02. オフロに主張
王寺騎士。
れっきとした俺の本名である。この煌びやかな名前のせいで、昔から散々からかわれた。その度に親を恨んだものだが、さすがに今回は親より相手が恨めしい。自分たちの都合で召喚しといて、あんな態度あるか? どんな危機を迎えているのか知らないけど、さくっと滅びろ、こんな国。
処分は任せる、と言い捨てた王の言葉から、速攻で殺られるのかと思いきや、俺は地下牢に入れられたまま、1週間ほど放置された。
と言っても、そこそこ旨いもんが三食出るし、おやつはあるし、トイレは個室でプライバシーの確保も万全だ。起床・就寝すら自由。入浴は就寝前に魔術師見習いが、生活魔法とやらをかけてくれる。服は着たまま、ざばっと現れた温水で包まれ、次の瞬間には温風で乾かされる。いわゆる魔法風呂だ。後にはシトラスの残り香。至れり尽くせりである。
問題は、日々退屈すぎるということだけだ。
「あのさあ、早いとこ、どうにかしてくれないかな」
俺はいつもの見習い魔術師ボウズに声をかけた。見張りの兵士は、俺が話しかけようが歌おうが脱ごうが無反応だったのだが、この風呂担当だけはぴくりと肩を震わせるのだ。それに気づいて以降、俺は標的をこいつに絞っていた。単なる嫌がらせだ。
「毎日退屈なんだよね。役に立たないってわかったなら、さっさと元の場所に帰して欲しいんだけど。もしかして出来ないのかな? そんな腕で召喚なんてすりゃ、そりゃ人選も間違えると思うよ。ちょっとは反省しろって、あのヒゲジイサンに伝えてくれない?」
「なっ! いくら聖泉の客人とて言っていい事と悪い事があります! 魔術師長殿を愚弄するとは!」
「愚弄じゃなくて、単に事実を述べただけじゃんか。勝手に呼んどいて思ってた人と違うから怒るってそれ、わがまま令嬢の初恋奇譚じゃないんだからさ。それとも何? この国では、人の立場に立って考えるってこと、しないの? コミュニケーションの基本だと思うんだけどね」
「貴方という人は……! フランチェスカ公爵令嬢まで馬鹿にするなどと!」
「お前……。俺は誰とか言ってないじゃんよ。フランチェスカって誰だよ。初恋の人が思ってたのと違うっつって怒った令嬢がいるのか?」
「う、ぐっ……。私としたことが……。魔力もなしに人を陥れるその力! どんな異界魔術を使ったのです!?」
「なんだよ、てめーのうっかりサンを俺のせいにしてんじゃねえよ。ったく、言葉が通じる奴ぁいないのかここは。ある意味すげえ国だな」
俺の風呂担当の魔術師、通称オフロっちはからかい甲斐があって面白い。
「ねー、ずっと思ってたんだけどさ、魔術師ってなんでそんな服ゆるゆるなの? 動きにくくない?」
「……伝統ある魔術士のローブを馬鹿にしないで頂きたい」
「ああ、ローブね! そういや、バスローブみたいに見えるかな。お風呂魔術師にぴったりだよ。なるほどなるほど。でもそれにしても、君のは特にビッグサイズ感が半端ないっていうか。ちょっと大きすぎるような気がする。合ってないよね? 誰かからのお下がりだとしたら、かなりガタイのいい先輩がいるんだね」
「な! ミチャレイ先輩は、太ってなどいない!」
「ほほう、そのミチャレイさんとやらは、ふくよかなんだね。……あのさオフロっち、キミ隠し事できないタイプだって言われない?」
オフロっちは、さすがにこれは失言したと思ったんだろう。俯いたままふるふると震えていたが、突然目深にしていたフードをはねのけ、真っ赤な顔で俺を睨み上げてきた。
俺は一瞬、言葉をなくす。睨まれてビビった、とかじゃない。なぜならオフロっちは——女だったからだ。
そう、小柄で少年声を持つ、ぶかぶかローブの魔術師見習いは、れっきとした女性で——しかも結構可愛かった。
色白で、細っこくて、木漏れ日のような緑の瞳がうるうるしていて。柔らかそうな栗色の髪が耳にかかり、上気した頬の上でくりんと跳ねている。この見た目であの言葉遣い、更にドジっ子とか——やめてほしい。ただのおっちょこちょいなガキだと思っていたから散々からかってきたのに。
「あー……ごめん。年下のガキを相手にしてるつもりでいたから、いっぱい失礼な事言ってしまった。悪かったよ」
「なっ! 何を今更……」
オフロっちは、ジト目で俺を見上げてくる。いい顔するなあ、とちょっとドキッとする。ああ、さん付けするべきなんだろうけど、でもこの天然っぷりと言い、背の低さといい、ちゃん付けの方がしっくりくる気がする。オフロちゃん、って呼びたいけど、失礼だよな。ま、心の中では呼ぶけど。
「いや、本当ちょっとからかいすぎたかなって。だからごめんね、オフロさん」
「……前から気になっていたんですが、なぜ私をオフロと呼ぶのです?」
「名前を教えてくれないから、適当に呼んでるだけだよ。お風呂ってのは、いつもやってくれる生活魔術ってやつ? ザバー! ふわあ〜っていうあれ。俺の故郷ではそれを、お風呂に入るって言うんだ。魔法がないから、自分で洗うんだけどね。その担当をしてもらってるから、オフロさん。わかりやすいだろ?」
するとオフロちゃんは、ふっと自嘲気味の笑みを浮かべた。
「確かに。ある意味、それほど私を表している名はないでしょう。この年になっても、そんな日常的な生活魔法しか使えないのですからね。異国の者から指摘を受けるほどわかりやすく落ちこぼれた私など、永遠に見習いの域から出る事も叶わないのでしょうし……」
「なんだよ面倒くせぇなあ! 初対面の奴にネガティブ思考漏らすとかどんだけ甘えてんの。俺は指摘なんて、そんなつもりなくて。たださ、生活魔法しかって言うけど。俺のいた世界では魔法なんてなかったんだ。だから十分すごいことだと思ってるし、こんな風に快適な囚人生活が送れるのもオフロさんのおかげだと思ってる。魔法の力があるってだけですごいじゃん。生活魔法しか使えないって思うんじゃなくて、そこに適正があるって考えたら? 生活魔法でも、極めれば見習いを卒業できるかもよ?」
「……。そのような尊い志を示せるあなたが、なぜ魔術師長様に楯突いたりしたのです? しかもよりに寄って、王の前で虚言まで」
オフロちゃんの言葉に、思わず顔をしかめる。
「あのなあ、いきなり知らない所へ呼び出されて戸惑っていた俺に、何の説明もなしで無能呼ばわりしたんだぞ、あのジジイは。俺の故郷ではこういう場合、呼び出した方が先に自己紹介する。ここがどういう場所か、なぜ呼び出したかを説明する。そして助力を乞うのなら、頭を下げてお願いするのが普通なんだよ。それすらできない国の奴らなんて、言葉が通じないのと一緒だ。敵か味方かわからんやつに、ヘラヘラ愛想できるかよ」
「そ、れは……」
「王だってそうだろ。ここの王様がどんだけ偉いのか知らねえけどさ、俺の国には王さまなんていなかったんだよ。人類皆平等。そういう所から、俺は来てるわけ。不敬とか知るかよ。大体俺は、嘘なんてついてない。俺の名前は王寺騎士だ。先祖代々父方の親戚はみな王寺だし、この国でその名にどんな意味があろうと、違う世界から来てる俺には関係ねえ。そうだろ? オフロさんだってさ、自分の常識が通用しない異世界に召喚されて、名乗ったらそれがたまたま尊い身分や位で、嘘つき扱いされたとしたら、納得できるか?」
オフロちゃんは傷ついた顔をした。いやいや、傷ついてるのはこっちだし。
「俺は最初からそう言ったんだ。それを聞く耳持たずに地下牢に入れるような奴らとの話し合いなんて、こっちから願い下げだね。これでもちゃんと、親が思いを込めて付けてくれた名前なんだ。それに、俺の国ではそう珍しい名前でもない。国中探せば何人も見つかるはずだ。それぐらいありふれた名前なんだよ、俺の国ではな」
苗字はともかく、名前はかなり珍しいけど伏せておく。どうせわかるわけない。
「そ、うだったんですね……。それは本当に、申し訳ないことをしました……」
オフロちゃんは愕然として、でもきちんと謝ってくれた。
「いや、まあ。わかってくれれば、いいんだけどさ。すぐ喧嘩腰になる俺も悪いんだし」
「あの、今からでも遅くないと思うんです。事情を説明しませんか?」
「別にどうでもいい。どうせ聞いちゃくれないよ」
「そんな……」
その時、ふいに通路の向こう、地下牢の入り口がざわついた。