82 再出発です!
朝、ふと起きたミカはベッドから体を起こし、窓から外を見る。
「……」
未だに朝起きた時、周りの光景が見慣れた景色ではない、自分の部屋ではないことに違和感を感じる日がある。
「……」
ついでに、ホームシックにもなる。
まぁ、彼女の自分自身の意思で異世界に来ているわけではないのだが。
ミカが起きたのを察知したセフィアとカナも、その数分後に起き上がる。
彼女達は、ミカの命令で抱き枕になっているので、寝ている場所はミカの両隣だ。
セリナはと言えば、寝相が段々と酷くなってきたので、1人でベッドに寝かせている。
最初に『1人で寝なさい』と宣言した時は、それはそれは悲しそうな顔をしたが、夜な夜な首を締められたりするミカからすると死活問題だった。
今では、セリナも慣れたようだが。
「おはようございます、お嬢様」
「今朝ははやいんですねぇ…」
朝でもハキハキしているセフィアと、朝は弱いのか、まだ口が回っていないカナ。
(セフィアはメイドっぽくていいし、カナは可愛いし。いや、2人ともメイドなんだけどね?)
そんな2人に、ミカは笑顔で答える。
「ええ、おはよう」
しかし、そこからの2人の動きは早い。
ミカがベッドから降りるのと同時に、セフィアはミカの着替えを。カナはベッドを整える。
超一流のベッドメイキングのような状態になると同時に、ミカの着替えも終わる。
セリナはもう1つのベッドでまだ寝ている。
彼女の睡眠は深い。
次いで、セフィアはセリナを起こす作業、カナはミカの朝食の準備を始める。
その間ミカは放置されるのだが、その時間をただ待ってあるのでは、無駄な時間になってしまう。
そこで。
「私は遊びを考えた…」
「お嬢様、どうなされました?」
「いや、なんでもない」
彼女が考える遊びとは。
先日セリナに貰った花冠を、外から見て構造を把握し、同じようなものを作るという遊びだ。
厳密に遊びなのかと言えば、答えはノーだが…。
「ここが…え、どこいった?」
生前、というより、以前のミカの体は可憐な容姿をしてはいたが、本人に花に対する関心があまり無く、都会っ子だったのもあるので、花冠は画面越しですら見たことは無い。
そうこうしている間に、セリナがミカの横に椅子を持ってきて座る。
(今日はセリナの勝ちか)
今日は、というのも、こうした朝を送るのはいつもなので、ミカが勝手に心の中で朝食が出来るのが先かセリナが起きるのが先かを競っているのだ。
たまに賭けたりもするが、1人でやっているので、損得はない。
「お嬢様、準備が出来ました」
「それじゃ、みんなでご飯にしましょうか」
「さあ、北を目指すわよ」
「はい」
「お嬢様、この町でやり残したことはございませんか?」
「ん〜…ええ、大丈夫。さぁ、出発よ!」
宿から出て、高らかに出発の合図を出すミカ。
普通なら、出発は朝早くなのだが、いかんせんセリナは朝が弱い。
故に、昼過ぎからの出発である。
「むぅ…徒歩」
「しょうがないよ、歩いていこ?」
セリナが頬をふくらませ、ミカが励ます。
なぜ彼女達が歩いているのかは、単純に馬車が空いてなかった、というのもある。
宿の前まで来た馬車は既に返却しており、次にいつ出発するか分からなかったので、準備をしていなかったのだ。
ミカが励ますも、未だに頬を膨らませているセリナ。
そんな彼女の横から、スッとカツサンド(のようなもの)が差し出される。
「これは…!」
素早い動きでカツサンドを受け取り、一気に口いっぱいに頬張る。
「…!…!」
「セフィア、今のは?」
「今朝作った、サンドイッチでございます」
「もちろん、お嬢様の分もありますよ! おひとつ如何ですか?」
セフィアが説明し、カナが手にさげているカゴを胸の前に持ち上げる。
ミカは横目でサンドイッチを頬張っているセリナを見て、頷く。
「そうね、1つもらおうかしら」
「はい、どうぞ!」
カナから手渡しされたミカは、受け取りそのまま口に運ぶ。
その食べ方はお嬢様のものだが、歩きながら食べるのはらしくはないだろう。
美香とミカが混ざった結果だ。
そして、ミカは美味しさに驚く。
「これ、美味しいわね。サンドイッチがこんなに美味しいと感じたのは初めてよ」
「えへへ、お嬢様に褒められて嬉しいです」
ミカが褒めると、カナが頬に手を当て嬉しそうにくねくね動く。
それを見たミカは、カナが作ったのかとセフィアを見ると、彼女も薄く微笑んでいる。
「2人で作ったの?」
「はい。お嬢様のことを思って作らせていただきました」
「ふふ、嬉しいこと言ってくれるわね」
ここで、『じゃあどうして最初にお嬢様に出さなかったの?』と口に出さないほどには、カナは成長したようである。
ちなみに、最初にミカに出さなかった理由は、食べ物系は最初にセリナ、というのをミカが決めているからである。
決めている、と言っても、心の中で決めているだけなので、カナが知らないのも無理はない。
ミカの考えが読めると言っても、そこに意識を集中させなければ分からないこともあるのだ。
その点に関していえば、セフィアはミカのプロを名乗れるかもしれない。
とはいえ、セリナが文句を言うのも、ミカには分からなくはない。
「先の見えないゴールほど、辛いものは無い…」
先の見えないゴールとは、勝元美香の体を探すことだが、今のところノープランだ。
ただ単純に、手がかりがないのがかなりキツい。
「……」
(自分のわがままに、これ以上付き合わせられないわよね…)
ミカの先を歩く3人を見る。
今まで、特にセフィアとは1番付き合いが長い。
恐らくだが、ミカが付いてきてと言えば、彼女たちは付いてくるだろうし、これ以上は付いてこなくていと言っても、無理矢理付いてくるだろう。
その優しさにこれまで甘えてきたミカだが、そろそろ自立しなければと、彼女自身は考えているようだ。
(となれば、実力行使よね)
そして、決意を固めた瞬間、それは起きた。
何も無い道を歩いている4人の前に、突然人が現れたのだ。
それは本当に突然すぎて、4人全員がその人をただ見つめているだけだった。
(……私が使っている『テレポート』に似たような何かという考えもある。けど、それなら多少の魔力の反応もあるはず…まるで、存在を空間に上書きしたみたいな…)
ミカの予想は、『最初からそこにいた』という事実をそこを上書きしたというもの。
しかし、そんな魔法が仮にあったとしても、発動させることが可能なのだろうか。
4人が見つめている人物は、黒のローブを着ていて、フードをかぶり、前を閉じ、それ以外に見えるのは黒の靴。
全身黒ずくめで、男か女かも判別はつかない。
その人物の頭が少し上がり、口元が見えるようになる。
その口元は、笑っていた。
「……!!」
それを見た瞬間、ミカは総毛立つのを感じた。
このままただ見ているだけというのはまずい。それを直感的に理解したミカは、すぐに行動に移る。
相手に向かって踏み込むと同時に、『筋力上昇』『アクイバレント・エクスチェンジ』を全力でかける。
続いて、『コンバート』させていた剣を出し、一気に距離を詰める。
「やぁぁぁああああ!!!」
沈みこませた体を一気に跳ねあげさせ、剣をその勢いを乗せて一気に上に振り抜く。
しかし、ミカの剣をわずかな身の動きで避け、フードを斬る程度に収まった。
その勢いで、フードが外れ、顔が明らかになる。
その顔は、ミカがよく見ていた、誰よりも付き合いが長い顔だった。
「…私…!?」
フードに隠されていた顔は、勝元美香の顔だったのだ。