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03. ジイはツンデレ

 魔術師が2人、降りてくる。

 彼らがそのまま両脇に分かれて跪くその様子を見て、オフロちゃんも慌ててそれに倣った。何事か、と思う間もなく、続いて中央に白ひげジジイ降臨。その目は相変わらず、俺を睨んでくる。


「どう調べても真実結界をすり抜けたカラクリが謎じゃ。一体どのように術を回避した? 正直に答えろ!」

「まだその話してんのか、しつこいジジイだな。嘘じゃねえんだっつってんだろ」

「魔術師長さま、そのことでお話したいことが」

「ちっ、見習いは黙っておれ。世話するつもりがほだされたか? ふん、魔力がないと言い張る割に、魅惑は使えるようじゃのう。やはり異界の力は侮れん」


 ジジイは相変わらず話を聞かない。

 オフロちゃんはショックを受けた顔をした。そりゃそうだよな。


「な、俺の言ってることわかるだろ。聞く耳持たずなんだよ、このジジイは」

「そんな……」


 青ざめるオフロちゃんをよそに、ジジイは口ひげをよじりながらニヤと笑った。


「ふふん、こそこそ悪だくみかの? 真実結界が破かれた以上、最早、嘘も誠も意味をなさぬ。そうじゃ小僧、嘘をついて真実結界で引き裂かれてみろ。さすればその嘘、誠の嘘だと認めてやるぞい」

「ちょっと何言ってんのかわかんねえよ。死にかけにしちゃ往生際悪すぎんぞ」

「魔術師長さま、お聞きください! この者は魔力のない世界から来たと申しております」

「そんな世界があるわけなかろう。それでは人は、生きてはいけぬ。それぐらい見習いとてわきまえておるはずじゃ。そんな甘言に乗せられて何とする」

「しかし……」

「生きてはいけぬ? なんでだよ。俺の故郷には魔力の代わりに科学があったぜ。頭を使って便利な道具を作り出してたんだ。魔力なんて必要なかった」

「語るに落ちたな小僧。やはり魔力があるではないか」

「は? 科学と魔力とは違うぞ」

「カガクなどというものは知らぬ。しかしお前は今、頭を使ったと言ったではないか」

「……それがなんだ?」

「魔力の証だ」

「なんでそうなる? 意味がわからん」


 オフロちゃんはちらりとジジイを見た。ジジイが教えてやれと言わんばかりに顎をしゃくる。


「——志向が集約した時、思考は具現化する。それが魔力の基本なのです」

「いやドヤ顔されてもさっぱりなんだけど」

「……要するにですね、強く願えば願うほど、大きな魔術発動となるのです。究極のところ、今、生きていることも、生きたいが故、ということになります」

「え……。ってことは、もし死にたいと思ったら、死んじゃったりするの?」

「します」

「ええっ、思春期大変だな!」

「待て小僧、シシュンキとはなんだ? それは我が国で問題となっておる、魔術師を目指す若者たちの死亡率増加と関係あるものなのか?」

「でもさ、強く願えばいいってだけじゃないよね? 他に何かいるんでしょ、素質とか呪文とか」

「無視するな小僧!」

「素質……は、あるでしょうね。どれだけ強く明確に、色彩豊かに細部まで思い描けるか、が大事です。それを助けるのが呪文などの媒体で、気持ちを高めるために、各自オリジナルで考えたりします」

「ゆるい魔術だな」

「無視するなと言うに!」


 唾を飛ばして怒るジジイを、半ば無視して考え込む。


「つまりは想像力ということだな。その他の要素、例えば魔術が発動するための、エネルギー的な物には何を使うんだ? マジックポイントがあるとか?」

「聞けい、小僧!」

「まじっぽ……はわかりませんが、魔術発動エネルギーは万物から収集されます。思いの強さに反応して集まってくるのです」

「つまりMP無尽蔵ね。なら、ますますわかんないなあ。なんで俺には使えないんだろ? 異世界人だから?」

「ちょ、お前達」

「何故と言われましても。先程から繰り返し、魔力のない国から来た、と言うからではないですか? その思い込みが、無意識のロックをかけているのでは」

「……なるほど」


 俺は牢の鉄格子に手を伸ばした。

 思い込みを排除すれば何でもできる世界——ならば。


 目を閉じて深呼吸をして、思い浮かべる。

 飴細工のように、ぐにゃりと曲がる鉄格子を。


「なっ」

「動くな!」


 脇に控えていた魔術師が2人、跳ね起きて臨戦態勢を取った。鉄格子は想像通りに、俺の手の中で柔らかく形を変える。それは軽い力でなんなく開き、俺は牢を一歩出た。格子を持つ手が多少べとつくのは、想像したのが飴だからか? そう考えた瞬間、手の中の鉄棒が熱を持つ。


「熱っ!」


 無意識に加熱したての熱い飴を想像してしまったかもしれない。想像魔術、想像しすぎに注意だ。俺は魔術の発動に制限をつける様を思い描く。発動前にダブルチェック機能を付けてみたぞ。ただし、人命救助や戦闘の際は、迅速さが要求されるので例外とする。特に俺への攻撃は、瞬時にきっちりはね返るようにしておこう。


 俺が想像豊かに魔術とやらを使いこなし、ひとしきり満足してジイさんに向き直った途端、お付きの2人がはっと我に返った。俺が踏み出す二歩目を恐れて、1人が即座に攻撃に移る。


「脱獄犯を捕縛! 伸びよ鞭!」


 するとそいつが振りかざした杖の先から、シュルシュルとつるバラが伸びた。花びらを散らし、棘を鋭くひらめかせながら、俺を切り裂くその直前——先ほど設定したばかりの、自己防御が展開される。物理、魔法、精神、毒その他、あらゆる攻撃を想定したその壁は、ブオン、と周囲の空気を揺らして、球状に俺を包み込んだ。

 すごいな、想像通りだ。


 ジジイとオフロちゃんは、驚きで口をあんぐり開けたままだ。俺も正直、ここまで上手くいくとは思わなかった。思わず黒い笑顔を浮かべてしまう。


「思い込みを排除したらできた。オフロちゃん、ナイスアドバイス」

「なっ」

「馬鹿な!」

「そんなことで!?」


 魔術師たちが青ざめて後ずさる。気持ちで勝てばこっちのものだ。俺は2人の時間を止めて、俺たちの話し合いの邪魔をされないようにした。動かなくなったら彼らに気づいたジイさんが、色めき立つ。


「貴様、何を!」

「邪魔されないようにしただけだ。何の危害も加えてないから、話が終われば元通りにするよ」

「小僧、こんなことをしてただで済むと——」

「思ってるさ。なぜなら、俺は何もしていないからな。たった今、この空間ごと外から隔離、遮断した。つまり、ここでは時が流れない。——さあ、じっくり話し合おうか」

「な、なんという……」


 驚きのあまり後ずさるジイさんに、ほんの少しだけ留飲が下がる。

 そうだ、話し合いを優位に進めるために、ちょっと威圧的に行くか。

 そう思った途端、俺を包み込む球状シールドはふよんと浮かんで、バチバチと空中放電を起こした。

 おお、すごい。爽快だ。怒り爆発一秒前、っていう俺のイメージそのままだ。

 見下ろせばジイさんとオフロちゃんが、あっけに取られている。

 なんか俺、めっちゃ恰好いい!


「いやあ、魔術って本当便利だなあ。さてジイさん、もう一度真実結界張ってみな」

「なんじゃと?」

「俺が張ってもいいんだけど、それだと信用できねえだろ? さっさとやれよ」

「……」


 ジイさんは眉間にしわを寄せつつも、王の面前でやったのとと同じように、複雑に指を組んだ。

 俺は密かに魔力可視を念ずる。すると、ジイさんの指の辺りから白いもやが立ちのぼり、俺をシールドの上から包むのが見えた。

 見た目はシャボンの薄膜のようにしか見えないが、その内側は、霧状になったジイさんの魔力で満たされている。そしてその霧は、シールドに触れても消えたりしない。

 つまり真実結界は、真実を語る者にとっては攻撃ではないということなのだろう。


「じゃあいくぞ。『俺の故郷に王制はない。ゆえに、王子はいない。騎士もいない。俺の名前は王寺騎士だ』」


 俺は高らかに宣言するが、何も変化はない。


「ここからが本番だぜジイさん、よく聞いとけよ。『俺の名前は王寺騎士ではない』」


 シュイイイイイイイン! と空を切り裂く音がして、白い霧が無数の白刃となって俺を狙った。が、直後シールドに弾かれ、霧散する。


「……この通りだ。信じたか?」

「な、な、なんという……!」


 まあ、信じる信じないはどうでもいい。後はジイさん本人の問題だからな。

 ジイさんの驚愕の表情を見て、やっと気が済んだ俺は、次にオフロちゃんに目を移した。


「俺、このまま願えば帰れるのかな? 元の世界に」

「さ、さあ、私には」

「どっちにしても、ここから出るね。名を偽った不敬罪は、これで無実だと証明された訳だし」

「ま、待て! 小僧、死ぬるぞ!」

「……説明しろ」


 慌てた様子のジイさんの話を聞けば、聖なる泉の召喚には大きなエネルギーを必要とするそうだ。それはつまり、こちらから引き寄せる力と、本人の飛び出す力。要するに俺は、召喚された際、属する世界の理から飛び出そうとしていた。イコール、死の直前であったと言えるらしい。

 脳裏に、召喚直前の出来事が思い浮かぶ。身に迫る暴走軽トラックだ。


「飛び出そうとしたというより、押し出されたっていうか、押しつぶされたのかもな。うん、死ぬ直前だったことは覚えてる」

「やはりな。となれば当然、死を待つ故郷へ戻るより、この国でその力を発揮し客人としての地位を得るのが良かろう。王にはわしから取り成すが……」

「えー。俺、あの王さま嫌い」

「なっ、お前、不敬じゃぞ!」

「いやいや、それも今更だろ」


 けれどジイさんの言う通り、帰れば即、死というわけだ。……いやまあ、実際即死だろうけど。


「俺、今、上手いこと言ったな」

「なんです?」

「ごめん、なんでもないです」


 純粋なオフロちゃんの突っ込みが胸に痛いわ。


「それほどの腕、失うには実に惜しい。お主がここに残るなら、地位も名誉も思いのままじゃて」

「……なんだジイさん、小僧からお主に昇格かよ」

「いや、その……なんだその、すまんかったな。ここでは魔力が無いなど、意思がないことに等しい。ゆえに、余程の怠け者か不器用者だと思っておった。まさかここまで認識が違うとは……」

「まあ、もういいけどさ。あ、あの2人を元に戻すね」


 ジイさんからの言葉なら、彼らも信じてくれるだろう。俺はお付き魔術師2人へと手を振って、彼らの時間静止を解除した——その、途端。


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