12. この辺でゴール
「帰還点を転移時よりも前にできる、と言い出したのはうちの父なのですが、私どもはその単位を間違えて。ナイト様を帰還させる地点を、事故の20分前にするつもりで、もっと前にしてしまったのです」
当初設定したつもりだった20分前という時間は、帰還の衝撃から事故回避へと意識を向けるまでに必要な時間を見越して設定されたものだそうだ。そう言えば、トゲムチから事故前の状況を細かく聞かれたことがあったっけ。彼らは出来る限り、俺が手早く落ち着きを取り戻せる時間と環境を考慮してくれたのだ。
「その、もっと前というのが、つまりその……。20分前にする予定が……20年前になってしまい」
「——は?」
いや桁違い過ぎるだろ。
「そのため、ナイト様は胎児にまで戻られてしまったのです」
ちょ、それ、危うく存在そのものが消されるとこじゃね?
なるほど絶句という言葉は、言い得て妙だ。驚きで言葉が出てこない。
「ようやくそれに気が付いたのは、私が学校の再履修を終え、王城魔術師に選出された時のことでした。王城に研究室を得た私は、個人的に異世界転移の研究に取り組んでいたのですが……」
空になったプリンカップを持て余しつつ、つばさちゃんは息をつく。
「あの日の陣を調べるうちに、時の座標が違うことに気がついたのです。そして、胎児にまで遡ったということは、転移の記憶を無くしているかもしれないということに思い至りました。だとすればナイト様は、またもう一度、同じ事故に遭ってしまう。しかも今回は、私たちが呼ばないために、そのまま亡くなってしまう。なんとかそれを阻止しようと、当時のメンバーが集まって頭を悩ませる日々が続きました」
俯く彼女の頬へ、まつ毛が長い影を落とす。
妹はまだ帰ってこない。
「そして長い、長い時間を経て、ようやく研究が完成した時には、ナイト様が帰還してから6年が経っていました。私が30歳の頃のことです。それなのに、ナイト様はこちらでまだ、たったの6歳。あの帰還の日が、時を遡る魔力を得られるただ一度きりの貴重な機会だったとはいえ、焦り過ぎてミスをしてしまったこと、本当に申し訳なく思っています……」
彼女はそう言って、深々と頭を下げた。
俺は慌てて、顔をあげるように言う。
「いいよもう。結局はこうして助けてくれたんだし」
覚えがないことなのだから、実感がない。だから責める気も起らなかった。
彼女は、申し訳ありません、ともう一度謝ってくれた後、しばらく黙って——それから、柔らかく微笑んだ。
「でも私、嬉しくも思ってしまうんです。また、こうしてナイト様とお会いできたことを。無事にお助けすることができて、思い出してもらえて、こんなに嬉しいことはありません。私、ここへは志願してやってきました。どうしても、ナイト様にもう一度お会いしたくて。その方法は幾つかありましたが、戸籍や住民登録があって、転移後の生活もままならない世の中だとは、以前ナイト様から伺っていたことでしたので……」
髪をかき上げて耳を出す。かの国でも何回となく目にした、彼女の仕草。
「——転生しちゃいました」
てへぺろ、とつばさちゃんが恥ずかしそうに笑った。
いや違う。今そんな軽い話してない。
「あ、もちろん、誰にも迷惑をかけぬよう、誰かの人生を奪ったりなどはしていません。不妊に悩んでいた今の両親へ、ちょっとした奇跡を起こしただけなんです。物理的法則が共通しない世界同士を結ぶことはできないんですが、法則から抜け出した存在ならば可能なのです。つまり、存在のない存在へは、干渉できるんですよ」
特殊系技能です、とつばさちゃんが胸を張った。
全く意味が分からない。
なんだよ、存在のない存在って。
ただ、得意げに話すつばさちゃんの様子から、なんかすごい事をやったんだな、ってことだけはわかった。
話を終えた今のつばさちゃんは、年相応の、俺の良く知るつばさちゃんにしか見えないのに。
先ほどから目まぐるしく変わる彼女の印象に、俺は翻弄されっぱなしだ。
「よくそんな許可出たな。父ちゃんに止められなかったのか」
「父には話しておりません。というか、言ってもきっと最終的には許してくれたと思うんですけど、まあ上手くいったかどうか伝えるすべもありませんし、余計な心配かけたくなかったというか」
「死んでる時点ですげー泣かせたと思うぞ……」
「……えへへ」
「えへへじゃねえよ。ってことは、まさか誰も知らねえの?」
「いえいえ、魔術師長さまには手伝って頂きました」
「へえ……あのジイさんなら自分が行きたいとか言い出しそうだけど」
「あ、言い出しそうですね。でもその、ナイト様がいらした当時の魔術師長ではなく……現魔術師長です。あの、ナイト様がトゲムチ様と呼んでおられた当時の第二補佐様ですよ」
「えっ、トゲムチなの? 意外だなあ。よく許してもらえたね?」
「ええ。実は彼とは、学生の時に野外実習でパーティを組んだ仲間でして。さすがに見習い時代は遠慮していましたが、私が王城へ勤めだしてからは、お互い協力し合うようになったと言うか。先ほどナイト様にお届けした皆からの伝言も、実は現魔術師長さまの発案で、『もし今ナイト様に会えるなら伝えたいこと』というテーマで皆から集めたコメントなんですよ」
「あー、確かにトゲムチならやりそうだなあ。あいつしっかりしてるし。でも協力って……死なせて転生させるのと釣り合う協力内容が思い浮かばんわ」
「いやそれはもう、愛ですよ」
「愛?」
「愛です! 彼は私の尊敬する先輩とご結婚なさったんですが、その間を取り持ったのが私なんです」
「へえ〜……」
「という訳でですね、無事ナイト様をお助けして、あの時の失礼をお詫びすることができ、改めて救国のご報告ができたところで、かの国から生まれ変わった者としての任務は無事完了致しました。ここからは、私の時間です」
「はあ……は?」
「お慕いしています、ナイト様。どうか私と、結婚を前提にお付き合いして頂けませんか」
***
救国したら求婚された。などとシャレている場合ではない。
「ご存じの通り料理は得意ですし、この国のお菓子作りもマスターしました。掃除洗濯も母にみっちり習いましたし、金銭感覚もしっかり磨いて参りました。すでに花嫁修業は完了しています」
「え? いや、でも、あの」
「こう見えても精神年齢は重ねていますので、決してジェネレーションギャップなどは感じさせないとお約束します。なおかつ実年齢は14歳なのですから、まだまだ盛りはこれから、非常にお買い得です!」
そんな通販番組みたいに言われても。
「体型はですね、未だ発展途上のため、若干の猶予を頂きたく。これから食事と運動を併用し、正々堂々メリハリを付ける努力をすることを誓います!」
そんな選手宣誓みたいに言われても。
とは言え、このグイグイくる感じ、確かにオフロちゃんだなあ、と妙な感慨を抱いてしまう。
「そういうことじゃなくてね、いやそれも大事かもしれないけど、今この瞬間やっぱり君は中学生な訳で、妹の友達に手を出すっていう感じがなんかもう……つばさちゃんのおじさんたちが知ったらなんて言うか」
「ご心配なく! うちの両親はもちろん、咲耶ちゃんや王寺のおじ様おば様も、すでに味方となり応援してくれています。なんてったって、私の初恋は5歳で貴方で、以降変わらずにずっと貴方だけなんですから」
年季が違いますよ、と恥ずかしそうに頬を染めるつばさちゃん。
とっくの昔に外堀が埋められていたことに悪い気がしない時点で、もう降参すべきなのか。
だってもう、抗う理由もない。妹の友達のつばさちゃんなら全くの対象外だけど、中身がオフロちゃんと知った今、むしろ願ってもないというか。年の差や世間体は気になるところだけれど、当の本人がいいなら……いやいや、流されちゃだめだ。
不自然に見えない年まで、彼女の成長を待つのが紳士だろ、俺。
ああだけど、それも結構な苦行だよなあ。
煩悩に葛藤して唸る俺を、断られると勘違いした涙目が見上げてくる。
ある一定の角度から、緑がかって見える瞳だ。
また一つオフロちゃんの面影を見つけて、抗う俺の心が萎える。
「他に何が必要ですか? 歳の差だけは、どうしたって埋められません。でも、あの6年がなければナイト様に会いにくることもできなかった。私、この6歳差を誇りに思ってます。後悔もしていません。例えナイト様が、私を受け入れられないとしても……っ、それを恨みに思ったりはしません。ナイト様には幸せになってほしい。私の願いはそれだけです。貴方が本当に幸せになれるのなら、私は……」
白くなるほどに締められた両手が、膝の上で震えていた。
いつだったか、父親に腹を立てていたオフロちゃんを思い出す。
「……ただ、ちゃんと私を見て、決めてほしいです。年の差だけで、決められたくない」
彼女の告白は、いつもとても真っすぐだ。俺は胸を打たれて居住まいを正した。
「わかってる。ちゃんと、君のこと見るよ。ていうか、俺……すごく嬉しいんだよ。オフロちゃんのこと好きだったし、戻ってくる瞬間、あの決断を後悔したことも覚えてる。けど、ここでは君はつばさちゃんだ。20歳の男が、14歳の子と付き合うのは……なんていうか、心苦しい。だって、大学生と中二だよ?」
「……じゃあ。成長するまで待っててもらえますか? いつまで待てばいいですか?」
「何言ってんの、待つのは俺だろ。……そうだなあ、違和感がなくなるのは、26と20くらいかなあ」
「ええっ、ナイト様、それは考え方が古いですよ。24と18でも全然大丈夫だと思います」
「え、そう?」
「そうですとも。だからですね、私が18になるまでは、恋人を前提とした友人としてお付き合いいたしましょう。そして18になったら、結婚を前提としてお付き合いする恋人にして下さい。そうすれば、20歳で結婚しても全然違和感ないですよね?」
「え、ちょ……」
「問題解決です!」
つばさちゃんは小さくガッツポーズをして、にっこり笑ったんだ。
こうして俺とつばさちゃんは、晴れて親公認の「『結婚を前提としてお付き合いする恋人』を前提とした友人」となった。
俺が後々、この日の賢者っぷりを後悔したことは言うまでもない。
何、恋人前提の友人って。
それもう恋人でよくね?
けれども、俺は待つだろう。
日々美しく成長していく彼女が、俺の隣で微笑んでいても違和感のない大人の女性になるまで。
彼女は転生してきたのだ。
それはつまり、彼女が向こうの世界の理から抜け出したことを意味している。
父を残し、仲間を残し、たった一人で見知らぬ異国へ生まれ変わってきてくれた彼女。
一見穏やかに見えるつばさちゃんの胸の内には、大きな情熱が秘められているのだ。
自制できない勢いで炎の球を飛ばした、あの時のように。
そんな彼女の深い想いに、俺は何を返せるだろうか。
大事にしたい。
幸せにしたい。
そんな言葉では、語りつくせない。
忌々しくも貴重な、彼女との長い友人期間中に、俺は自分を変える努力を続けた。
転移前の俺ならば、きっと諦めてしまうであろう諸々を掴み取るために。
いまいち気の入らなかった大学生活も、今は楽しい。
異世界での経験を思い出した今では、何気ない日常の全てが、貴重な将来への足掛かりだと思えるのだから。
だって、俺は知ってしまった。
想像を現実にする興奮を。
夢を叶える快感を。
異世界チートを無くした俺でも、あの感覚は忘れられないのだ。
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