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09. 救国の計画


「……へえ、綺麗だね」


 それは、リングだった。

 くりぬいた木の実のケースに、はめ込むような形で仕舞われている。ジイさんに促され、手に取ってよく見てみる。厚みのある真鍮の台座に、薄緑色の石がはまっていて、男女共通で使えそうなデザインだ。


「来年度から、入学と同時に配布されるリングです。治癒魔術の効果的な習得を補佐するのに使われます」

「このリングが?」


 オフロちゃんが、リング中央の石を食い入るように見つめる。


「何ていう石ですか? 見たことのない色ですけど」

「回復ポーションなんですよ。ナイト様のお話を参考に、煮詰めるイメージで小瓶3本分を固めています」

「煮詰める? 回復ポーションをですか?」

「オフロちゃんだって炎でしたことあるだろ。あれと一緒。むしろ液体な分、ポーションの方がイメージしやすいと思うぞ」

「おうおう、簡単に言いよるわい。料理など魔術で一瞬のワシらにとって、その工程を魔力変換するのは大いに難儀するんじゃぞ」

「そう偉そうに言われても」

「ふふっ、試作のお役に立ててよかったです! 僕、魔力扱いが下手な時期が長かったので、よく自炊してたんですよね」

「ふむ、多様な経験が魔術の糧になる、ということだな。しかしよくできたリングだ。これなら、どの発動タイプにも使いやすかろう」

「発動タイプ?」


 コテンと首を傾げたオフロちゃんに、そもそもの始めからを説明する。

 この国で、攻撃魔術より発展が遅れている治癒魔術を、どうにか実用的なレベルまで引き上げられないかと考えたこと。様々な検証を行った結果、魔術は習得・発動の仕方が、個人で大きく異なっていたこと。それは、大まかには5つのタイプに分類できるのだ。つまり、自分に適したやり方を知っていれば、魔術習得はかなり効率化できる。ジイさんは、どの発動タイプにも使える、治療に特化した魔法道具の開発を、手先の器用なトゲムチに依頼していたのだ。それがこのリングという訳である。


「ってことは、皆それぞれに、当てはまるタイプがあるってことですか?」

「そう。ちょうどここにいる4人はそれぞれ別タイプなんだ。オフロちゃんは、妄信系。できると信じればできる。信じられなければできない」


 それは俺がこの家へ来た当初、彼女が炎弾で山を消し飛ばしそうになったことで気づいたことだ。彼女のポテンシャルは俺を超える。なのに、俺の助けを想像しないと、上手く展開できない。自分にはできないと思い込んでいるのだ。


「僕は増幅系です。繰り返し脳内でシュミレーションしていくことで、魔力を高めていくタイプだそうです。言われてみれば、そうして時間を積み重ねた魔術ほど、上手く展開できるんですよね」


 トゲムチの得意な攻撃魔法「バラの棘鞭」は、棘の多いバラのつるを鞭とすれば、有効な攻撃手段になるのではないか、という彼の発想から始まっている。思い通りに伸びてうねるその様子を、彼は幾度となく想像したそうだ。豊かな発想を繰り返し、精度を増していくことが楽しい、と思える者は、大体ここに分類される。


「自分は視覚系と言われた。映像を正しく記憶し、思い浮かべることで発動させているそうだ。確かに思い当たる節はある」


 イカズチの攻撃魔法はほとんどが自然現象だ。つまり実際に見たことがある現象を、攻撃に置き換えて発動している。だからこの間の四次元収納もどきは、彼に似合わなくてちょっとびっくりしたのだが。聞けば、あれは稲光が落ちる瞬間を見て、空が裂けたように思ったことから修練を重ね、使えるようになった魔術らしい。あの時に使った黒い粉は、雷が落ちて焼けた木から取った煤なのだそうだ。煤を媒体として、稲光の裂け目を入り口とした無限の収納を、空の向こう側に思い浮かべて、煤の入り口と繋げた魔術。

 イカズチの応用力が半端ない。さすがジイさんの右腕というだけのことはある。


「このワシは構築系っちゅうやつじゃ。基本を学び、応用させる。つまり頭が良い証拠じゃの」


 ほっほ、と満足そうにジイさんが笑った。いや本当、新しい術の習得に一番時間がかかるのはジイさんなのだ。魔術を展開するために、あらゆることを学ばなければならない。しかし、その学びは揺らぎのない自信を生み、確実な魔術の展開に繋がる。うざいジイさんだが、その腕は超一流、長を務めるだけのことはあるというわけ。ま、本人に言ったら調子に乗りそうだから言わないけど。


「そして最後の一つが、特殊系。どの系統にも属さずに、かつ常人を超えた発想の飛躍ができるタイプだよ。俺はここにいるメンバーしか知らないから、実際の特殊系魔術師がどんな感じの魔術発動を見せるのかは、わからないけどね」


「うーん。なんだか私の妄信系って、一番微妙な感じですよね……」


 オフロちゃんが眉をしかめる。うん、まあ、確かにそうなんだが、上手くはまれば発揮できる力は無限大でもあるのだ。頑張れとしか言いようがない。


「で、ナイト様はどれなんですか? なんだかどれも、しっくりこない気がしますが……」

「ま、俺はちょっと例外。言ってみれば特殊系以外ならどれでも当てはまる感じかな。故郷には魔術がない代わり、科学の技術が発達してたんでね。しかもそれらの原理は全て、学校で習うから。ま、複合的な感じなんだろうね」


 なんかずるいですよね、と口を尖らせるオフロちゃんを横目に、ジイさんが指輪に話を戻した。


「ポーション作成と、ポーションからの治癒石精製。この2つを含む基礎魔術を教えた後で、生徒たちには、材料集めから石の作成までを実習させようと思うておる。自作の治癒石ができたら、リングの石は一旦回収して、その自作石を使わせるのじゃ。原理を学べば、治癒魔術がより楽に扱えるようになるじゃろ。煮詰めるのとは逆のイメージで、治癒の力を解放すればいいだけじゃからの」

「自作と入れ替えさせてもらえるのがいいですよね。僕、毒耐性が付加できるか試してみたいです」

「リングにしたのは、視覚系のため……か。助かる。ネックレスやイヤリングは、我がでは見にくいからな」

「……自作……」


 かすかに青ざめるオフロちゃんに、トゲムチがキラキラの笑みを向けた。


「一旦回収するってだけだから、大丈夫ですよ。学校支給の石を使うか、自作石を使うか、自分に合った方を選べるんです」

「そっ、そっかあ、よかった……! 学校支給の石の方が、使えるに決まってますもんね」

「そこがオフロちゃんの妄信系たる所以だよな」

「なんですかそれ。失礼ですよっ。……あ、このくぼみはなんですか?」


 オフロちゃんが指した先、薄緑色の石の脇には、小さなくぼみが幾つか見えた。トゲムチはこめかみのあたりに手をやり、まるで頭の中から抜き取る様に、白い薄紙を出現させる。彼はそれをぴらぴら振って大きく広げると、机の上に広げてみせた。大きく描かれたリングのデザイン画だ。


「ここには、学習課程修了の証である半貴石が入ります。試験に合格したらもらえるんですよ」

「大小あるのは、必須課程と選択課程の違いじゃ」

「つまり、大きなくぼみが全て埋まれば、一応の卒業資格を得たという事になるのだ」

「それで卒業した暁には、このリングを頂けるんですか?」

「そうなんです、素晴らしいですよね! ナイト様から伺った、くらすリングのお話を参考にしました」

「くらすリング?」


 またもや疑問を飛ばしたオフロちゃんに頷きながら、リングを手に取り、人差し指にはめてみる。すると、シュルッとリングが締まり、程よいサイズに調節された。見た目に反して軽い着け心地だ。魔力を込めて注視すると、「自信付加」「危険回避」「魔術学校所有」「自動サイズ調整」「アレルギーフリー」等など、数多くの魔術がかかっていることがわかる。


「俺のいた世界のとある国には、卒業を記念して、全員でこうした揃いのリングを作る風習があったんだ。学校名やクラスの番号、自分のイニシャルなんかを彫り込んだものをね。つまり、自分だけの物でありながら、仲間同士で揃いのリングを持つことになるわけ。卒業後もこのリングを付ける人間は、仲間意識や愛校心の強い奴が多いって聞くし、実際、年の離れた顔も知らない者同士が、リングで同窓生だとわかっただけで意気投合して、仕事上の良いパートナーになった、なんていう話はいっぱいあったんだ」

「魔術師は自分勝手なやつが多いからの。これで結束を固められたら言う事なしじゃ」

「……」

「なんじゃ」

「いや、自分勝手な奴らばっかりの集まりが出来上がって、周りが困ってるところを想像しただけ」

「……」

「……」

「……」

「そうだ、そろそろお土産用意しますか?」


 ただ一人、空気を読まなかったオフロちゃんが、ぽんと手を打ち微妙な空気を霧散させた。

 手を振って遠くを漂っていた取っ手付きのカゴを取り寄せる。


 このお土産というのが、俺にはなじみのないものだったのだが、要するにこの国の料理構成——サラダ、スープ、パン、メイン料理(肉か魚)、口直し、温料理、デザート——における、「温料理」にあたるもので、肉と魚以外の温かい料理を出す。けれど、満腹になる頃合いでもあるため、持ち帰ることができるスタイルで提供するのだそうだ。その場で食べてもいいし、持ち帰ってもいい。ちなみに、持ち帰ることで「料理が美味しかった」という意思表示になるので、その場で食べた人も、持ち帰り用を受け取って家族へのお土産にすることがマナーなのだとか。


「定番のじゃが芋ブルーチーズ炒めと、ナイト様の故郷料理の茶わん蒸し、それと、リクエスト頂いたピクルスもご用意しましたよーっ」


 どれも持ち帰りやすいように瓶詰にされている。じゃが芋炒めからは刺激的な香りが、ほかほかと湯気の上がる茶わん蒸しからは、ふうわりと優しい出汁が香る。


「じゃが芋と茶わん蒸しを頂きます! お土産は全部にします。ちょっとずつ長く楽しみたいから、ナイト様、後で時間停止かけてくださいねっ」


 トゲムチはある意味癒しである。


「全て頂こう。持ち帰りも全種類だ」


 イカズチ、ピクルス2回目だろ。食いすぎだっつーの。


「チャワンムシとはまた珍妙な名前じゃの。取りあえずこの場ではそれだけ食せねばなるまいて。あ、持ち帰りは全部じゃ。3つずつ頼むぞい」


 食うのかよジイイ、しかも3つってそれ、職権乱用だぞ。


 心の中でせわしなく突っ込みつつも、俺はじゃが芋の炒め物を選んだ。薄く切ったじゃが芋は、端がカリッとなるまで炒められていて、歯ごたえが絶妙だ。そこに、生クリームで溶きのばしたブルーチーズが煮絡めてある。料理することでブルーチーズのくせある風味も和らぎ、なかなか箸の進む一品である。ま、俺の持ってるのはフォークだけど。


 茶わん蒸しもおおむね高評価で、作った俺も満足だ。最後にオフロちゃん力作の焼き菓子5種の盛り合わせが出てきたところで、晩餐の終わりである。各自飲み物をおかわりして、最後の甘味を楽しんだ。この頃になると、もうお腹いっぱいでちょっと眠たい。会話も減り、皆が各々晩餐の余韻に浸って幸せな気持ちになっていた、その時。

 オフロちゃんが、口を開いた。


「あの、私、もうここで失礼しようと思います」

「え? 早くない?」


 彼女が父親の部屋へ向かうのは、いつもは食後なのにと驚く俺の方は見ず、オフロちゃんはジイさんを見上げている。


「……後悔せんかの? 時の流れは戻らんぞい。こやつが特別なだけじゃて」

「……もう、決めましたので」

「なんだよ、何の話?」


 尋常じゃない雰囲気に、俺は思わず椅子の背に預けていた体を起こした。


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