17 代表として実践です!
本日2投稿目、です!
「おはようございます」
ミカがセフィアを釣れながら『赤』の教室に入ると、中にいる生徒がこちらを見る…ようなことは無かった。
そもそも、誰もいなかったのだ。
(…なんで誰もいないの?)
ミカがクラス分けされた紙を見た時は、ミカ意外にも名前が書かれていたはずなのだが。
セフィアがそれを見て何かを思いついたのか、ミカに伝える。
「お嬢様、もしかしてここは使われていない過去の赤の教室なのではないでしょうか」
「そういうこともあるわね」
ミカはそう言い、頭に先程見た校内図を頭にうかべる。
「確か、もう1つの教室は向こうだったわね」
「はい、お嬢様」
セフィアに確認をとり、あっていたことに多少安堵しながら歩き始めるミカ。
その後ろをついていくセフィアだが、セフィアの変態度合いは増しているようだ。
セフィアは、ミカが歩く度に揺れる銀髪を凝視する。
その目にはうっすらと『♡』マークでも浮かんでいそうな…。
「ここね」
「はい、お嬢様」
改めてやってきた赤の教室。
確かに、扉の向こうからは声が聞こえてくる。
ミカは扉を開け、先ほどと同じように挨拶をする。
「おはようございます」
ミカの後ろに続いてセフィアも教室に入る。
帰ってきた声は全て、女のものだった。
「おはようございます」
「おはようございます」
「おはようございます」
「おはようございます」
「おはようございます」
「おはようございます」
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(あれ、この教室女の子しかいない?)
教室に入ったミカは辺りを見渡すが、そこに男子の姿は見受けられない。
不思議そうにしていると、後ろからセフィアがボソッと教える。
「お嬢様、世間的に男は属性魔法を使えること自体が珍しいのです」
「なるほど、ありがとう」
そして、ミカは自身が使う席を探し始める。
席のむきや、教卓の位置で色々わかるのだが、黒板が無い。
一体どうやって授業をするのだろうか。
ミカは分からないことだらけなこの学院に来てよかったと思っていた。
「ここね」
「はい、お嬢様」
自身の名前が書かれている机に座り、ミカは『コンバート』していた本を出す。
それを見た周りの女子達は、一層騒がしくなる。
「あれ、魔法ですの?」
「私も見たことがありませんわ…」
「いえ、私、お父様が使っていたのを見たことがありますわ」
『コンバート』という魔法は、物質の概念をひっくり返す代表的な魔法だ。
そこにあるものは無くなり、体の一部になるようなものなのだから。
それを平然と使ったミカの噂は瞬く間に広がり、『銀髪青眼の天才美少女』などと裏で呼ばれるのだが、本人がそれを知るのはかなり後のことだ。
全員が椅子に座りだしたと思うと、教卓の後ろの壁に突然、見知らぬ顔の人が映し出された。
(いや、あの顔は見たことが…)
『まず初めに、この映像は新入生の諸君の教室にだけ流されている』
(そういえばなんだけど、先輩ってどこにいるんだろう?)
この初等学院は、敷地内に4つの学院がある。
それぞれがそれぞれの学院で4年過ごすのだが、1年ずつズレているという仕組みになっている。
他の学年と会うのは、行事の時のみだ。
『新入生代表として、ミカ・ヴァルナ。体育館に来たまえ。それまで、他の生徒は静かに待っていること』
「…私、ですか」
「……」
ミカの呟きに、セフィアが静かに頷く。
ミカのその呟きは小さいものだったが、静かな教室では、全員に聞こえるには十分な大きさだった。
ミカは立ち上がり、セフィアと共に教室を出ていく。
ミカが教室から出ていくと、小さな波紋は段々と大きくなっていく。
「あの子が、ミカ・ヴァルナ…」
「ヴァルナ家、ですの? 聞いた事ありませんわね」
「確か、ヴァルナ家というのは、国王の側近の中でも最も力を持っていたという家では…」
「アーリア・ヴァルナ。あの方はこの国で1番の武術の使い手ですわよ」
教室の外に出たミカは、焦りながら歩いていた。
決して、体育館の場所が分からないわけではない。
なぜ自分が呼ばれているのかということだ。
(新入生代表って何!? 挨拶とか何も考えてないんだけど!)
そんなミカの焦りを察しているセフィアは、メイドとしては落ち着かせるべきなのだろうが、焦っている姿も可愛らしいので、何も言わずについていく。
メイドの極意とは一体なんだったのか。
「お嬢様、大丈夫でごさいますよ」
「セフィア…?」
しかし、それでもセフィアの欲望がメイドの極意に勝ったのは一瞬だったのか、すぐに声をかける。
セフィアは優しく微笑みながら、ミカに告げる。
「お嬢様はそんなに焦らずとも、いつも通りに振る舞うだけで十分なのです」
「……セフィア」
セフィアの言葉に感動したミカは、セフィアに優しく抱きつく。
「ありがとう、少し落ち着いたわ」
「いえ、それが私の役目ですので」
セフィアは策士であった。
ミカが体育館の扉を開けると、そこには先ほど映っていた男が立っていた。
(やっぱり、見たことあるような…)
その男は変装した国王で、この学院を国王自ら運営しているのだが、それを知っているのは国王の妻だけである。
「さて、改めて歓迎しよう、新入生の諸君。私は、学院長のバティスタだ」
そして、バティスタはミカの方をむく。
「まずは、こちらにいるミカ・ヴァルナに魔法を見せてもらおう」
(あ、魔法を見せるだけなんだ)
と、ミカは気楽に思っているが、それはそれで問題な話だ。
ミカは日本人の精神のせいで、他人に自分の出来ることを見せるということに違和感を感じない。
それどころか進んでやる人まで現れる始末だ。
ただ、この世界では、自分が出来ることを相手に知られるというのは、自分の手札を相手に見せているようなもの。
故に、ミカが平然と魔法を見せるということは、思いもよらないブラフをかけることになる。
「それでは、ミカ・ヴァルナ君。君はなんの魔法を使えるのかな?」
「……風属性魔法を1つと、強化魔法をいくつかです」
それを聞いたバティスタの眉がピクリと動く。
「ほう…?」
バティスタの纏う空気が変わったことに気がついたミカは、気持ちを入れ直す。
(もしかすると、ここでやるのかもしれない)
魔法を見せると言っても、実演ではないとは言っていない。
バティスタは、ニヤリと口の端を釣り上げ、言った。
「では、私と模擬戦をしてもらおう」
(やっぱりきたー!)
背中で冷や汗をかきながら、ミカは頷いてみせた。
セフィアは、邪魔にならないようにその場から離れる。
ミカは右手を横に突きだし、『コンバート』させていたレイピアを取り出す。
(あの剣は、外受けがよくないから…)
ただの模擬戦ならまだしも、これは新入生全員に見られている。
赤の教室には30人程度の人がいたが、それが5クラス分となると相当だ。
飾り気のない、戦闘用の剣よりも、外受けはいいだろう。
「君は、レイピアを使うのか」
そう言いながら、バティスタは腰に差していた剣を抜く。
お互い、実剣だ。
「強化魔法を使わないと、怪我をしてしまうぞ?」
「……わかりました」
(『筋力上昇』だけじゃ、危ないかも…ここは…)
「『アクイバレント・エクスチェンジ』」
ミカが魔法を唱えると、ミカの体が薄く紅く光り始める。
その姿を見たバティスタは、驚愕する。
そして、剣を握り直す。
「こいつぁ…俺も本気で行かなきゃまずいな」
(あれっ、学院長の口調が……なんかまずい?)
ミカは勘で、バティスタの様子が変わったことを察知する。
そして、ミカがどうしたものかと悩んでいると、バティスタが鞘を左手に持って言った。
「この鞘を、今から上に投げる。これが地面に落ちたら、戦闘開始の合図だ」
「……はい」
バティスタが鞘を上に投げる。
ミカは、緊張で乾いた喉を唾で潤す。
レイピアを握る手に汗が滲む。
ミカは、魔法を使う練習もしたし、体を動かす訓練もした。
しかし、実践となると話は別だ。
勉強のように、勉強すればテストでいい点を取れる訳では無い。
勉強するだけで実践でいい結果を残せるかどうかはまた別なのだ。
ましてや、振ったことのある剣ではなく、触っただけのレイピア。
「……」
(どうしよう、怪我とかしたくないんだけど)
とにかく、やるだけやるしかない。ミカは自分にそう言い聞かせて、鞘が地面に落ちる音を聞いた。