83 自分自身です
「……久しぶり、になるのかな?」
ミカの数m先には、毎朝鏡で見てきた本当の自分自身の顔がある。
その事実を、まだ受け止めきれずにいるミカは、開いた口が塞がらなかった。
「……」
「ふふ、そんな鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔して、どうしたの? 感動の再会ってやつじゃないの?」
美香は、両手を広げて薄く笑う。
その笑みが、あまりにも冷たいもので、ミカは最初に感じた感覚を思い出し、剣を構え直す。
それを見た美香は、大袈裟に肩を竦めた。
「やだなぁ、私に敵意はないっていうのに」
「信用出来ないわね」
そのミカの一言を受け、美香は視線をセフィアたち3人に移す。
その目は、可哀想なものを見る目だった。
「……あまりにも実力差が開くと、相手が警戒しなければならない脅威なのかどうかの判断がつかないのよ」
「あら、さすが私。わかるのね?」
ミカに納得する美香。
2人の間には、奇妙な空気が流れていた。
それもそうだろう。
ミカからすれば、かつての自分自身と会話しているのだから。
(……改めて見ても、顔つきはあの時から変わってないように見える…)
「ねえ、もしかして…」
「ええ。私はこの世界に飛ばされてから数週間しか経ってないわ。最初は、ヘンテコなスーツのせいで意識が朦朧としてたけど」
原因はやはりそれか、とミカは心の中で愚痴る。
転移する瞬間、スーツが光だしたというのも、記憶に残っている。
ミカが未だに剣を構えていることに不快感を感じたのか、美香は眉をひそめる。
「ねぇ…そろそろそれどけてくれない?」
「断る、と言ったら?」
「そうねぇ…こうするわ」
美香が手を上げ、降ろす。
その瞬間、ミカの後方で爆発が起きる。
「!?」
反射的に振り返ると、セフィアとカナが道の端左右に吹き飛ばされ、セリナは全身ズタボロにして立っていた。
メイド2人は意識を失っているようだが、セリナの瞳はまだ光を失っていないようだ。
(ホッ…よかっ…!?)
安堵すると同時に、背中に鋭い痛みが走る。
そのままミカは吹き飛び、セリナにぶつかる。
「っ!」
「ご、ごめっ」
そのまま2人はゴロゴロ転がり、木にぶつかって止まる。
ミカは慌てて立ち上がろうとするが、背中に激痛が走り、立ち上がることが出来ない。
「ッ…!?」
震える手で、『ヒール』を使用する。
痛みはまだ若干残るものの、戦える程度にはなったと判断したミカは、セリナの上からどく。
「ごめん、セリナ、私がなんとかするから!」
セリナの反応を待たずに、ミカは駆け出す。
ミカが全力でかけた強化魔法を貫通する攻撃を相手が持っている以上、不用意に攻撃を受けることは出来ない。
しかし、強化魔法をかけたミカのスピードを見切るほどの実力をもった相手だと、攻撃を避けることも難しい。
ミカが持っている、有効かもしれないカードは、あと1枚。
(どこかで、『イクス・マグナ・レイ』を…チャンスは1度。うまくやりなさいよ、私)
チャンスを作るために、ミカは剣を横に振る。
しかし、剣が美香の体に当たった瞬間、剣が砕けてしまった。
「…!」
「あら? ごめんなさいね、そんなに脆いとは思わなくて」
美香の余裕ある発言を無視し、ミカはバックステップで距離を取る。
そして、手元の長さが半分になった剣を見る。
斬れ味、耐久力ともに抜群だった、国で1番の武術の達人アーリアからもらった剣だ。
だがいまは、想い出に浸っている訳には行かない。
剣を『コンバート』させ、同時に、レイピアを取り出す。
「戦る気満々な所申し訳ないけど、私これ以上私とは戦いたくないのよね」
「……」
「それに、実力の差もかなりついてるみたいだし…」
「チート、ってやつよね」
ミカの言葉に、美香は感心したように頷く。
「うんうん、さすが私。その通りなんだけど、私は少々特別みたい。だから、『私』に強くなってもらうチャンスをあげるよ」
「チャンス?」
そう言うと美香は手のひらをミカに向ける。
ミカは咄嗟にレイピアを体の前に持ってくるが、美香の口元がニヤリと歪んだ。
「人は、大切なものを失って修羅と覚醒することがある。ただそれと同時に、壊れる可能性もある。さあ、『私』はどっち?」
美香がそこまで言うと、辺りを光りが包み込んだ。
目を開けていても、真っ白な世界に包まれたミカは、思わず防御姿勢を取る。
しかし、しばらく何も痛みを感じず、次にミカが目を開いた時、『周囲の』異変に気がついた。
「……ここは」
辺りを見渡しても、あるのは荒廃した土地のみ。
何かがあったことは辛うじてわかるものの、それが何なのかわからないものばかりだ。
「あらあら、やりすぎちゃったみたい」
ミカの背後から、声が聞こえる。
振り返ると、そこにいたのは、ローブを脱いだのか、以前着ていたピチピチのスーツの上にパーカーを着ている状態になっていた。
ローブは黒で、パーカーとスーツも黒。
どれだけ黒が好きなんだ、と普段のミカなら考えるところだが、今はそんな呑気なことを考えている場合ではない。
ミカは、手に持っていたレイピアを構えようとして、気がつく。
「ああ、ごめんなさい。武器は一緒に消しちゃった」
「……」
武器があろうがなかろうが、どちらにせよ今のミカが勝てる確率は限りなく低い。
もはや無いと言っても過言ではないだろう。
「それで、チャンスってのは?」
「おや、やっと話をする気になってくれたか」
結局、ミカはとりあえず話をすることにしたようだ。
セフィアとカナ、セリナたち3人の安否も不明だ。
今この場で不用意にしかけて、返り討ちにあってもしょうがないだろう。
「まぁ、私の、ミカとしての過去は見せてもらったよ」
「過去を…?」
「どうやらミカには、知識が足りないみたい」
「…そりゃ、まだあんまり時間がたってないんだし、あんたと違ってチートもないし」
「んー…あんま大差ないと思うけど…まぁ、時間がなかったのは確かだし、環境も良くなかった」
そう言うと、美香はその場でくるくる回りながら言い始めた。
「ミカ・ヴァルナには、魔法を創る才能があった。それこそ、今の常識を軽く超える魔法を。良い例が、『イクス・マグナ・レイ』」
黙って聞いているミカに対し、美香は饒舌に語る。
「以前母親にも言われたでしょう? それを軽々とするミカ・ヴァルナだけど、敵を殺すことに特化した魔法を思いつけなかったのは、痛かったわね」
それを聞いたミカは、瞬時に魔法を構築する。
チートを持っている美香にここまで言われたのだ。
その身をもって味わってもらうのが良いだろう。
だが、今まで作った魔法だって、咄嗟に作った魔法は単純な魔法で、複雑な魔法は時間をかけなければ作れなかった。
「ええい、『イクス・マグナ・レイ』!」
全力の魔力を込めたミカの魔法が、突然放たれる。
それを見た美香は驚愕の色に顔を染め、その場から姿を消した。
「……手応えは、なかった」
チャンスはここしかない。まさかここではうたないだろうという裏をついたミカだったが、後出しで美香は避けた。
突き出した腕を、ミカはゆっくりと下げる。
そして、ため息を1つ。
「……あんな感じになってるなんて、思わないじゃない…」
まさか、かつての自分自身がああいう風になっているとは思わなかったのだ。
ただ、気になることは言っていた。
「こっちに来てから数週間…でも私は数年。他の転移者も早い段階で来ている人と、そうじゃない人がいる…どうしてかしら?」
ミカがそう呟くも、帰ってくる言葉はない。
ミカは1人、またため息を1つ。
「とにかく、今私が出来ることをするしかないわよね」
これからの目的は、セフィア、カナ、セリナの3人の安否の確認と、自分をなんとかするの2つ。
どちらもかなりの年月がかかることが予想される。
それに加え、美香が言っていたあの言葉。
(『失って強くなる』…いまは、やれることをやるしかないわよね)
そしてミカは、『テレポート』でその場から去った。