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88 名前を

ここのところ、過去を思い出すことが多くなってきたと、ミカは思う。


とはいえ、それも仕方の無いことか、とも思ってもいる。


今までは、知人には全く会わなかったのに、この数日で複数人に会ったからだろう。


会いたくても、会えない人もいるというのに。


「……」


ミカは、やはり目的はあるものの、情報は得られないままただ歩いていた。

先程立ち寄った町では、腹を満たすものを買っただけだ。


(最近、食にも興味がなくなってきた)


自分でも自覚する程度には、興味がないらしい。

前までは、セフィアやカナの、愛のある料理が常に出てきた。

だが今では、不特定多数に向けて販売されているものを、買い食いしているだけ。


(結局のところ、私は愛を受けられない運命なのかしらね)


そんなことを考えなら、ミカは自虐的な笑みを浮かべる。











「……この町、いや、村は潰れたのかしら」


ミカが立ち寄った町は、廃墟と言っても差し支えないほどには建物はボロボロで、人気はなかった。

手を置けば、レンガで建てた家は崩れ、木造の家は見てわかるほどに腐っている。


「……あそこにも家が…?」


丘の上にも、何かがあることに気が付き、目をこらすと、そこにも家があるのに気がついた。

ミカはしばらく歩き、その家に辿り着く。


これまでの家とは違い、まだ外観は残っており、半分は崩れているが、半分は無事な状態だ。


ドアを開ける必要は無いが、なんとなくドアを開けて中に入ったミカは、中を見ていく。


「……」


風呂場に、脱衣所。

恐らくキッチンもあったのだろう。

部屋は、どうやら階段があるので、2階にあるようだ。


「……?」


階段を上がろうと足を向けると、そこから足が動かなくなってしまった。

特に魔法がかかっているように見られず、何が起きているのか分からないミカは、無理矢理階段へと向かう。


「……なんだったのかしら」


1度階段に足をかけると、そこからは嘘のように足が軽くなり、どんどん上がっていく。

足をかける度に階段がギシギシと言っていたが、ミカは気にした様子はなく上がる。


階段を上がると、そこには屋根裏のような空間が広がっていた。

ような、というのは、やはり半分ほどはなくなっており、断言出来るほど残ってはいないからだ。


「……特に何も無い、か」


ミカの興味を引くようなものはなく、結局、ここも下の村も、何年か放置されたものなのだろう。

恐らく、全員で移動したのが1番有力だ。


「……」


ある程度歩いたところで、ふと、後ろを振り返った。

坂道を登っていたからか、丘の上の家が、自分の目線と同じ位置にあるように見えた。


ミカは、なんとなく、その家が気になったのだが、体がそれを拒むかのように、再び歩き出した。












歩いて。

歩いて。

歩いて。

歩いて。

歩いて。


どこまで歩けば、終わりが見えるのだろう。


(……いっそのこと、楽に…)


そう思い、ミカはレイピアの『コンバート』を解除し、手に持つ。

逆手に持ち、自分に向けて構えたところで、ミカは考える。


果たして、楽になってもいいのだろうか、と。

何か、まだ、何かをやり残しているような、そんな気がしてならない。


そのまま考え込んでいると、気がついた時には、視線の先に人がいた。


「……」


その人物は、ミカとは逆の進行方向に進んでいるらしい。


ああ、ちょうどいい、とミカは思った。


彼だか彼女だかはわからないが、あの人に刺してもらおう、と。


「……あの」


「はい?」


ミカが話しかけ、帰ってきた声は思っていたよりも低い声で、男性だということに気がつく。


(好都合ね。男の人の方が、こういうことに慣れてる確率は高い)


そして、ミカは男にレイピアを渡し、目の前で手を広げた。


「お願いがあるんです」


「は? いや、その前にこれは…」


「私を、殺してくれませんか?」


ミカが微笑を浮かべながらそう言うと、男が息を呑むのがはっきりと伝わった。


だが、男は何も言わず、動きもしない。

それを見たミカは、報酬が無かったと思い出した。


「お礼ならば、なんでも用意しましょう。お金なら、言われた分だけ。私の体なら、お好きなように。武器であれば、言われた水準の武器を。ですから、殺して…」


そこまで言ったところで、男はミカの目の前で細切れになった。


「……え?」


ミカの体前面部に、男の血が飛び散る。


いや、その血は最初から付いていた。


「……」


瞬きをした瞬間、ミカの見えていた世界が変わった。

いや、『元に戻った』と言えばいいだろうか。


ミカの心を守るために、嫌な記憶は忘れ、嫌な情報は入らないように、無意識になっていたのだ。


本当は、わかっていた。


「……わかってたんだ。セフィアも、カナも、セリナも、みんな死んだ。あの時、死んだんだ。さっき行った丘の上の家だって、あれは元々私の実家だった。

今まで立ち寄った町だって、活気に溢れていた町なんて1つもなかった。屋台も出してなくて、私が自分で作ってたんだ。

……ちくしょう。わかってたんだ…」


ぽたぽたと、涙をこぼしながら、ミカはその場に座り込んで1人で喋っていた。


「わかってたんだ…でも、認めたくなかった…1人になるのは、怖かった…誰かが待ってるって、そう信じたかったんだ…」











それから、しばらくミカが泣いていると、足音が聞こえた。


「……?」


涙をぬぐって、足音のする方を向く。

この地域どころか、世界には人はかなり減っていたはず。

生きている人と出会うのは貴重だ。


ミカが目を向けると、そこには、いつしか、友達になった彼女がいた。


「……人、いた」


「…みかん…?」


相変わらず、その顔は全てに面倒くさそうで、変わらないみかんに、ミカは安心感を覚えた。

だが、それと同時に、あのダンジョンでのみかんも思い出す。


「……」


「……」


ミカは、なんとなく居心地が悪くなって、その場から立ち去ろうとした。

その時、みかんが声を大にしてミカに言った。


「待って! …美香、なんでしょ?」


「……!」


まさか、自分が勝元美香であることが、みかんには分かるのだろうか。

ミカは、久々に、名前を呼ばれ、思わず振り返る。

その顔は泣いていて、みかんはギョッとした。


「な、泣いてるの?」


「あっ…こ、これは…」


涙は収まったと思っていたミカだが、みかんに名前を呼ばれたことでまた出てきたのだろうか。


慌てて袖でぬぐい、ミカは懐かしく思う。

涙を流したのは、いつぶりだっただろうか。


(………ずっと、逃げてたから、かな)


「みか?」


「あ、ご、ごめん」


それから、ミカとみかんはしばらく、木に背を預けて話をしていた。


ミカの今までのことと、みかんのこれまでのこと。

みかんは、あの時いた人たちと行動を共にしていたらしいが、かなり強い魔物に襲われたらしく、半数が食い殺され、残ったメンバーは散り散りに。

イケメン野郎はなんとか逃げたようだが、今も生きているかどうかは不明なようだ。


それからは、強化された身体能力を使って、死なない程度に金を稼ぎ、過ごしていたのだと言う。


ある程度話し切ったところで、みかんはミカに言う。


「ところで、みかって、美香なの? ミカなの?」


「……??」


ミカが『?』マークを頭上に浮かべたところで、みかんはハッとする。


「あ、ごめん。こういうこと」


辺りから木の棒を拾い、地面にガリガリと文字を書く。

その文字は日本語のもので、ミカは一瞬読み方が分からなかった。


地面に書かれた文字は、『美香』なのか、『ミカ』なのか。

こちらでの名前がカタカナ表記なのは、向こうで、日本でそう教えられていた。

漢字で当てはめるのも、ひらがなに当てはめるのもおかしいのだろう。


「……どっちが、いいかな」


「私に聞くの…?」


悩んだ挙句、ミカはみかんに答えを求めた。

求められたみかんも困ったようにうなる。


「うーん…私としては、『美香』だけど…でも、見た目が『ミカ』だもんね…」


うーん、うーんと唸り続けたみかんは、やがて答えを決めたようにミカを見る。


「決めた、『美香』にしよ」


「……うん、それでいいなら」


今日、この日この瞬間から、ミカの名前は『美香』に、戻った。












「これからどうするの?」


「……それは…」


みかんにそう聞かれ、美香は言い淀む。

そもそも、今日まで旅を続けていのだって、美香自身が現実から目を逸らしていたからで、しっかりと現実を見た今は、特に目的はなくなってしまった。


幸い、美香もみかんも、実力には自信がある。

美香に至っては、目を背け続けた年月でかなり強くなっていた。


2人は少し話し合ったところで、美香が今まで続けていた仕事で過ごしていくことに決めた。

もちろん、美香はみかんに仕事内容は伝えていない。


(まぁ、仕事しなくてもしばらく暮らせるほどにはお金はあるけど)












すっかり日も暮れ、宿の部屋で休んでいた美香は、ベッドに横になったところで、じわりと涙を浮かべた。


何か考えていたわけではなかったのだが、無意識に出ていたようだ。


(……みかんに会ってから、泣く頻度も上がったわね)


目元を袖で拭い、バスタブに魔法でお湯をため、服を『コンバート』して湯につかる。

現在みかんは、食事を買うために外に出ている。


「ふぅ……」


しばらく水浴びしかしていなかったからか、疲れが染みでるかのようだ。

ここで寝られるとまで思った時、『コンバート』していたものがあったと思い出す。


それは、かなり最初の方に作った『シャンプー』と『リンスー』、『コンディショナー』に『ボディーソープ』だ。

リンスーとコンディショナーの何が違うのか分からない美香は、とりあえずシャンプーで頭を洗い、リンスーをつけ、洗い流した後、コンディショナーをつけた。


コンディショナーも洗い流し、ボディーソープを手に取った時、タオルも何も無いことに気がついた。

しょうがないとため息をついた美香は、手に出し、手で泡だたせた。


自分の体を細かく洗い、届かない背中の部分は時空を繋げて洗った。











「ただいま〜…」


「おかえり」


約10分ほどで風呂から上がった美香は、その30分後に帰ってきたみかんを迎えた。

美香の顔をじっと見つめたみかんは、ふと呟いた。


「……やっぱり、こっちの世界は辛かった?」


「……?」


みかんのその言葉の意味が分からず、美香は首を傾げる。

確かに、言われてみれば辛いこともあったが、日本にいた頃よりは生き生きとしていただろう。

だが、今、みかんがそういう理由が分からなかった。


みかんは、美香の顔を見て言う。


「最初に会った時に比べて、感情が無くなってたから」


「……」


それもそうだろう。

ミカがしてきた仕事が仕事だ。

感情があれば動きが鈍ってしまう。

相手が素人ならばそれでもいいが、戦い慣れている相手だとそうもいかない。

手こずり、少しでも不自然な音を立ててしまえば、周りの人に気づかれる可能性も上がる。

そうなると、面倒事が増えるのだ。


「それを言うなら、みかんだって、社交的になった」


「そ、そうかな…言われてみればそうかも…」


美香がそう言うと、みかんは照れたように頬をかいた。

そこで、玄関でずっと立っていたことに気が付き、みかんは奥に進み椅子に座る。


「ま、まぁ、それはもういいや。お腹減ったし、ご飯食べよう」


「うん」


そして、外で買ってきたご飯を食べる2人。

値段は決して安くはなく、特別美味しい訳では無い。だが、全世界で人という人が減っている中、仕方の無いことなのだろう。


美香にとっては、値段などはどうでもよく、みかんと食べる食事、というよりかは、誰かと食べる食事自体が、何年ぶりかと思い返していた。


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