04. 甘酸っぱい男たち
「くらえイカズチ!」
「なっ」
「きゃあああっ!」
バラの棘鞭を繰り出してきたのとは別な奴が、強烈な攻撃を放った。時間停止直前、すでに準備していたのだろう。まずい!
即座に俺の防御が反応し、雷光は唸りをあげて奴にはね返った。
轟音と共に、術者の体が貫かれる。
辺りに焦げ臭い匂いが漂った。
「そんな……」
「ちっ! おいジイさん、治せるんだろ!?」
「ああっ、魔術師長さまが!」
「——え?」
倒れた黒焦げは、妙に小柄だった。それもそのはず、黒焦げの元へと一番に駆け寄ったのは、俺に反撃されたはずのイカズチ魔術師だったのだ。彼はすぐさま腰のポーチから薬のようなものを取り出して、黒焦げの全身にかける。トゲムチが慌ててそれに続いた。
その効果か、黒焦げは少しだけ状態が改善し、姿かたちがわかるようになった。やはりジイさんで間違いない。しかしジイさんは、さっきまで向こう側に——。
イカズチは困惑する俺を振り仰ぎ、憎々し気に睨みつけてくる。
「おのれよくも!」
「いやちょっと待っ」
「一体何をしたのです!?」
「待って下さい! きっと誤解——」
「どけ!! 見習いは下がってろ!」
なぜジイさんとイカズチが入れ替わっているのか。それは俺が説明して欲しいくらいだったが、ヒートアップする魔術師たちは少しも人の話を聞かなかった。このまままた攻撃されれば、俺の防衛システムが再び反撃してしまう。
トゲムチが構えた。とことん人の話を聞かん奴らだ。
「ああもう! 同期しろ! 最新の情報に、更新!」
言葉じゃだめだ。どうにか瞬時に理解し合える方法はないか?
そう考えた俺が思いついたのは、パソコンとスマフォのデータ共有だった。時を止めてから起こった出来事を、フォルダにまとめて彼らに送信、その内容を同期。そんな魔術があればいい。
ほんの一瞬で思考をまとめ、隔離空間内を同期する。その途端、二人は呆けて脱力した。臨戦態勢が解かれる。さあ、これでもう詳しい説明は必要ない。
「ジイさんの救命を急ごう! 誰か治癒魔法を使え……ないのか。じゃあ一体どう……しようもないからどうしよう、ってか。ああくそ、同期すると会話不要だな」
俺の作りだした同期魔術は、現象と思念の共有ができるようだ。実際の出来事は、映画を見たように明確に伝わるが、他人が思い描いたことの詳細が読めるわけじゃない。ただ、感情はありありとわかるから、俺が質問をするたびに、困惑や諦めの感情が伝わってきて、どういう返事が返ってくるのかはすぐにわかった。なんて味気ない。今後、これは極力使わないようにしなきゃな。そうしないと……なんていうか俺、人として駄目になりそう。
だがこの緊急事態には、これほど役立つコミュニケーションツールもない。
俺はイカズチ魔術師の視点から、この状況を理解できた。俺からの反撃を予想したジイさんが、瞬時に転移魔法を応用してイカズチと自分の位置を入れ替えたのだ。
「魔術師長さま……なんという……」
傍らに跪いたまま、項垂れるイカズチの隣に俺も膝をつき、ジイさんに問いかける。
「ジイさん、どうすりゃいいんだよ? 治癒魔法はなんか特別な方法があんのか? さっきから治るように念じてるけど、ちっとも効きゃしねぇじゃねーか……」
すると微かに、ジイさんからの思念を感じた。治癒魔法に苦労する場面、一念発起して医術を学ぶ場面などが思い浮かぶ。
「そんな……。治癒魔法ってそんな難しいのかよ。使いこなすために、わざわざ医学を修めたのか? それもう魔法って言わねえだろう! なんかないのか? なんか方法が……」
焦って辺りを見回すと、壁際で両手をぎゅっと握りしめたオフロちゃんと目が合った。
「なんかあるなら言え、オフロちゃん!」
「でっ、ですが私は……」
「見習いとか関係ねーから! なんでもいいんだ! ヒントをくれ!」
オフロちゃんは一瞬だけ躊躇したあと、駆け寄ってきて向かい側にしゃがんだ。
何かふわりと甘い香りがする。見上げてくる新緑色の瞳が綺麗だ。
ああ、不謹慎でごめん。
「魔術師長さまは、先ほどの思念を最後に意識を失われたようです。状態維持のためにも、時間を止めた方がいいと思います」
「確かにな。——ジイさんの時間、停止!」
「それでですね、この間に先輩方が、治癒魔法を使えば——」
「無理だ! 治癒を明確に思い浮かべるなど、実際に見たことがないと無理なのだ!」
「僕も、簡単な怪我しか治せません。骨折とか擦り傷とか切り傷とか——」
「生活魔法でなんかないのかオフロちゃん! 火傷に効くようなやつ!」
「えっと、えっとですね——、ないです、美肌魔法ならいっぱいあるんですが!」
美容に魔法を使うんじゃねえよ。っていうか、そんなのはもっと後、やけどの傷が残っちまった時でいいんだ。他にないのか? がっかりだ。どいつもこいつもがっかりだぞ!
「できないじゃ済まねえだろ! 誰でもいいから何か考えろ! 発想を転換させるんだ! 思考を飛躍させろ!」
「そう言うあなたは何かないんですかっ?」
「ない! 自慢じゃないが、俺は習ったことはそつなくこなすが、応用は不得意なんだ。言われたことしか出来ないタイプ」
「そんなことで偉そうにしないでくださいよ!」
「だが想像は豊かだ。つまり魔力はある。誰でもいい、ジイさんを助ける方法を考えろ。方法さえあれば、俺が実現してやる」
「何かっこいいこと言ってるんですか!」
俺とオフロちゃんが無駄に言い合っていたその時、痛ましげにジイさんを見つめていたトゲムチがふと顔を上げた。
「発想を転換——こういうのはどうですか? 回復ポーションを大量に出現させる」
「だああっ! すごくいい! だが見たことないものは出せない……! 現物はまだあるか? 複製ならできるかも」
「俺たちの手持ちは使ってしまったからな。見習い、お前なら——」
「持ってないですよ! 見習いですから!」
「だああっ! そういうところがオフロちゃんの見習いたる所以なんじゃないか?」
「なっ、酷いです!」
「いや、泉の客人のおっしゃる通りだ。魔術道具一揃えくらい、例え見習いだろうとも常日頃から携帯しておくべきだ。何時どんな機会があるとも限らない」
「でも、私は——生活魔法しか——」
「思い込みでロックかけてんじゃないかって言ってくれたのはオフロちゃんだろ。その言葉、自分に置き換えて考えてみなよ。——さあ、時間停止しているとは言え、早いに越したことはない。無駄話はこれくらいにして、誰か、何か思いつかないか?」
俺の問いかけにイカズチが挙手した。
「はい、イカズチ」
「イカ——!? いや、その不名誉な二つ名は、甘んじて受けよう。泉の客人様には本当に申し訳ないと——」
「いいから、早く言えって。わかってるよ、あんたらが悪いと思ってることくらい。俺も悪かったし、ってそれもわかるだろ。俺たち今、同期してんだから」
「ふっ、確かに。では私の考えを。魔術師長さまの時間を止めることができるなら、それを戻すことはできないか? 時間を戻すことができれば——」
「あっ」
「あっ」
「あっ、それな! ナイスだイカズチ!」
俺はゴニョゴニョ謙遜するイカズチの背をばしんと叩き、彼らに少し離れるようにと指示を出す。それからジイさんに向かって集中。想像するのは、ビデオ操作ボタンだ。巻き戻しボタンを、ぽちっとな!
すると俺たちが見守る中、黒焦げジイさんの火傷はみるみる消えていった。これで一安心、全てが元通りだ。
おっと、念のため、健康体になったジイさんの記憶を同期しておく。それから再生だ。
「……やれやれ、とんでもないのう」
ゆっくり目を開けたジイさんは、苦笑いしながら起き上がった。
「魔術師長さま、ご無事で何よりです」
「申し訳ございません、魔術師長さま!」
「魔術師長さまぁ……」
魔術師たちが、フードを後ろへ跳ねのけながらジイさんの元へ駆け寄る。ローブを着ているのでわかりにくいが、同じ背高のっぽでもトゲムチは意外と若く、ひょろりと細い色白インテリタイプのようだ。対してイカズチは、ゴリマッチョのいかついオッサン。凸凹コンビのツートップらしい。
泣きつく魔術師たちの背を、ジイさんが軽く叩いて労わる。最初はどんな高飛車頑固爺かと思ったけれど、今、こうして苦笑を浮かべるジイさんに、その面影はみられない。人の生死を扱う魔術を生業とするからこそ、自分にも他人にも厳しく接してきたことが、同期して初めてわかった。部下を、身を挺して庇ったジイさんの真摯な気持ちが、今更ながらに伝わってきて、俺も思わずもらい泣きしそうになってしまう。
微笑ましい気持ちで魔術師たちを眺めていると、ふとジイさんと目が合った。
途端に、俺への感謝や、涙ぐむ俺を労わる気持ちが流れ込んでくる。
何この甘い空気。こっ恥ずかしい!
「……小僧、早く同期とやらを解け。やりにくくてかなわん」
その意見には全面的に賛成だ。だが、どさくさに紛れて小僧呼びに戻しやがったな。
「うるせえジジイ。死にかけのくせに無茶すんじゃねえっつーの」
俺も売り言葉に買い言葉で言い返し、それから同期を解除した。