08. マヨネーズ争奪
夕食会のメニューは、この国の料理構成を元に組み合わせを考えた。ただ、せっかくだからいろんな料理を楽しめるようにと、種類は若干多めに用意してある。
まずはいつものパンかごに、パンを2種類と、クラッカー、ミートパイ。それに合わせるジャムはオレンジ、いちご、ブルーベリーの3種類だ。
バターはジイさんからの木箱に入っていたもので、白い紙をぴっちり2重に巻き付けられていた大きなかたまりから、幾つか切り出してガラスの小鉢に詰めている。大事そうに包まれていただけあって、びっくりするくらい風味とコクがあって美味しいバターだ。
サラダは2種類。1つは生野菜のスティックサラダで、ディップソースを3種類用意した。もう1つは温野菜サラダで、軽く塩で漬けたカブをさっとあぶり、カリカリに焼いたベーコンと炒り胡桃を合わせ、酸味を効かせたオイルソースをかけてある。
パンとサラダを取り分けて、オフロちゃんが熱々のコーンポタージュを配り終えたところで、ジイさんが会話の口火を切った。
「ほうほうほう、こりゃ美味い。噂になるのも納得じゃわい。サラダひとつでもこれだけ違うとはな」
「あ、ありがとうございますっ」
「うむ、見習い、今日も安定してウマい」
「イカズっちゃん、その褒め方はどうなの……」
「ナイト様、その呼び名もどうかと」
わいわい言いながら皆が特に褒めたのは、浅漬けしたカブだった。よく聞け皆の者、それは俺が教えた漬物を、オフロちゃんが取り入れたんだ。
「こっちのソースも美味しいです。これは……なんなのでしょう?」
トゲムチが、セロリにたっぷり付けたディップソースに目を丸くした。それは俺の作った異世界料理その1、マヨネーズだ。
「それ、俺作。どこの家にもある材料で簡単に作れるソースなんだ。今日みたいに付けて食べるだけじゃなく、炒め物の味付けにしたり、肉や魚に塗って焼いても美味しい。おすすめだよ」
俺の言葉に、残りの3人もマヨネーズに手を伸ばす。オフロちゃんは胡瓜に、ジイさんはセロリに、イカズチはラディッシュに付けて、ぱくっと一口。
「おいしい!」
「ウマいな」
「……酸っぱいんじゃが」
「だあっ、そこが美味いんだろ! ジイさん、味覚の許容範囲狭くねえか?」
あと2品入れ込んである俺の料理が心配になり、思わずオフロちゃんを見る。オフロちゃんは、大丈夫ですよ、とでも言うかのように軽く微笑みながら、手まねきでメイン料理を取り寄せた。
するりとテーブル近くに降りてきた大皿は4つ。どの料理もたっぷりと盛り付けてある。
茸とハーブで香りづけされた鳥肉のソテーは、ぱりぱりの皮と塩加減が絶妙だし、オーブンから出したばかり骨付き子羊肉のグリルは、ひきたての黒胡椒が食欲を引き立てる。大きな白身魚のムニエルは、揚げ焼きして外側をカリッとさせており、刻んだチャイブとレモンバターソースがかかっていた。
このチャイブというやつが、見た目も風味も葱にそっくりなんだ。そこで俺は、ジイさん達の希望する異世界料理2つめとして、葱を使った料理をしようと考えた。メインの4皿目である。
「最後の……なんじゃこれは。真っ黒じゃぞい」
「俺の国で人気の、お好み焼きだよ。いろんな具を入れて楽しめるんだけど、今日は——チャイブ焼き、だね。真っ黒なのはソースだ。甘味とスパイスを足したらそんな色になったんだけど、味は保証する」
いわゆる、葱焼きである。
お好み焼き風の生地に刻んだチャイブをたっぷり入れて、俺的に葱焼き最強の組み合わせと思われる、甘辛く焚いたスジ肉を混ぜ込んだのだ。ソースは、オフロちゃんちの自家製ソースをアレンジしながら作り上げたが、かなりお好みソースに近い味になったと思う。
スジの煮込みにもソースづくりにも、圧力鍋や時間短縮を想像した魔術を使ったため、大した手間はかかっていない。失敗しても食材にだけ時間巻き戻しを使えば、無駄になることもないのだ。想像魔術、大変便利である。
「あ、僕これ好きです。香草の爽やかな感じと、甘辛の肉がよく合ってます」
トゲムチ、素直でいい奴だな。味の好みも俺と似てるかもしれない。
「このソースに、リンゴや人参が入ってるなんてわかりませんね! あ、魔術師長さま、おろし金っていう調理器具、今週の報告書に上げますので」
オフロちゃん、あわよくば量産して手に入れようと思ってるだろ。
「うむ、ウマい。いろんな具というのも面白そうだな」
イカズチ、お前さっきからウマいしか言ってねえぞ。
「けっ、スープの出汁取りにでも使えりゃ御の字と思うたクズ肉を、よりによってメインにするとはの」
おいおいジイさん、何すねてんだよ。地味に俺の料理限定で文句付けてんじゃねぇよ。
しかしその他の皆には概ね好評だったことで、俺もほっと胸を撫で下ろす。この皿を空けたら、骨付き子羊肉をおかわりしよっと。
「む、ナイト殿。何故まよねいずを付けているのだ?」
「こうすると美味いから」
「「「「!」」」」
途端に皆、一斉に手を挙げて、マヨネーズの瓶を呼び寄せる。
おいおい、マヨネーズが頭上で迷ってるだろ。特にジイさん、マヨは酸っぱいから嫌なんじゃなかったのか? 魔力増幅の術までかけて、マヨ一番乗りを果たすとは、なんて大人げないジイさんなんだ。まあ、かく言う俺も、こうなることがわかっていたからこそ先に使わせて頂いたわけだが。
思い思いにメイン料理を楽しんだ後は、料理も中盤に差し掛かるということで、口直しを兼ねた軽い物が出てくる。オフロちゃんが用意したのは、手作りピクルスと、焼きナッツ、果物。
ピクルスは冬野菜を中心に、小さなたまごを加えたカラフルな一品で、ハーブの風味が酸味を和らげていて食べやすかった。ナッツは焼いただけ、果物は切っただけだが、ジジイ箱の食材は、どれも飛び切り質が良くて美味い。単なるナッツも果物も、別次元のものを食べているような心地になってくるのだ。全くあのジイさんときたら、どんな伝手を持っているんだか。
「小僧、例のあれは洗礼式に行うことにしたぞい」
ジイさんが、おかわりのホットワインを作りながら言った。スライスしたオレンジとハーブスパイスに、温めたワインを注ぎ、そこに角砂糖を落として、スプーンでぐいぐい潰しながら飲むのだ。寒いこの時期にはこれ以上幸せになる飲み物などない、とはジイさんの言い分である。
「あれってなんですか?」
「……俺たちが作ってた、衝動的な死の防止魔術を、どこで国民にかけるかって話だよ」
その計画の詳細を知らないのは、この場ではオフロちゃんだけだ。ジイさんがわざわざその話を持ち出すってことは、もう話してしまっていいのかな? 目を閉じてワインを堪能するジイさんからイカズチに目を移すと、軽く頷きを返してくれたので、俺はオフロちゃんへとかいつまんで経緯を説明した。
「結局ね、複雑な術式の魔術だと、それはもう洗脳じゃないかって話になってさ」
日本の予防接種制度をヒントに練られたこの案では、国民全員に突発死予防の暗示をかけることを義務付ける。その時期を、ある程度物心がついてから複雑な術式を課すか、記憶に残らない程幼い時期に軽い術を施すのかで、意見が分かれていたのだ。
「洗礼式ということは、2歳ですね」
「そうらしいね。ま、そんなもんじゃないかな。こればっかりは実際やってみて、不都合はその都度修正して、ってしていかないとだめだと思う。俺の国で良かったことが、ここでいいとは限らない訳だし」
「いや、理屈を考えるにかなり効果的だろう。人生に投げやりになった時、人との関わりや受けてきた愛情、楽しかった出来事を思い出すことは、落ち込んだ若者の気持ちを前向きに修正してくれるのに、きっと役に立つはずだ」
「無理やり引き留めるんじゃないのがいいですよね。僕、担当官試験受けるつもりです」
「ふん、わしゃその程度じゃ生ぬるかろうと思うんじゃがの」
「拗ねるなよジイさん。あまり厳しすぎると、若い奴らが反発して余計面倒臭くなるだけだぞ?」
「全く、最近の若者は軟弱で困るわい。ま、彼らのことは彼らが決めればよかろ。して、治癒魔術の方じゃがの」
「おっ、結局どうなったんだ?」
乗り出す俺の目の前へ、ジイさんの目線を受け止めたトゲムチが、腰提げからある物を取り出して、コトリと卓上に置いた。