63 過去の記憶です
毎回、タイトルで悩んでしまいます。
タイトルを決めてから書いた方がいいのでしょうか。
それは、遠い昔の記憶。
「これ、喜ぶかな」
デパートの中で、美香はネックレスを見ていた。
光の誕生日が近づいてきたことに気がついた美香は、父の日に光へとプレゼントを送りために家から出てきていた。
「これ、ください!」
光がしている仕事が仕事なため、お金には困っていない美香。
数十万するネックレスを購入した彼女は、笑顔で家へと帰ってきた。
「ただいま〜…って、いるわけないよね」
彼女の母は、仕事の関係上、美香が家にいる時にはいないことが多い。
それでも、イベントがある度に家に帰ってきてくれたりするので、まだいい方だ。
だが、光とは全く会わない。
(懐かしいなぁ、この記憶)
ミカは、美香としての記憶をなぞっているのだと確信した。
過去に経験したことがある、というのもそうだが、意識はハッキリしているのに、体は勝手に動く。
「お父さんは…いない、か。しょうがないよね」
美香はそう言うと、綺麗に包装されたネックレスを、光が帰ってきた時に分かるように机の上に置く。
「お父さん、喜んでくれるかなぁ…」
ミカは、この後どうなるのかを知っている。
そして、同じ気持ちは味わいたくないとも思った。
その瞬間、ミカの視界は一転し、寮のミカの自室の天井が一面に映っている。
ミカは首を動かして周りを見ると、ベッドの側に立ちながら寝ているセフィアと、地面に転がって寝ているカナとサナがギリギリ見えた。
そんな3人を見て、ミカはほっと息を吐く。
「夢で、本当によかったわ」
あの後、美香が置いたプレゼントは、光が受け取ることは無かった。
誕生日を過ぎ、1週間が経過しても、そのプレゼントがその場から動くことは無く、仕方なく美香は母親に渡した。
何度経験したか分からない、光の誕生日。
ミカは、体を起こし、考えをまとめる。
(お父さんが私に、本当にあんなことを考えていたのなら、それは嬉しい。だけど、信じ切れない私もいる)
それは仕方の無いことだ。
長年、美香の思いを踏みにじられてきたと思っていたのだから、突然『思っていた』などと言われても、『本当に?』となるのは当然なことなのである。
ミカがベッドから降りると、セフィアが目を覚ます。
「お嬢様、もう大丈夫なのですか?」
「ええ。心配かけたわね」
セフィアには、ミカがあんなに精神が乱れるような理由は分からなかったが、聞いたりはしない。
ミカが自分から話すまで待つつもりだ。
ミカは、セフィアから差し出された水が入ったコップを受け取り、一口飲んでから言う。
「セフィア、あの人はなんて?」
「何かしらの対価を求めたところ、何も出せないとのことです。ですので、お嬢様に決断を委ねる形で通信を切りました。お嬢様が決め次第、また連絡するとは言いましたが、連絡する必要は無いでしょう」
「そう…。そうね、それもそうだわ。ありがとう、セフィア」
「いえ、私の役目ですから」
そうセフィアは言うと、ミカからコップを受け取り、片付けに向かう。
そんなセフィアの背中を見て、そのまま地面で寝ている2人を見るミカ。
(……この2人も、言ってしまえば被害者なのよね)
異世界へと渡らされた日本人は、誰もが学生で、拒否権は無かった。
カナとサナも、同様にそうだったのだろう。
(姉妹だから、まだマシだったかもしれないわね)
ミカがここに来る前に見た、いじめられている気弱そうな男の子。
あの子は、強い異能力に目覚めでもしない限り、こちらの世界では早々に死んでしまうかするだろう。
ミカがカナとサナの2人の頭を撫でていると、カナがむくりと起き上がった。
「…起こしちゃったわね」
「い、いえ、私は……そんなことより、大丈夫なのですか?」
「ええ、私はね」
ミカが笑顔を見せながらそう言うが、カナは立ち上がり、何かを決意した顔でミカを見下ろす。
「わた、私…!」
「…?」
と、何かを言おうとした瞬間、カナはその場で土下座をし始めた。
(立ったり土下座したり忙しい子ね)
カナはそのまま、額を地面に付けながら言った。
「私を、恩人さんのように強くしてください!」
「その前に1つ。私のことはミカでいいから」
「ではミカさん、私を、強くしてください!」
ミカの冷静なツッコミを、カナは素直に受け止め、再びミカにお願いをする。
正直に言うと、ミカにはこれを断る理由は無い。
(それに、同じクラスの子達に教えている魔法を、この子にも教えればいいのだから)
以前、ミカはクラスの女子に囲まれた時に、魔法を教えると言ってしまった。
今でも教えることを欠かしたことは無いが、魔法をわかりやすく説明しているだけで、ミカの復習の場にもなっている。
「わかったわ。それじゃ、週一で私がやってる、家庭教師みたいなのがあるから、そこに……」
「いえ、そうではなく!」
ミカが説明していると、それに被さるようにカナが言う。
その顔は、必死そのものだった。
ミカが不思議に思っていると、カナはミカを真っ直ぐに見据えて言う。
「私を、誰にも負けないくらい、強くして欲しいんです!」
「……そう思う理由は?」
カナの意志の強さを感じ取ったミカは、理由を聞く。
断ることは無い。だが、理由次第ではミカの力の入れ具合も変わるのだ。
「私、ミカさんに恩返しがしたいんです!」
「えっと……」
(それ、恩返しするために恩売ってない?)
本末転倒ではないか、とミカが口から出しそうになった所で、セフィアが横から言う。
「であれば、カナさんもメイドになるというのはいかがでしょう」
「いいんですか!?」
「えっ!?」
カナとミカが、それぞれ別の意味で驚きの声をあげる。
カナが、セフィアに駆け寄る。
「い、い、い、いいんですか!?」
「はい。もちろん、お嬢様が許可していただければ、ですが」
「ど、どうでしょうかお嬢様!」
まだミカのメイドにはなっていないのに、ミカのことをお嬢様呼びするカナ。
ミカは一旦カナから視線を外し、サナを見る。
「……サナは、どう思う?」
「私はカナがしたいことをしたらいい、と思います」
サナはそう言い、カナの肩に手を置く。
「カナ、あなたが後悔しないなら、信じた道を生きなさい」
「お姉ちゃん…」
カナが妹だったのか、とミカは考えながら、サナを見る。
サナはミカの視線に気づき、ミカの方を向いて言う。
「カナのこと、よろしくお願いします」
「あなたは…どうするの?」
「私は、他の日本人が迷惑をかけないかどうかを見て、見つけ次第始末していきます」
サナが言う物騒な内容に、カナは驚く。
とはいえ、ミカは予想はしていた内容だった。
(あんな顔でカナと話していたら、さすがにね)
そして、ミカが止める理由もまた、無い。
ミカはサナに、アーリアから貰ったレイピアのレプリカを差し出す。
「……これは」
「私から餞別、みたいなものよ。……ただ、絶対に返しに来なさい。死ぬことは許さないわ」
「……ありがとうございます」
ミカからレイピアを受け取ったサナは、大事そうに抱えて部屋の扉に手をかける。
そして振り返り、カナと一瞬見つめあった後、扉を開けて出て行った。
「……元気でね」
カナがそう呟いたのを、ミカは窓の外を見ながら聞いていた。
「それではお嬢様、カナさんの教育に入りますので、一度自宅に移動させてもらえないでしょうか」
「え、ええ。わかったわ」
ミカは許可を出していないのだが、カナをミカのメイドにすることは決定事項のようだった。
「『テレポート』」
ミカと一緒にテレポートした2人は、外で紅茶を飲んでいたジェイナの元へと向かっていった。
「……堕落の予感」
既に堕落しているミカだが、これ以上堕落するというのだろうか。
ミカは、ジェイナと話しているセフィアとカナを見て、自室に入っていった。