76 ミノタウロスって、牛の被り物をした人間みたいです
次回は、EXの話をあげようと思ってます
誤字報告、ありがとうございます!
私自身、見返して、その度に修正はしているのですが…本当にありがたいです!
「して、お嬢様は結局、あの手紙は誰にあてたものだったのですか?」
セフィアが、手配した馬車の点検をしながら、ミカにそう問い掛ける。
それを聞いたミカは、カナに服装のチェックをされながら答えた。
「もちろん、お父様よ。謝罪と、これから頑張るってことを書いたわ」
そのミカが書いた手紙は、既に父であるアーリアの手に渡っており、アーリアは泣きながら手紙を読んでいたのだが、ミカが知る由もない。
「ん、これからどこに行く?」
先に馬車に乗り込んでいたセリナが、窓の部分から頭をひょこっと出しながら、わくわくした様子で言う。
「そうね…少し確かめたいこともあるのだけど、それはついでだし、とりあえずは旅行みたいな感じね」
「旅行、楽しみ」
セリナは、それだけ言うと馬車の中でゴソゴソと音を出し、再びミカ達の前に顔を出した。
「早く行こう。待ちきれない」
何かをもぐもぐしながら喋るセリナ。
それを見たミカは、セリナは色んなところの食べ物に対して待ちきれないと言っていることに気がつく。
「別に、旅行が楽しいわけじゃないのね」
それに比べて、ミカは全てのことに対してわくわくしている。
なにせ、友達とは言えないかもしれないが、同年代か、それに近い人達と色んなところを旅するのだ。
美香としてボッチを極めるところだったミカからすれば、そう考えていた。
「それでは、行きましょうか」
「ええ、そうね」
とはいえ、ただ旅行する訳では無い。
もちろん、ミカには目的がある。
(まずは、私の体を探す。だから、向かうのは北。その途中で私の別の目的が果たせれば儲けものだけど、まあいいでしょう)
旅行は、建前…とまではいかないが、本来の目的は体探し。
「それではお嬢様、向かいましょうか」
「ええ、そうね」
カナがそう言いながら手を出し、ミカがその手を取り、馬車の中に入る。
馬車の中の足元を見ると、既に何かしらの食べ物が入っていたのであろう袋がいくつも転がっていた。
「……セリナ、これは」
「……すぅ」
ミカが横目でセリナを見ると、ミカに名前を呼ばれた瞬間ビクリと震え、狸寝入りを始めた。
ミカがセリナを見ている間に、セフィアとカナがゴミを片付ける。
その手際は、瞬き1つ…とまではいかないが、2つほどで片付けを終えた。
ミカはため息を1つし、セリナの頭を撫でる。
「セリナ…勝手に食べた分、食料が減ったわ。しっかり働いてね?」
「……」
セリナは再び、身を震わせた。
「お嬢様、到着です」
「ここは…」
ミカたち4人組は、泊まっていた宿から北へ数時間移動したところにある、また別の組合の正面へと来ていた。
どこに移動するにも、お金は必要だ。ならば、情報を集めながら、お金を集める。
これが、最善策だと、セフィアは考えていた。
組合の作りは、外も中も見た目は変わらず、良くも悪くも、といった感じであった。
「……ここらでは見ない顔ね」
ミカたちが受付まで歩いていくと、そこには無愛想な女性が立っていた。
(恐らく、彼女が職員…なんだろうけど、顔半分が髪で隠れてて表情が分かりにくい!)
「はい。私達は旅行をしている身でして」
「なるほど。登録は既にすんでいるのでしょうか?」
「とーろく?」
ミカが間抜けな顔をしながら間抜けな声を出すと、セフィアが懐から4枚のカードを取り出した。
外見は黒のカード。それを見た瞬間、ミカも思い出す。
「あ、それのことね」
「はい、その通りです。こちらを組合に提出することで、ある程度の身元と、どのような依頼を受けたのかが分かります」
「へぇ…よく出来てるのね」
ミカはセフィアの説明に感嘆し、職員を見る。
ミカと目が合った職員は、うっすらと、微笑んだ。
(笑った! なんだ、結構いい人なんじゃない…)
そして、組合でのカード照合も特に問題なく終わり、依頼を物色していた4人は、あまり時間がかからず、それでいてミカが納得するような依頼を見つけた。
その内容とは。
「『ミノタウロス討伐』…え、ちょっと待って。私達は駆け出しの冒険者よ? こんなの相手出来るの?」
ミカは、セフィアが手にした依頼書を見て、首をかしげながら言った。
しかし、ミカの言葉を聞いた3人は、同じように首をかしげ、カナが代表して口を開いた。
「お嬢様は、あのアーリア様と互角の戦いをしたのですよ? ミノタウロスなど、相手にならないかと」
「……」
そう言えば、とミカは思い出し、もう一度依頼書を見る。
内容は、ミノタウロスの討伐だが、数は3体。
ミノタウロスを倒すとなると、熟練の冒険者が3人ほど必要になると書いてあるので、本来ならその熟練の冒険者9人必要ということになるのだが。
「9人分を、私1人で?」
「もちろん、私達もサポートはしますが、頼りにはならないかと」
ミカがそう聞くと、セフィアとカナが申し訳なさそうな顔でそう言った。
そのまま視線をずらし、セリナを見ると、彼女はやる気満々であった。
「……セリナ?」
「私も頑張る。だから、ミカも頑張ろ?」
「……うん、頑張る」
アーリアとそこそこやれるセリナが頑張るのなら、私はいらないのでは、と思うミカだったが、何かあってからでは遅い。
ミカも、出来ることはやろうと決意するのだった。
「セフィア、来たわよ」
「はい。手筈通りに動きますね」
ミノタウロスが生息している地域から少しだけ歩き、街が近い場所へと移動していたミカは、そこでミノタウロスの気配を感じ、セフィアに伝える。
ミノタウロスを討伐する依頼だが、その数は3体。であれば、群れに突っ込んで3体まとめて倒すのが楽、なのだが、街に近いところを徘徊しているとの情報も聞いたので、どうせならそっちを倒そうと考えたミカ達。
(街の人達が、私みたいに強いわけじゃないことは分かりきっているものね。力を持つものにはそれ相応の責任があるってやつよ)
そして、セリナをセフィアとカナの護衛にその場に置き、ミカはミノタウロスの気配がする方へと走り出した。
『筋力上昇』をかけ、ミカは足元の草木を蹴り飛ばしながら直進し、ミノタウロスと対峙する。
大きさは、2m後半、だろうか。
手足は人間のような作りをしており、顔は闘牛のような感じ。
ムキムキの体をしており、ミノタウロスも鍛えたりするんだろうか、などと考えたミカだった。
(だって、ただ生活しているだけじゃそんな体にはならないでしょ。…いや、それは異世界だと通用しないのかしら)
とはいえ、考えているだけでは、ミノタウロスは倒せない。
依頼のため、ミカは『コンバート』していた、再び刀身が黒く染まった剣を取り出し、ミノタウロスを薙ぎ払った。
「さすがお嬢様です」
「ええ。…でも、このまま戻っても、信じてもらえないわよね」
ミカは、あれから数分でミノタウロスを3体倒し、討伐の証拠になる角を切り取り、3人の元へと戻ってきていた。
カナは、ミカの言葉に首をかしげ、口を開く。
「信じるも何も、お嬢様が持っているそれが証拠ですが」
「そうじゃなくて…私たちの見た目が綺麗すぎ、ってところよ」
そもそも、ミノタウロスは冒険者3人分。
この人数なら倒せるが、外から見れば、戦うのはミカとセリナだけで、セフィアとカナはメイドだ。
2人で倒したにしては、戦っていないセリナはともかく、ミカも綺麗なままというのは、少しおかしい。
「その場で何か言われなくても、目をつけられそうなのよね…」
「……そうですね、では、お嬢様とセリナ様が組手をしてはいかがでしょう」
「「え?」」
そして、セフィアが出した案に、ミカとセリナが同時に言葉を発する。
「いえ、お嬢様とセリナ様が本気でやりあえば、どちらか片方だけでも汚れると思いますので、より汚れた方を『私が頑張った』アピールでもすれば、と思いまして」
「なるほど…」
と、納得しかけて、ミカは質問をする。
「でも、汚れるってことなら、普通に泥とか付ければいいんじゃないの?」
「相手は組合の職員です。冒険者が疲れているかどうかは、すぐに見分けられるのでは?」
「……確かに」
セフィアの言うことも最もだ、と考えているうちに、ミノタウロス遺体は既に消えていた。
「…あら?」
「魔物の死体でしたら、死後、何もしない状態が続けば、数秒で溶けて無くなります。この性質を利用して、死体を利用するネクロマンサーなる者がいますので、ご注意を」
「へえ、やっぱりいるのね」
カナがそう説明すると、ミカがやはり、と理解し、セフィアがさすがですと頷く。
それを横目で見ていたセリナが、ミカ達からある程度距離を置いたと思うと、剣を抜いた。
「……セリナ?」
「やるんでしょ? なら、早くしないと」
セリナはどうやら、先程提案した作に乗っかっているようだった。
とはいえ、真剣でやるのは、いくらなんでも殺し合いではないのだから、とミカは思い、提案する。
「だったら、剣は無しでやりましょう。危ないし」
そうミカが言い、剣をセフィアに預けたのを見たセリナは、自身が持っていた剣をカナに預け、お互い素手での戦闘体制に入る。
「それじゃあ、行くよ」
「ええ。いつでもいいわよ」
そして、大人顔負けの、幼い2人のバトルが始まった。
「はー…はー…」
「これだけやれば十分よね。戻るわよ」
結果としては、セリナの拳がミカの胴体や顔を捉えることは1度も無く、セリナは地面に転がされてばかりだった。
どう攻めても、全て防がれたセリナは次第に焦り始め、ミカにより転ばされ始め、最終的にはセリナの体力切れで戦闘は終わった。
「お疲れ様です、お嬢様」
セフィアがそう労い、カナがタオルを渡す。
「ええ、ありがとう」
ミカが笑顔で受け取ると、カナは同じように、セリナにもタオルを渡す。
「セリナ様も、お疲れ様です」
「ん…ありが、と」
まだ呼吸が整っていないセリナは、少し言葉を切らしながらも、カナにお礼を言うと、カナは笑顔で頷いて、ミカの元へと戻って行った。
「……遠い、な」
セリナは、3人が聞こえないような声で、小さく呟いた。