56 ダンジョンに突入、2回目です!
「ここが『30番目のダンジョン』だといいわね」
「そうですね、お嬢様」
ミカとセフィアは、酒場と店で得た情報の中で、1番重なったダンジョンに来ていた。
外見は、かつてクリアしたダンジョンと変わらないようだが、番号の看板が立っていないように見える。
番号が分からないことをセフィアに伝えると、返答は想定通りのものだった。
「それでは、実際に入ってみるしかありませんね」
「…そうよね。もしかしたら、あの鍵は入口の鍵かもしれないし」
そもそも、ダンジョンの攻略難易度は総じて高い。
ミカの年齢の子どもが何百人と集まろうが攻略は出来ないものであり、アーリアレベルが何人かいてクリアできるレベルだろう。
ミカは、そのことを忘れているので、ダンジョンを攻略したと自慢することもないのだが、それとは別として、危機管理が出来ていないとも言えるだろう。
ミカはセフィアと共に、一旦持ち物の確認をしてから、中に入る。
ミカに、慢心の色は見えなかった。
「はっ!」
「お疲れ様です、お嬢様」
ダンジョン内での魔物、ゴブリンの首を飛ばし、ミカはセフィアから差し出されたタオルを受け取る。
タオルで汗をふき取ったミカは、辺りを見渡して言う。
「それにしても、まだつかないのかしら?」
「確実に近づいてはおりますが、かなり遠いですね」
「うへぇ……」
ミカはセフィアにタオルを返し、再び歩き始める。
ダンジョン内の魔物は、特に何かを落とす訳では無いが、殺しきる前に腕を斬り落とせば、武器の回収が可能だ。
ただ、ミカは今はそれに構う余裕は無い。
いちいち『コンバート』するのも面倒ではあるし、他人の目がある中で『コンバート』を見せるような行動は控えたかったのだ。
ようやく、自身が使っている魔法の価値を理解したようである。
ミカが、これからの資金調達をどうしようかと考えていると、セフィアが血相を変えてミカの方を振り向く。
「? セフィア?」
「お嬢様、一旦ここから離れなければ!」
「な、なによ…どうしたの?」
あまりのセフィアの必死さに、ミカは少し驚きながら聞く。
しかし、セフィアはミカな質問には答えず、とにかくこの場から離れることを勧めてくる。
「お嬢様、これ以上先に進めば、誰も倒すことが出来ていない魔物に遭遇します! この相手ばかりは、お嬢様でも危険です!」
「……どんな魔物なのよ、それ」
ミカは、セフィアの言う魔物に興味が出てしまい、『サーチ』で場所を確認する。
確かに、何かが曲がり角を曲がった先にいることが分かったミカ。
しかし、ミカは。
「……セフィアはここにいて。私はちょっと行ってくる」
「お嬢様!?」
セフィアは、ミカよりも曲がり角の先にいる魔物の強さを感じているのだろう。
しかし、その魔物を倒せなければ、この先も苦しくなる。
ミカは、『アクイバレント・エクスチェンジ』を自身に全力で付与し、駆け出す。
「お嬢様!」
セフィアが止めようと叫んでいるのが分かるが、ミカは止まらない。
そのまま曲がり角を曲がった先には広場があり、人型の魔物がいた。
全身は黒く染め上げられ、大きさは、以前入ったダンジョンのボスのドラゴンよりも大きい。
手の先から伸びている鈍色に輝くそれは、恐らく爪にあたるものだろう。
「……先手必勝、よね」
ミカは、自身が倒れない程度に魔力を注ぎ込んで、魔法を発動させる。
右手を前に突きだし、魔法を唱える。
「『イクス・マグナ・レイ』!」
ミカが放った必殺の魔法を、人型の魔物は超人的な加速で避けてみせた。
(うっそでしょ…!? 胴体吹き飛ばすほどの大きさで打ったのよ…!)
魔法を避けられ、一瞬動揺したが、ミカはすぐに気持ちを切り替える。
『イクス・マグナ・レイ』を避けられたのは、正面から打ったからかもしれないが、これ以上の無駄な魔力消費は避けたい。
もう一度打つ分には問題ないが、避けられると形勢は悪くなるだけだ。
それに加え、ミカの手持ちの魔法は少ない。
「こんなことなら、実用段階までそれぞれの魔法を覚えてくるんだったわね」
魔法を使うことは可能だが、それはどれも実用段階に至っていない。
ミカが剣を構えると、魔物は先程の加速はせずに、ミカに向かってくる。
「はっ!」
体格差を生かし、ミカはすれ違いざまに魔物の体を斬り裂く。
だが、どれも表面を浅く傷つけたに過ぎない。
「かった…でも、あの加速をしないってことは、制限があるってことでしょ!」
ミカは、強化魔法をかけている体でゴリ押す。
横の移動を多くしたミカの動きに、魔物は目で追うのが精一杯のようだ。
(いや、この速さを目で追えるってのがおかしいんだけど…)
そしてミカはどんどん加速していき、魔物を四方八方から切り刻む。
しかし、傷跡が増えた様子はない。
それは何故か。
(1回で斬れる傷が浅いなら、何回でも同じ場所を斬る!)
技術が足りないミカは、これをスピードの暴力で補っているのだが、そんなことができる人間はこの世界ではミカだけだろう。
そして、深くなってきた傷から血が吹き出し、魔物が苦しそうに呻く。
(よし、この調子!)
ある程度斬ったところで、ミカは再び『イクス・マグナ・レイ』でけりを付けようと考えていた。
しかし、魔物の目に当たる場所が赤く光り出す。
直感で危険を察知したミカは、その場から飛び退く。
すると、ミカがそのまま走っていたら通っていた場所が、見えない何かによって抉られる。
「……なにそれ、卑怯じゃない?」
ミカが言えることではない、と誰かがツッコムべきなのだが、それができる人間はここにはいない。
魔物は先程と同じように、目を赤く光らせる。
そこで再び、ミカの直感が警鐘を激しく鳴らし、横に飛び退く。
それを3回ほど繰り返した時に、ミカは法則を見つけた。
「なるほど…目が赤く光ったら、あれが出るのね」
それを理解したミカは、フットワークで右左にバラバラに動き、傷をなぞる行動を再開する。
ミカの動きに予測を立てられなくなった魔物は、一際目を赤く光らせた。
「それ以上は、させない!」
これまでとは光の強さが違ったことにより、ミカは威力が変わると判断。
魔物の顔の前に飛び上がり、魔法を唱える。
「『イクス・マグナ・レイ』!」
バッと突き出した右手から、全てを飲み込む魔法が飛んでいく。
そして、魔物の顔あたりが消え去り、血を盛大に拭きながら後ろに倒れる。
かなりの高度から着地したミカは、そのまま地面に倒れ込んだ。
「……はぁ。疲れた…」
ミカにとっては、久しぶりの全力での勝負だった。
あの見えない攻撃をまともに受けた場合、死ぬかもしれないという、ミカの人生の中でも5本の指に入る、ピンチの場面だ。
しばらくして、曲がり角からセフィアが顔を出す。
ミカは、慌ててこちらに走りよってくるセフィアの顔を見ながら、笑顔を浮かべ、疑問が生じた。
ミカは、自身の服を見るべく首を動かす。
今まで来ていた服は真っ赤に染まっており、血を吸いきれずにいる。
(…おかしい。ダンジョン内の魔物って血が出ないはず…どうして?)
ミカは、敵を倒したことによる安堵感を感じながら、頭を巡らせていた。