41 寮に一瞬で移動です!
それから、学院の新年が始まるまで、ミカの新魔法の作成は進まなかった。
思ったよりも難航した、というのもあるのだが、ミカ自身が忘れていたというのもある。
なぜ忘れていたのか。それは。
「セフィア〜! 楽しいわね〜!」
「ええ、そうですね」
ミカが、庭に『降った雪』をすくい、頭上に広げる。
そう、雪が、庭に積もっていた。
ジェイナが、水属性の魔法と、風属性の魔法を組み合わせ、雪を降らせたことで、ミカの興味は雪に向いた。
警戒心の無いミカと違い、セフィアはジェイナの妨害と予想していたが、ジェイナみそのつもりで雪を降らせていた。
全ては、これ以上魔法のルールを崩されないために。
とはいえ、それがどのようなルールなのか分かっているのは、ジェイナだけなのだが。
「雪だるまを作らないと」
そんなこととは梅雨知らず、ミカは呑気に雪だるまを作り出す。
ジェイナが魔法で作り出しているため、効果は一時的なものだ。
範囲も狭く、1kmほど歩けば、雪は溶けている。
急がなければ、したいことが出来ない。
ミカの頭の中はそれでいっぱいだった。
「よし、できた!」
しかし、体の小さい7歳の体では、悲しいかな小さい雪だるましか作れなかった。
その事に、作り終わってから気づいたミカはしょぼんとし、雪に対する興味を一気に失った。
それを見たジェイナとセフィアは驚く。
特に、ジェイナの驚きは大きかった。
まさか、7歳であるミカが初めて見た雪に対して、謎の人形のようなものを作って興味を失うだなんて。
その当の本人のミカは、自分でも雪を作ろうと思い、『アナライシス』を発動させる。
「……なるほどね」
雪を降らせている仕組みを理解したミカは、そのまま部屋に戻る。
セフィアはそれについて行き、ジェイナは思っていたよりも早い飽きに、少し落胆していた。
だが、ジェイナが出来ることは出来たであろう。
明日からは、学院に戻る。
そうなれば、ミカとジェイナは簡単には接触出来ない。
どうしようかと、ジェイナは頭を悩ませた。
魔法のルールとは、簡単に言えば、魔法が世界を支配できないような状態にしておくこと。
ジェイナは、それを理解しており、そうなるように努めてきた。
だが、その娘のミカが破りつつある。
その事を知っているのは、ジェイナとセフィアだけだ。
ジェイナがこの世界の魔法界に置いてどういった立ち位置なのかは、セフィアには分からない。
だが、ミカのメイドである以上、警戒しておく必要があるだろう。
セフィアは、部屋の中で荷物を『コンバート』させているミカを見て、決意を固める。
(雪とか久しぶりに見たわね…今度海にでも行きたいわね)
ジェイナとセフィアがシリアスな脳内をしている中で、ミカは何とも脳天気な思考をしていた。
現在、ミカは荷物を『コンバート』している最中である。
と言っても、持っていく荷物は少ない。
2年目であるというのもあるが、元々少ない。
せいぜい、新しい服だろうか。
と、ミカは思いつく。
「服……作ろうかしら」
向こうで、となると、少し忙しくなるだろうが、時間はあるはずだ。
ミカは、服を作る道具を次々とコンバートしていく。
雪を見るついでにジェイナも『アナライシス』したが、以前見た『不明』の文字は見えなくなっていた。
これが何を意味するのか。
(お母様がおかしくなっていたのが元に戻ったか…それとも、その状態が普通になったのか…)
とにかく、ミカは分からないことが増えただけだったが、それと同時に安心もした。
(お母様が操られている訳じゃなくてよかった…)
ミカが想定していた最悪の状況は、回避したようである。
学院に持っていく荷物を『コンバート』し終えたミカは、ベッドに寝転がる。
「向こうにはいつぐらいにつけばいいのかしら」
「そうですね、本日の昼過ぎ当たりであれば問題ないかと」
「ならそうしましょう」
現在の時刻は昼の12時。
後1時間ほどで出発だろう。
ミカはそう決めると、ベッドの上で寝る体勢になり、目を閉じる。
「セフィア、1時間ぐらいで起こしてちょうだい」
「了解しました」
そして、ミカは昼寝を始めた。
1時間後。
「お嬢様、お時間でございます」
セフィアが、ミカの肩を優しく叩いて起こす。
いつもと同じ起こし方なので、ミカはすぐに起きる。
「……ありがとう、セフィア」
「いえ、私の役目ですので」
寝起きのミカは少し呂律が回らない。
そんなミカを、セフィアは愛おしく感じている。
というより、セフィアはミカの全てを愛しているのだが。
ミカは体を起こし、伸びをする。
「ん…ん〜!」
「……」
この伸びも、最近は毎朝している行動だ。
それにより、ミカの膨らみ始めている胸がより強調されるのだが、セフィアはそれをバレないようにガン見する。
それはもう、見る。
ただ、当の本人は全く気づいていない。
胸が大きくなっていることに関しては敏感なのに、見られているとは気づいていないのだ。
ちなみに、同室のジェシカもそれを見て、地味に成長で負けていることを実感し、悔しがったりしている。
ベッドから降り、セフィアが着替えさせたところで、ミカはまた1つ、伸びをする。
服装はしっかりと、ミカお手製の制服だ。
ただ、着ているのは1人なので、私服と扱いは同じだが。
ミカは、セフィアに手を差し出す。
それの意図を、セフィアは一瞬考え、すぐに手を取る。
「『テレポート』」
そして、ミカとセフィアは一瞬で寮の自室へと飛んだ。
目の前には、自分の勉強机で集中しているジェシカ。
ミカの『テレポート』には気づいていないようだ。
そこに誰がいるのかわからないという欠点は、バティスタの時にも浮かんでいた。
あの時はバティスタがいてもいなくても問題は無かったが、これからはそうもいかないだろう。
(ジェシカ先輩が見てなくてよかった…)
ホッ、と息を吐くミカ。
そして、扉へと向かい、開けて離れる。
ミカの意図を理解したセフィアは、扉を閉める。
その間、2人は外に出ている訳では無い。
「あら、おかえりなさい、2人とも」
「はい、先輩」
そう、ジェシカに気づかせるためである。
ミカの作戦通り、ジェシカは何の違和感も無くミカとセフィアを迎えてくれていた。
この機転の良さが、もう少し普段に出たらいいのに、とセフィアは思わざるを得なかった。
ミカは、『コンバート』させていた荷物をベッドの上に出し、セフィアと共に整理していく。
ただ、ミカの物なのにミカがどこにしまうのかを考えるよりも、セフィアが既にしまっている。
ミカは本格的に、セフィアがいなければ生きていけないかもしれなかった。
ジェシカは、勉強が一段落したのか、ミカの方を向く。
「ミカさん、ご自宅で何かありましたの?」
「……? えっと、どうしてそう思ったか聞いても?」
「いえ、何となくですわ。荷物をしまっているミカさんの顔がどこか、陰があったように見えたものですから。気の所為でしたらいいのですけれど」
「……気の所為ですよ。お母様も元気でしたし」
「……そうですの。それはよかったですわ」
ミカがそう言うと、ジェシカは笑顔を浮かべて机にあったマグカップを口に持っていく。
ミカは、鋭いな、と感じた。
(さすがに、1年も同じ部屋だったら分かってもおかしくない、かな)
と考えているが、ミカはジェシカのことはよく分からない。
信用は出来ると思っているが、深い感情までは分からない。そういった感じだ。
ミカは、ふぅ、と息を吐く。
自宅から寮に来たが、ここもまた自宅のようなもの。
本当の家とはどこか別の、安心感を感じていた。
ジェシカが、椅子から立ち上がって言う。
「そう言えば、ミカさんは今年で2年目ですわね」
「はい、そうです」
「では、あれがあるかも知れませんわね」
「あれ?」
ミカが気になったところを聞くと、ジェシカは不敵に微笑んだ。
「ええ、あれですわ」
ミカは、何故か寒気がした気がして、震えた。