がないかを確認する。
特に異常はないようだ。
と、確認を終えた所で、みかんが美香の顔を心配そうに覗き込んでいた。
「…? どうしたの?」
「あ、いや、なんか急に意識がどっかにいっちゃってたから」
「あぁ…まぁ気にしなくていいよ。それより…」
『向こうでも試してもらっていい?』と訪ねようとしたところで、大きな地鳴りが起きた。
グラグラと揺れる地面を見つめながら、美香は不思議に思う。
(地震? ……そういえば、この世界で地震って1回でもあったかしら…)
顎に手を当て、グラグラ揺れる美香。
そんな美香にしがみつくみかん。
「ふおぉぉぉゆれてるよおおおお」
「……暑苦しい」
美香は嫌そうな顔をするが、みかんの頭を撫でる程度の優しさもあるようだ。
とはいえ、揺れる時間が思いのほか長い。
美香が眉をひそめていると、地震が収まる。
天変地異の前触れか、と少しふざけたことを考えていた美香だが、現在進行形で抱きついたままのみかんが涙目で言った。
「て、てててて天変地異の前触れだよ!?」
「慌てすぎ…それと、考えすぎ。ついでに、離れて」
美香がそう言うも、離れようとしないみかん。
みかんの頭を撫でながら息を吐き、辺りの様子を伺う。
すると、周りにいた無害な動物、小さな魔物達が一斉に同じ方向に走り出す。
その様子に一瞬身を固くする美香だが、2人の横を通り抜けたことで、様子がおかしいことに気がつく。
(私たちを襲おうとしたわけじゃない…まぁ、色んな種が一斉に行動を起こすことが異常だけど)
そして、前方に気配を感じ、目をスッと細める。
そんな美香の様子に気がついたみかんは、美香から離れ、視線の先に顔をむける。
それと同時に、気をなぎ倒しながら、いわゆるドラゴンが現れた。
(……やっぱり、口から炎とか吐くのかしら)
美香はそんな呑気なことを考えつつ、自身に強化魔法を付与。
右手に魔力を込め、1歩踏み出そうとしたところで、みかんが前に出る。
「ちょうどいいや、これで試そう」
「……」
ドラゴンの全長は約40m。
まだドラゴン相手との距離があるとはいえ、気をなぎ倒しながら近づくその迫力は満点だ。
そんな相手に、みかんは笑みすら浮かべて歩みを進める。
その後ろを、美香はついていくのだが、美香はドラゴンを見ず、かといってみかんも見ずにただ横を見ながら歩いていた。
(……最近、こうして何も考えずに歩くことが少なかったから、いい機会ね)
ドラゴンと戦闘するなら、30編成の部隊が100単位で吹き飛ぶ被害を覚悟しなければならない。
その点において美香は、国を余裕で吹き飛ばすことが可能だろう。
問題は、みかんがどの程度だが。
「さて、やろっか」
みかんは、両の拳を胸の前で合わせ、自信満々の顔でドラゴンがこちらへ来るのを待つ。
出来れば、ドラゴンがブレスを吐く前になんとかしてもらわないと、この辺り一体が焼け野原なのだが、と美香は思うが、任せることにした以上特に何も言わないようだ。
(そういえば…昔、ダンジョン内でこんなのとやったわね)
その時は、強化魔法を2つしか付与できないこともあって、服が焦げたりしたが、今では無傷だろう。
そいつを倒した時は、セフィアが…。
「……」
そこまで考えて、美香は頭を振る。
過去を懐かしむのは、悪いことではない。
だが、美香は今自分が懐かしんだ訳では無いことを理解していた。
美香がそうこうしている間に、みかんはドラゴンと対峙していた。
「グルウ…」
「……スタートアップ」
ドラゴンが1歩踏み出した瞬間、みかんはそう呟き、合わせていた両の拳が光を纏う。
「……!」
その光は、美香が作った『イクス・マグナ・レイ』に酷似していた。
美香が見たところ、恐らく性質も似ている。
その光を纏ったまま、みかんは一気にドラゴンの眼前へと接近する。
(なかなか…速いわね)
そして両腕を後ろに振りかぶり、海老反り状態から一気に腕を振る。
それはまるで、腰の部分が折れ、前にも後ろにも倒れるようになったフィギュアのようだった。
(みかんの体ってすごい柔らかいのね…)
そして、みかんの拳がドラゴンの眉間…と言うのだろうか。
目と目の間に当たった瞬間、ドラゴンの首から上が無くなった。
無くなった、というよりは。
(消し飛んだ…かしら。多分小さな肉の塊が向こうの方に転がってたりしそうね)
かなりの高さから着地したみかんは、とてとてと美香の元へと駆け寄る。
「どう?」
「……まぁ、いいんじゃないかしら」
よくよく考えてみると、倒さなければならない美香の半身の全力を見たことがないので、判断が出来ないことに気がついた美香は、なんでもいいかと考えた。
(見たところ、まだ本気じゃなさそうだし、みかんも連れてっても大丈夫でしょ)
なんともアバウトな考え方だが、本来の美香が、戻ってきたようでもある。
みかんの力も見たところで、次だ。
(私を呼び出す方法が、まだわからない…適当に呼べば来るのかしら)
今まで寄ってきた町に手当り次第『テレポート』し、情報を集めるのでもいい。
だが、時間がかかる。
「……」
「美香、どうかした?」
「いや、なんでも」
ドラゴンを解体する手が止まっていたのだろう。
みかんが心配そうに美香の顔を覗き込んだ。
こちらの世界に来て、力を手にして、陰キャから陽キャに変化したみかんに、美香は内心驚いていた。
「……」
「ぐぇ。思ったよりグロい」
ただ、変な声をあげるのは陰キャなままのようだが。