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娯楽が欲しい? 救いが欲しい?

 20代のころ若くて元気だったので徹夜で飲み、オールナイトで映画を見て、浴びるほど音楽を聴きにライブハウスに向かい大音量でロックの洗礼を受けモッシュに明け暮れ、ハントしては行きずりの女性と逢瀬を重ねる一時の快楽をむさぼる。

「仕事が辛くて上司が理不尽でも、娯楽があるからガス抜きはできる」

 それをはけ口にして、頬見 瀬出吾(ほおみ せであ)は出世も目指さずに場当たり的な仕事に明け暮れていた。

 節電のために薄暗くなった倉庫の中で、段ボールと同じぐらいの明度で染められた作業着をまとい商品整理に明け暮れる。彼の眼には生気がなく照明の光は彼の瞳孔を素通りする。ほつれた黒髪を手櫛でなおしつつ、どことなく制服は汗臭い。仕事に必要な筋力は仕事で鍛える自転車操業。


 時給は低いまま、志を持たずに労働は仮の姿と割り切って独り黙々とこなし、たまの休日には蓄積されたうっぷんを晴らすために夜の街にて軽い足取りでリズムを刻む。仕事のストレスを娯楽で晴らす。人生に期待しない回遊魚は同じ場所をぐるぐると回る。


 30を過ぎ、若さに陰りが見え始めた頃、瀬出吾の元に何かが訪れた。光も神々しい雰囲気もないそれは、いつのまにか彼の心に入り込んでいる。布団の中が一瞬異世界へと導かれた。


 声ではなく思念が伝わる。言葉でも映像でもない音声を介さない思考の雲が脳内で広がり実を結ぶ。

「娯楽が欲しい? 救いが欲しい?」

「娯楽だな。嫌な事はそれで忘れる。救いなどまやかしにもならない」

全てが終わり、瀬出吾は深い眠りへといざなわれた。目をつぶると浮かぶ雲のような黒いうねりが先ほどのやり取りを飲み込んでいく。



 50を過ぎた瀬出吾は、腰をやられて入院した。ついで耳が少し遠くなった。近くの文字が読めなくなり読書が億劫になって来た。精力も減退し怪しげなサプリを飲むようになった。終わりの始まり、ついに老年期がゆっくりとそれでいて足早に彼の特権を奪っていった。


 好きだったロックはただの騒音になり、映画の字幕を追えなくなり、テレビ番組の大半が過去の焼き直しに思われてつまらなく感じた。腰痛で職場は首になり、やっとみつけた求人でテレアポの仕事に就く。時給はかなり安くなった。


 瀬出吾は毎晩布団の中で念じている。

「俺が本当に欲しいのは救いだった。神様、頼む出て来てくれ」


奇跡は起きなかった。日々はゆっくりと崩壊への序曲を流し続けている。何小節目まですすんだのだろうか。生活はかなりきつくなっていった。テレアポで電話の音が聞き取れなくなった瀬出吾は、新聞配達をしている。

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